26時間後
本編最終話です。
「皆、困っているのですよ」
「いいところだ、あと少し」
「戻りますよ!」
そんなやり取りの後、アルベルトはカタリナに耳を掴まれ控え室を後にした。
「結婚って良いものだぞ!」
去り際に残したアルベルトの言葉に、一同は苦笑いする他なかった。
その後、エレオノーラたちはアルベルトが手配した二台の馬車に別れて下城した。
エレオノーラの隣にはレオンハルトが座り、その向かい側にはヨハンナと騎士服のままのルーカスが座った。
四人が乗る馬車の後ろからは、クララとヤーコプが乗る馬車が追走する。
馬車に乗ってからずっと、レオンハルトは溶けるような眼差しでエレオノーラを見つめていた。
その手は離さないと言わんばかりに、エレオノーラの両手を握りしめている。
「お嬢様、その体勢ではお辛いでは?」
ヨハンナが今日一番冷たい目をレオンハルトに向けながら言った。
「……いいえ、大丈夫」
少しはにかみながら答えるエレオノーラの答えに、ヨハンナはため息を隠さなかった。
「薄紫色のドレス、本当は私が贈りたかった」
レオンハルトがエレオノーラのドレスをじっと見る。
自分の色のドレスを贈る……王子たちが昔から、妃となる女性に行った習わしである。
ただ、今回は事情が違った。
兄アルベルトと弟レオンハルトの瞳の色が、まったく同じロイヤルブルーなのだ。
二人の王子は、自分たちの妃になる相手には、相手の瞳の色のドレスを贈ろうと話し合っていた。実際、王太子妃カタリナは、アルベルトから紅いドレスを送られている。
ローゼンベルク侯爵がそれを知らずに、薄紫のドレスを着せたとはとても考えられない。
侯爵のレオンハルトへの強い怒りを感じ取り、レオンハルトは今から会う侯爵には殴られても仕方ないと覚悟した。
レオンハルトの指が、エレオノーラの指輪に触れる。
「ドレスも贈るが薄紫の石がついた指輪も贈ろう。そうだな、記念日ごとに」
「私はあなたに初めて頂いた、この指輪が好きなのです。それに、そんなに着けられませんわ」
「薬指に重ねていけばいいだろう」
「……指が曲がらなくなります」
「薬指だけ立てていればいいだろう」
向かいで見ていたルーカスが呆れた様子で言った。
「殿下はエレオノーラ様のことになると、知能がだいぶ下がりますね」
「お前にだけは言われたくない」
レオンハルトがルーカスを睨む。エレオノーラはクスッと笑った。
「あの御者を勝手に城に入れたんだ。お前は明日から謹慎だぞ。それに、お前はプロポーズを断られたままだろう」
痛いところを突かれて、ルーカスがこの世の終わりかのような悲しい顔をした。
「結婚はお預けだし、殿下は侯爵家に行っちゃうし。俺も侯爵家に再就職しようかなぁ」
ルーカスの隣で険しい顔をしていたヨハンナが、ルーカスの方を向いた。
「何を言っているの? 夫婦で同じところに勤めて、そこが潰れてしまったら共倒れでしょう」
「ちょっとヨハンナ。ローゼンベルク侯爵家は潰れないわよ」
「私が婿に入るんだ。栄えることがあっても没落することはないぞ」
エレオノーラとレオンハルトが、慌ててヨハンナに反論する。澄まし顔でそれを躱すヨハンナの隣で、ルーカスだけが小刻みに震えていた。
「……ルーカス?」
「ヨハンナ、今、何て?」
「共倒れ」
「違うっ! ふ、夫婦って」
エレオノーラとレオンハルトは顔を見合わせると、笑いを堪え向かいの二人からそっと視線を外した。レオンハルトはみぞおちに手を運ぼうとしたが、そのままエレオノーラの手を握ったままにした。
みぞおちは、もう痛まなかった。
「ええ、夫婦って言いました。私、次の目標ができたので」
「目標?」
「お嬢様がご出産される御子の乳母になるのです。なので、お嬢様に結婚と出産を合わせます」
「ヨハンナ!」
ルーカスがズボンのポケットを探る。しかし、探し物が見つからないのか、いつまでもごそごそとしていた。
「探し物は、これですか?」
顔を上げたルーカスが目を見張る。ヨハンナが顔の横に左手を掲げている。その薬指には、ペリドットの指輪が輝いていた。
「いつの間に?!」
「控え室で返しそびれました」
ルーカスの頬が紅く染まっていく。そして、おもむろに大きな声を上げた。
「ヨハンナっ! 幸せにしてね!」
「うるさい、ルーカス」
「私が幸せにするのはお嬢様だけです」
「うふふ。ヨハンナは照れ屋さんね」
二台の馬車は、月明かりに照らされた夜道をローゼンベルク侯爵家へと走って行く。
昨夜、エレオノーラが一人で見上げた月を、今夜はレオンハルトと共に見上げながら。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
お時間のある方は、番外編がもう少し続きますので、お付き合いください。
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