少し後『男爵令嬢と料理長』
「全員、黙って私の話を聞けっ!」
レオンハルトの叫びによって、応接室はようやく静まり返った。レオンハルトの隣のエレオノーラが、ふぅっとため息を吐き侯爵を見た。侯爵は肩を竦めてから、咳払いを一つした。
「夜会までのエレオノーラを思うと、つい意地悪したくなりました。申し訳ございません、殿下」
侯爵はレオンハルトに向かって頭を下げた。
「先触れと共に、使者から事情は聞きました。それでも抑えられなかった親心をお許しください」
それを聞いて、レオンハルトは背筋を伸ばした。
「頭を上げてください。それに、私はもう王子ではない。これからはローゼンベルク侯爵家の発展のため、エレオノーラと共に歩んでゆくつもりです」
侯爵の目に涙が浮かんだ。レオンハルトは侯爵に向かって微笑んだ。
「私のことは、レオンハルトと呼んでください。お義父さん」
「……」
「さあ、遠慮なさらずに。お義父さん?」
「……」
「お義……」
「君に義父さんと言われる筋合いはないっ!」
侯爵は顔を上げると同時に吠えた。しかし、その頬には涙が伝っていた。
「いやいや、筋合いしかないでしょ」
固まってしまったレオンハルトの後ろで、ルーカスがお腹を抱えて笑い出す。
「うるさいな、ヨハンナの婿殿は」
「ルーカスでいいっす。お義父さん」
「……お前は妙に息子っぽいな。ヨハンナはうちにとって娘のようなものだ。執事、空いている離れがあっただろう」
「ございますね。いつでも、生活できるようになっております」
「お前はもう、ヨハンナとそこに住め」
「いいんスか?!」
「恐れ入ります、旦那様」
急にレオンハルトを婿に取ることになった重圧からか、明らかに現実逃避中の侯爵とルーカスが妙に盛り上がる。
その時、応接室の扉がノックされた。入って来たのは、ヨハンナが何かを頼んでいた使用人だった。
「あのー……お客様が、お腹が空いたと仰っていまして」
一同が注目する中、使用人の後ろから顔を覗かせたのは、緊張した面持ちのクララとヤーコプだ。
「あ、忘れていました。この方がクララ・ローゼ男爵令嬢です」
ブッと吹き出す侯爵に、エレオノーラは続けた。
「彼女の家はお取り潰しになります。その前に、私が彼女を保護しました」
目を見開く侯爵に、ヨハンナもウンウンと頷いて見せた。
「とにかく、君たちも座りなさい。誰か、軽い食事を」
侯爵が言うと、二人はおずおずとエレオノーラの隣に腰掛けた。ローゼ男爵の犯行を説明していると、間もなくスープを乗せたカートと共に料理長が入って来た。
料理長は澄ました顔で、クララとヤーコプの前にスープを置いた。
「心労のため、お嬢様の喉を通らなかったポタージュスープです」
スプーンを持とうとしていたクララとヤーコプの手が止まる。
「お嬢様の命を受けて、クララ嬢は私が保護しています。意地悪したら怒りますよ、料理長」
男爵令嬢に対するヨハンナの態度の変化に、料理長と執事は目を剥いた。
よほどお腹が空いていたのだろう。クララは恐る恐るスープを口にした。
「……美味しい」
そう呟くと、クララは一気にスープを口に運ぶ。皆は黙ってその様子を見ていた。
「これも、食べるか」
あっという間にスープを平らげたクララに、ヤーコプがそっと自分の皿も差し出した。
クララはそれを受け取ると、遠慮なく口にした。せわしなく手を動かすクララの瞳には、みるみる涙が溢れた。
エグエグと泣きながらスープを食べるクララに、しかめっ面のままの料理長がポツリと言った。
「美味いか?」
クララは涙を流したまま、うんうんと頷いた。
「私、エレオノーラ様に酷いことしたのに……こんなに優しい味のスープをいただけるなんて」
クララは色んな感情が溢れてきたのだろう。そんなクララを見て、料理長はスンと鼻を鳴らして「おかわりを持って来てやる」と言い残すと出て行った。
調理長の後ろ姿を見て、ヨハンナが心配そうに呟いた。
「遅効性の毒とか仕込まないかしら」




