ひと月後『レオンハルト、婿入りの日』
ローゼンベルク侯爵家による、レオンハルト婿入りの受諾があった日から、レオンハルトとエレオノーラは人生で一番と言っても過言でもないほど忙しく過ごした。
夜会の後のアルベルトの宣言から、レオンハルトは王子ではなくなっていた。
「おい、早く城から出て行けよ」
「……」
毎日引き継ぎに忙しいレオンハルトの耳元で、アルベルトがニヤニヤしながら囁く。それを見ながら、王太子付きの近衛騎士に出世したルーカスもニコニコ笑っていた。
そんなアルベルトだが、早期リタイアを宣言していた国王が正式な退位を宣言してしまい、即位のためにレオンハルトに構うどころではなくなった。
「裏の国王」と囁かれるカタリナは、三人の我が子たちへの教育に忙しくなった。
「なぜ挙式までひと月しかないんだ! エレオノーラには最高峰のウェディングドレスを作るつもりだったのに!」
ローゼンベルク侯爵家には、毎日侯爵の怒鳴り声が響き渡った。
「……あいつを消せ、ルーカス」
「えー。元王子を消すって物騒ですって。旦那様、落ち着いて」
「うるさい! お前の妻の方が、よほど過激で物騒だ」
一足早く、侯爵家の離れでヨハンナと新婚生活を送っているルーカスは、侯爵のいい話し相手になっていた。
そんな怒濤のひと月は、あっという間に過ぎていった。
挙式の日。
前日にやっと引き継ぎを終えたレオンハルトは、この世のものとは思えないほど綺麗なエレオノーラの花嫁姿に、色濃くクマが浮かぶ目元を涙で濡らした。
エレオノーラの顔は、花嫁としての恥じらいと、次期侯爵夫人としての自信に満ち溢れていた。
侯爵領の教会で行われた結婚式は、皆の笑顔に包まれながら、無事終えることができた。
「レオンハルト君」
かれこれ一時間、新婚夫婦の寝室の前で立ち尽くしているレオンハルトに、偶然通りかかった侯爵が声を掛けた。
「……侯爵」
「まあまあ。緊張したって仕方がない。少し付き合ってくれ」
明らかに迷惑そうな顔をするレオンハルトの肩を、侯爵は強引に抱いてダイニングへと連れて行った。そして侯爵はレオンハルトを無理矢理座らせると、取り付け棚から一本のワインを取り出した。
「これは、エレオノーラが生まれた年のワインだ。婿と飲むのが夢だった」
それを聞いて、レオンハルトも抵抗をやめた。
気の利く執事は、今夜に限って側にいない。
二人は静かなリビングで、ワイングラスを傾けた。
「これからは、君が侯爵になるんだ」
「侯爵のような立派な領主になれるよう、しっかり務めます」
「お義父さんと呼びなさい。まったく水臭い」
「……」
「レオンハルト様がお義父さんって言ったら怒ったくせに。あ、ワインだ。いいなー!」
レオンハルトの心境を代弁するかのような声がしたかと思うと、突然現れたルーカスが、厚かましくも侯爵の隣に腰掛けた。
「お嬢様が今朝から手ぇ付けなかったチーズとクラッカーだ」
「おお! お嬢様のお生まれの年のワインですか。これはご相伴に預からないと」
ルーカスの後ろには、既にできあがっているのか、頬を赤くした料理長と執事がいたようで、二人はさっさとワイングラスを準備して、持参したつまみと共にテーブルに着いた。
「仕方がない。今夜は無礼講だ!」
「やったー!」
「……」
一人だけ浮かない顔をしていたレオンハルトだったが、やがて覚悟を決めたのか、苦笑いするとワイングラスを一気に煽った。
こうして結婚初夜は、賑やかに更けていった。
「……お嬢様、消しますか」
早朝、寝室で一人朝を迎えたエレオノーラとヨハンナが見たものは、何本ものワインボトルが転がるダイニングの床で眠る侯爵と、そんな侯爵の腕枕で眠るレオンハルトの姿だった。
「お願いしようかしら」
エレオノーラの冷たい声と殺気に、並べた椅子の上で寝ていたルーカスが飛び起きる。
「おまかせください、お嬢様」
不適に微笑むヨハンナが、ペリドットの指輪が光る指をポキポキと鳴らしながら、侯爵とレオンハルトに向かう。
ルーカスは、まだ寝ぼけている料理長と執事を引っ張って、ダイニングから退避した。
朝から屋敷中に響き渡る、新旧二人の侯爵の絶叫を合図に、ローゼンベルク家の新たな一日が幕を開けた。
次回、最終回です。
もう少しお付き合いください。




