夜会のおわり
レオンハルトの控え室。
そこにいる人数の多さに反して、控え室は無言で重苦しい空気が流れていた。
長いソファテーブルの一番奥の上座には、レオンハルトが難しい顔をして座っていた。レオンハルトから見て右側のソファには目を伏せたエレオノーラ、その隣にはヨハンナが無表情で座る。
エレオノーラの向かいには呆然とした表情のクララ、その隣にはヤーコプがソワソワと落ち着かない様子で腰掛けている。
レオンハルトの向かい側にはニコニコしているルーカスが、近衛騎士らしく直立不動で立っていた。レオンハルトは、一人浮かれるルーカスを睨み付けた。
夜会は、あの後すぐにお開きとなった。表だった理由は、不審者の乱入。しかし、馬車を待つ招待客たちは、今日の出来事を興奮気味に語り合った。普段平和な王都のスキャンダルだ。しばらくは今夜の噂で持ちきりになることだろう。
少し離れた執務机に着いていた王太子アルベルトが口を開いた。
「あまり叱るな、レオンハルト。真の不審者に気づいたのはルーカス一人だったろう?」
レオンハルトはルーカスを睨んだままだ。ルーカスは肩をすくめた。
「殿下が、プロポーズのタイミングを知らせてくれたと勘違いしました」
「あの状況で、そんなことがあるか!」
「ですよねぇ。俺も、殿下にしてはタイミングのセンスが悪いなって」
「もう黙れ、ルーカス!」
レオンハルトは頭を抱えてしまう。が、ふとクララの隣にいる青年に気がついた。
「……で、お前は?」
「俺……僕は、ヤーコプと言います。ローゼ男爵家で働いています」
レオンハルトはクララをチラリと見る。何を考えているのか、クララはジッと自分の手元を見ていた。
「お前……ヤーコプも、プロポーズのタイミングじゃなかっただろう」
ヤーコプは何か言いたそうに黙り込んでしまったが、やがて意を決したようにガバッと立ち上がる。レオンハルトがビクッと揺れた。
ヤーコプはその場に膝をつくと、両手まで床について頭を下げた。
「すみませんでした! でもお嬢様が……クララが意にそぐわない相手と結婚させられると聞いて、居ても立ってもいられなくて」
クララが初めてヤーコプを見た。
「やめてよっ! ヤーコプとは別れるって言ったでしょ」
「俺は別れたつもりはないよ。結婚して、二人で農業をするって約束していたじゃないか!」
「え、ちょっと待って」
執務机からアルベルトが口を挟んだ。
「君とクララ嬢は結婚の約束をしていたの?」
「はいっ! ローゼ男爵家はもうすぐ爵位を失くすから、好きならクララと暮らしていいと旦那様が」
「それはいつ頃?」
「一年ほど前でしょうか。その頃からクララとお付き合いしています」
「それが、急に別れろと」
アルベルトとレオンハルトが目配せをした。
「クララ嬢、本当かい?」
クララはアルベルトの問いには答えず、じっとヤーコプを見つめていた。ヤーコプもクララの瞳をじっと見返していた。ルーカスはヨハンナを見つめてニコニコしている。
やがてクララはソファを立ち、ヤーコプの隣で膝をつくと、同じように頭を下げた。
「申し訳ございません。ヤーコプが話したことは、すべて本当のことです」
「何があったか話せるか?」
レオンハルトが問うと、クララは頷いた。
「もう爵位を売る相手も決まっていたのに、ある日お父様がお金を貸してくれる相手が見つかったと。相手は隣国の商人と言っていました。ただし、条件があると」
「その条件とは?」
クララが言葉に詰まった。その背中を、ヤーコプが優しく擦る。クララは大きく息を吸うと、口を開いた。
「殿下を……レオンハルト殿下をたぶらかして結婚しろと」
「宰相!」
クララの言葉を聞いた瞬間、アルベルトは立ち上がると部屋の隅に待機していた宰相の元に向かう。宰相が頷くと、バタバタと足音が遠ざかって行った。
「本当に、申し訳ございませんでした!」
クララが額が床につきそうなほどに頭を下げる。隣にいるヤーコプも、一緒に頭を下げた。
困惑が広がる控え室に、ヨハンナの低い声が響いた。
「やはり、消しておけばよかった」




