婚約破棄とプロポーズ
「では、私たちは失礼いたします」
立ち上がったエレオノーラが、レオンハルトとアルベルトに対して礼の姿勢を取ると、ヨハンナとクララ、ヤーコプもそれに倣った。
出口まで案内すると立ち上がったルーカスが、レオンハルトの顔を心配そうに横目で見る。レオンハルトは青ざめたままで動かない。仕方なく、ルーカスがエレオノーラたちを扉まで連れて行こうとした。その時。
「もう婚約者ではないが、そのままでいい。話を聞いてくれないか」
レオンハルトの生気のない声がした。エレオノーラは立ち止まると、首だけ動かしてレオンハルトを見た。
「本当は、この婚約は私が無理を通したんだ」
エレオノーラは動かない。
「幼い頃、偶然エレオノーラを見かけた。初恋だった。あの日から今まで、ずっと気持ちは変わらない」
ルーカスとヤーコプがハッとした表情で、レオンハルトを見た。
「やっと婚約が叶ったのに」
「殿下、諦めるのはまだ早いですよ」
ルーカスの心の中の声援は、なぜか唇から出ていた。
「こんなことで離れたくない」
「まあ、気持ちはわからんでもない」
アルベルトの心の声も、その喉を突き抜けた。
「何でこんなことになったんだ」
「何ででしょうね」
ヤーコプの心の声も、皆の耳に届く。
「いくらでも謝る。だから、側にいて欲しい」
「あまり心が揺さぶられませんね」
宰相が、ため息混じりに呟いた。
「初めて、『ネリー』と愛称で呼べた時、嬉しすぎて丸二日も眠れなかったのを思い出す」
「うわぁ……」
ヨハンナとクララが、気味悪そうな顔をした。
レオンハルトはふらふらとエレオノーラの側まで来ると、エレオノーラの前に立ち、その白い手を取った。エレオノーラの薬指には、レオンハルトが初めて贈った指輪が嵌められたままだった。
「今のお言葉、とても光栄です。しかし私は侯爵家を継ぐと決めました。この気持ちだけは、この先変わることはないでしょう」
エレオノーラは少し苦しげな表情を浮かべて、まるで諭すようにレオンハルトに答えた。
レオンハルトは俯いてしまう。しかし、宝物を扱うように包んだエレオノーラの手だけは、いつまで経っても離そうとしなかった。
そんな二人の元に、アルベルトがゆっくりと歩いて来る。そして険しい顔をレオンハルトに向けた。
「今回の騒動の原因だが、昔からお前には付け入る隙が多すぎた。それに限る」
「申し訳ございません」
「お前は、王子の器ではない」
アルベルトの言葉にレオンハルトの顔が強ばる。その言葉の重さに、一同は動けなくなった。アルベルトは長い時間、厳しい眼差しをレオンハルトに向けていたが、やがてふっと表情を緩めた。
「だから臣籍降下しろ、レオンハルト」
レオンハルトの唇が震える。エレオノーラも目を見張った。そんな二人を交互に見てから、アルベルトはさらに続けた。
「どこぞの侯爵家にでも婿入りしろって言っているんだよ」
「え?」
「心当りなんて、大ありだろう?」
「!」
蒼白だったレオンハルトの顔にパッと赤味が差した。アルベルトはエレオノーラを見る。まるで弟を頼むというように。エレオノーラは肯いた。
レオンハルトはエレオノーラの瞳を見据えた。エレオノーラの手を両手で包んだまま。
「改めて言おう。私と結婚して欲しい」
クララがキャッと可愛らしい悲鳴を上げた。ヨハンナの口からチッと音がする。
「いいえ、殿下」
エレオノーラは、静かに首を横に振った。
「侯爵家に婿入りして下さるのでしたら、私から申し上げます」
そして、エレオノーラは繋がれた手をほどかずにその膝を折る。
「レオンハルト様。私と結婚してください」
キャーッと、ルーカスとヤーコプから悲鳴が上がる。レオンハルトの目に涙が浮かんだ。
「……はい」
掠れた声で答えたレオンハルトは、エレオノーラを立たせると力強く抱き締めた。
「逆だな」
「逆ですね」
「お嬢様、素敵です」
「俺もして欲しい!」
一体、何時から緊張が続いたのだろう。一気にその緊張から解放された控え室には、生暖かい空気が漂った。
しかしその空気はすぐに、扉を乱暴に開ける音に消されてしまう。
「あなたっ! こんなところにいたのですかっ」
そこには怒りで顔を真っ赤にした、王太子妃カタリナの姿があった。
それまでニヤニヤしていたアルベルトの額に、一気に汗が噴き出した。
次回、本編最終話です。




