エレオノーラの使命
「レオンハルト殿下」
凛としたエレオノーラの声に、レオンハルトはごくりと唾を飲み込んだ。エレオノーラは、レオンハルトをしっかりと見つめた。
「婚約破棄、お受けいたします」
その場の空気が凍った。レオンハルトは、人目も気にせず愕然とした表情を浮かべた。
「私はもともと、侯爵家を継ぐよう育てられました」
静まり返る控え室に、エレオノーラの声だけが通る。
「今回のローゼ男爵家の件で、私は自分に当主として課せられた使命を思い出しました」
エレオノーラがクララに視線を移すと、今度はクララに声を掛けた。その圧倒的な高貴さに、クララは固まって動けなくなった。
「ノブレス・オブリージュ。我がローゼンベルク侯爵家は、ずっと社会貢献に力を注いできました。家の存続のために、望まない犯罪にまで手を染めてしまう……救済しなければならない人たちはまだ多く存在する。恥ずかしながら、今回のことで気づかされました」
エレオノーラは再び、レオンハルトを見る。
「私は当初の予定通り、侯爵家を継ぎます。王太子殿下、レオンハルト殿下の治世を、侯爵家として支えて参ります」
そこまで言うと、エレオノーラが頭を下げた。レオンハルトはもちろん、誰も言葉を発することができなかった。ヨハンナを除いて。
「お嬢様、とてもご立派です」
「ま、待ってくれ、エレオノーラ!」
「奥様も天国できっと喜んでいらっしゃいます」
「聞いてくれ! 私はずっとエレオノーラのことを……」
「屋敷に戻って、旦那様に報告いたしましょう」
「君、少し黙ってくれないか!」
レオンハルトの言葉を遮るように畳みかけるヨハンナに、とうとうレオンハルトが声を荒げた。その瞬間、ヨハンナは立ち上がるとレオンハルトに向かって怒鳴り声を上げた。
「黙るのはそちらです! お嬢様にあんな顔をさせ続けた男の元に、誰が大事なお嬢様をお預けするとお思いですか!」
その迫力に 情けなくもレオンハルトは怯んだ。
「事情があるのはわかりました。国家存続の危機ですものね。しかしね……」
そこでヨハンナは、人差し指をレオンハルトに突きつけた。
「あなたは今日、一度もお嬢様に謝っていない!」
レオンハルトがハッとしてエレオノーラを見る。エレオノーラは寂しげに微笑んだ。
「ごめん、すまなかった……この言葉だけで、お嬢様はすべて飲み込んだと思います。事件に巻き込まれたのが原因じゃない、あなたの本質に愛想を尽かされただけです!」
「ヨハンナ、正論!」
はあはあと肩で息をするヨハンナの後ろで、ルーカスが手を叩いた。レオンハルトはがっくりと肩を落とすと、ずるずるとソファの背もたれに沈んでいく。ルーカス以外に居たたまれない空気が流れた。
「あの、ヨハンナ。私はそこまでは……」
初めて見るレオンハルトのあまりの落ち込みように、今度はエレオノーラがおろおろした。
が、同じように落ち込むクララに気づくとエレオノーラはそちらに語りかけた。
「あなたがしようとしたことは犯罪よ。下手をすれば国家反逆罪に問われてもおかしくない」
「……はい」
「でも、ただの令嬢が当主の言うことに逆らえるはずがないのも理解できるわ」
「……」
「あなたは、そんな家になんか戻らなくてもいい」
エレオノーラの力強い言葉に、クララが目を見開いた。
「あなたは今日から、我が侯爵家で保護します。これは次期侯爵である私の命令よ。いいわよね、ヨハンナ」
「消すつもりでしたが、仕方ありません。全力で保護します」
ヨハンナが無表情でクララを見る。ヒッと怯えたクララだったが、その瞳にはみるみる涙が浮かんだ。
「クララ・ローゼ嬢。あなたは自分で人生を選びなさい。我が侯爵家の養子に入り、貴族として他家に嫁ぐか……」
そこでエレオノーラは緊張しているヤーコプをちらりと見た。
「そこのヤーコプさんと結婚して、平民として侯爵家の農場で二人して働くか」
クララの頬に涙が伝う。クララとヤーコプは、エレオノーラに向かって頭を下げた。
「私、ヤーコプと一緒になって頑張って働きます!」
「よろしくお願いします!」
その姿に、ヨハンナが静かに拍手を送った。その偉そうな拍手を見て、エレオノーラは少しだけ笑った。




