最終話・3年後『農場は今日も晴れ』
最終話です。
広いローゼンベルク侯爵領の外れにある小さな農場。
秋晴れの澄んだ空気の中、白いシャツに土をたくさん付けたヤーコプが収穫作業に夢中になっていた。
「おーい、ヤーコプー。お昼だよぉ」
ヤーコプが額の汗を拭いながら顔を上げる。ヤーコプは、片手にバスケットを持ち大きく手を振るクララを見つけると、笑顔を浮かべた。
「いいお天気だから、一緒に食べようと思って」
二人は小さなベンチに腰掛ける。クララがバスケットを開けると、そこには野菜たっぷりのサンドイッチが入っていた。
「美味そうだ! これは昨日採れた野菜?」
「そうよ。さっきまで料理長が来ていたの。ハインツ様たちの離乳食に使う野菜を強奪に」
クララは楽しそうに笑った。ハインツとは、昨年エレオノーラが産んだ男の子の名前だ。同時期に、宣言通りヨハンナも女の子を産み、その賑やかさに侯爵が引退を無期限延期にしたほどだ。
ヤーコプは苦笑いし、サンドイッチに手を伸ばした。ヤーコプが美味しそうにかぶりつくのを見て、クララも嬉しそうにサンドイッチを頬張った。
「美味いな。これ、俺たちが作ったんだよな」
「そうよねぇ。あなた最初、ミミズが怖くて仕方がなかったのにね」
二人は笑いながら、サンドイッチを平らげた。
「そういえば料理長がまた、食べきれないほどのお肉をくれたのよ。『お前のためじゃない、腹の子のためだ』って言い張って」
クララが、ずいぶん大きくなった自分のお腹を優しく撫でる。ヤーコプも、その手の上に自分の手を重ねた。
「執事様も、祝いだ何だって、いつも何か贈りつけてくるの」
「クララ、言い方!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
あの夜会の夜。
泣きながらスープを三回おかわりしたクララとヤーコプは、翌日にはこの農場のある屋敷に連れて来られた。急な事態にクララとヤーコプは大変混乱したが、屋敷にいた老夫婦は親切に受け入れてくれた。
後から聞いた話によると、クララが男爵の罰を被らないようにエレオノーラと侯爵が奔走したようで、間もなくクララはローゼ男爵家から除籍が決定した。
籍を入れた二人は引退間際のその老夫婦から、生活のすべてと小さな農場での作業を一年間でしっかり学んだ。
「色々あったけど、幸せだわ」
お腹が膨れたクララが眠そうな声で言った。
「もうすぐ家族も増えるからね」
「……もうすぐじゃないかも」
「なに?」
「今にも、増えちゃうかも……」
そう言うと、クララはお腹を抱えてうずくまった。ヤーコプは慌ててクララを抱きとめると、屋敷に向かってありったけの声を上げた。
「おっさん、マータさん! 早く来てっ、生まれる!」
長閑な農場に響き渡る声に、屋敷から元男爵家執事が慌てて駆けつけた。その後ろからは、マータがゆっくりとついて来ていた。
「おい、ルーカス! 生まれそうなのか?!」
「わからないけど、急にクララが苦しみだして……」
「痛ーい!」
クララを挟んでオロオロする男性陣を、後から到着したマータが一喝した。
「そんな簡単には生まれませんよ。明日の明け方頃かしらね。ヤーコプはお嬢様を運んで。あなたはお医者様を呼んで来て」
マータの鶴の一声に、二人は弾かれたように動き出した。
男爵家が取り潰しになった後、元執事とマータの夫婦はローゼンベルク侯爵の計らいで、この屋敷の使用人として雇われた。
「マータがいてくれて良かったわ……いったーい!」
「はいはい、今から叫んでいたら体力が持ちませんよ。それに、私は死ぬまでお嬢様のお側を離れません」
「マータ、大好き!」
「……俺は?」
三人はヨタヨタと屋敷へと戻る。
「……ところで、よくお医者様を呼べるお金があったわね」
「はい。昔、お隣の子爵家がうちの馬車に嫌がらせしたことがありましたでしょう」
「あれ、やっぱり子爵家だったんだ。借りた馬車もおかしかった」
「ローゼンベルク侯爵家にいる近衛騎士が調べたようです。後日、慰謝料をたんまり持って謝罪に参りました」
「さすがだな、ルーカス殿」
ヤーコプは、あの妙に気の合う騎士の笑顔を思い出した。
「いた、痛ーい!」
「頑張れ! クララっ!」
マータの予想通り、クララは翌日の明け方、クララによく似た可愛らしい女の子を産んだ。
赤ちゃんの元気な泣き声とヤーコプの男泣きの声は、静かな農場中にいつまでも響き渡った。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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『二人の出産まで24時』『浮気暴露まで24時』など続くと面白いなぁ、などと考えながら『膝痛女の生活24時』に戻ります。
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