少し後『ローゼンベルク侯爵とレオンハルト』
七話の番外編が始まりました。
ゆるくお楽しみください。
月夜を静かに走る二台の馬車は、やがてローゼンベルク侯爵家に到着した。
先触れがあったのだろう、屋敷の外では夜遅くにもかかわらず、たくさんの使用人たちが出迎えのため待機していた。
立派な制服に身を包んだ御者が馬車の扉を開けると、近衛騎士ルーカスが馬車から素早く降り立つ。その後から、レオンハルトがゆっくりと姿を見せた。その姿を見た使用人たちの表情は、一瞬で凍りついた。
レオンハルトはエレオノーラの手を取ると、エレオノーラの足が滑らないよう丁寧にエスコートする。エレオノーラのことがとても大切だと言わんばかりに。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
執事がエレオノーラを出迎える。エレオノーラは心からの笑みを執事に向けた。思わず目を見張った執事だが、すぐに冷静な表情に戻るとレオンハルトに向かって深く礼をした。
「お嬢様を送っていただき、ありがとうございました。くれぐれもお気をつけて帰城されるようにと、旦那様から言付かっております」
レオンハルトとエレオノーラが顔を見合わせる。エレオノーラが口を開くより先に、レオンハルトが執事に向かって言った。
「そのローゼンベルク侯爵に大事な話がある」
「……では、こちらへ」
上がり込むとは思っていなかったのか、少し間を空けて執事が二人を先導した。
その後ろにヨハンナとルーカスが続いた。途中、ヨハンナは心配そうにこちらを見ている使用人の一人に向かって耳打ちする。頷いた使用人は、もう一台の馬車へと走って行った。
応接室のソファに案内されたレオンハルトは、エレオノーラの隣に腰掛ける。珍しく落ち着かない様子で。
何度も訪れたはずの応接室なのに、前とは随分と空気が変わった気がする……そわそわとしているレオンハルトの耳に、後ろから声が聞こえた。
「歓迎されていませんからね」
レオンハルトはギョッとして振り返る。エレオノーラの後ろに立つヨハンナは、ただ無表情で前を向いていた。そんなレオンハルトの肩を、後ろに立つルーカスが軽く叩いた。
「落ち着きがないですよ」
「……お前、随分気安いな」
「殿下、もう王子クビになったじゃないですか」
エレオノーラが二人の会話を聞いて、クスクスと笑った。
「レオンハルト様、大丈夫……ではないですが、頑張りましょう」
「……」
エレオノーラが庇わないということは、よほど侯爵は怒っているのだろう。
レオンハルトは、みぞおちをそっと擦った。
「お待たせしました」
応接室の扉が開き、エレオノーラと同じプラチナの髪をしたローゼンベルク侯爵がニコニコしながら入って来た。
(笑っていない……)
その瞬間、使用人を含め、応接室にいた全員は同じことを考えた。
侯爵は顔には穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、その目は決して笑っていない。レオンハルトは立ち上がった。
侯爵の目が見開く。王子として訪れた時は、その身分からレオンハルトが立ち上がることはなかったのだ。侯爵はすぐに笑顔に戻る。
「どうぞお掛けください、殿下」
素直に座ろうと腰を落としたレオンハルトに、侯爵が鋭い一撃を与えた。
「ご用件は、婚約破棄の手続きでしょうか」
レオンハルトは固まった。攻撃的な侯爵を見たことがなかったせいもあるが、先に話を切り出されると思っていなかったからだ。
そんなレオンハルトを冷たい目で見ながら、口元だけで笑っている侯爵が執事に向かってペンを持って来るよう命令をした。レオンハルトは慌てて再び立ち上がろうとした。
「お父様、少し意地悪が過ぎませんか?」
黙っていたエレオノーラがぴしゃりと侯爵に言うと、侯爵は黙ってしまった。レオンハルトはフッと短く息を吐き気合いを入れた。
「いくら事情があるとはいえ、私はエレオノーラに悲しい思いをさせてしまった。決して償いなどではなく、私は……」
レオンハルトは、今だとばかりにソファから降りた。侯爵が驚きのあまり口をぽかんと開いた。レオンハルトは、膝をついて侯爵をまっすぐに見上げる。そして……。
「私をエレオノーラの婿に……」
「今日、あの姿勢よく見るね」
レオンハルトが口を開いたのと同じタイミングで、後ろのルーカスが吞気な声を上げた。虚を衝かれたレオンハルトだったが、すぐに言い直す。
「婿として、一生侯爵家のため……」
「本当ね。あの御者もしていたわ」
今度はヨハンナの声と被る。レオンハルトは声を大きく張った。
「私は死ぬまで、エレオノーラと侯爵家を……」
「ところで君は誰なんだね」
なんと、侯爵までもがレオンハルトの言葉を遮った。信じられないという顔をするレオンハルトの頭上で、侯爵とルーカスが話し始めた。
「俺、レオンハルト元殿下の近衛騎士、ルーカスと言います。今度、このヨハンナと結婚するんです」
「ヨハンナと?! それはめでたいな。ヨハンナもそんな相手がいたなら言ってくれればよいものを」
「忘れておりました」
「ヨハンナー!」
「そうか、そうか。しかし、ヨハンナが退職するのは困るぞ。なあ、執事」
「……そうですね。刺激がなくなると困りますね」
レオンハルトの頭上で会話が行き交う。エレオノーラはそれを呆れながら眺めていた。
会話は尽きるどころか盛り上がっていく。
黙ってプルプルと震えていたレオンハルトが、我慢の限界の達したのか真っ赤な顔をして大声を上げた。
「全員、黙って私の話を聞けっ!」




