ヤーコプと不審な近衛騎士
ヤーコプは頭を抱えていた。
自分が侍女のように夜会会場まで入れるとまでは、さすがに考えてはいなかった。しかし、夜会会場がこんなに警備が厳しいとも知らなかった。
侍女マータに代わってクララに付いて会場に入ろうとも思ったが、そのクララは早々に近衛に連れて行かれた。
馬車をどう戻そうか考えていると、運良く馬車係に停車を勧められた。馬車係は、馬車の家紋を見たのだろう。男爵家に戻るしかないと思っていたヤーコプには、渡りに船だった。
ここまでは上手くいったが、さすがにヤーコプが会場に入れるほど甘くはない。
会場入り口で入場を拒まれたヤーコプは途方に暮れた。しかし、帰りたくはない。この瞬間もあの人が冷たい目で見られているかと思うと、居ても立ってもいられなかった。
——どうしよう。
会場に入り込めそうな場所を探して歩き疲れたヤーコプは、とうとう座り込んでしまった。
「どうされましたか?」
どれくらいの時間が経っただろう。その声は、明らかにヤーコプに向けられていた。
——詰んだ。もう、お手上げだ。
ヤーコプが顔を上げると、目の前には立派に近衛騎士の制服を着た、赤い髪の青年が立っていた。捕まるのか……ヤーコプは覚悟を決めた。
「夜会の参加者……じゃないよね?」
怒鳴られるか拘束されると覚悟したヤーコプは、近衛騎士の軽い口調に驚いた。
さらに驚くことに、その近衛騎士はなんとヤーコプの隣にドカッと腰掛けた。膝同士がぶつかる。ヤーコプは近衛騎士の距離感のなさにもビックリした。
「生きていれば座りたい日もあるよな。でも、今夜は帰った方がいいぜ」
彼の言葉の前半はよくわからない。でも、彼がヤーコプを穏便に帰そうとしているのはわかった。
しかし、ここで食い下がってはいけない。ヤーコプは意を決して口を開いた。
「どうしても会いたい人がいるんです」
近衛騎士が一瞬固まったように見えた。が、やはりヤーコプを諭すように話した。
「んー。明日じゃダメなの? どうせ入れないよ。近衛としても見逃せないし」
だろうな。ヤーコプは完全に諦めた。この近衛騎士は、きっと新人なのだろう。切れ者の近衛騎士だったら、ヤーコプはとっくに拘束されているはずだ。
ヤーコプは諦めついでに思いの丈を、この人の良い新人近衛騎士にぶつけた。
「今日……今日じゃなければ意味がない」
「生き別れの親父さんとか? もしかして君、貴族の落とし胤?」
「……女性です」
「おうっ」
ヤーコプより少し年上に見えるその騎士は、意外にもヤーコプの話に食いついてきた。
「聞いていい? 相手はどんな人?」
「……貴族のご令嬢で」
「君、平民でしょ? 難しいよねぇ。でも頑張れ」
「その人、辛い目にあっているんです」
「えっ? 何それ、かわいそう」
「だから、俺が幸せにしてやるって」
ヤーコプは近衛騎士に向かって、膝を付いて座り直した。なぜか近衛騎士も、同じように膝を揃えて畏まる。
また膝がぶつかる。その距離の近さに、ヤーコプは一瞬怯んだ。
しかし、ヤーコプの口は止まらない。本当は誰かに相談したかったのかもしれない。
「俺、今夜プロポーズするんです」
「……俺も」
「指輪も用意していて」
「俺も」
「今日、渡そうと思って」
「俺も」
「……え?」
「……え?」
二人は驚きのあまり、見つめ合ったまましばらく動けないでいた。
ヤーコプは混乱していた。が、冷静になるよう自分に言い聞かせた。冷静になればなるほど、おかしい。
王都の最前線でいて最後の砦である近衛騎士が、こんなに様子がおかしいはずがない。しかし、この人が本当に偽の近衛騎士だったとして、目的は何なのだろう……。
動かないヤーコプをよそに、近衛騎士は何やら一人で盛り上がっていた。
「よし! こう見えて俺、人を見る目だけはあるんだ。俺に付いて来い」
そう言うと、近衛騎士はおもむろに立ち上がった。そして、どうすればいいのか悩むヤーコプの腕を引っ張って立たせた。
「俺がお前を連れて会場に入る。あとは頑張れ」
思いがけない展開に、ヤーコプは固まった。
「お互い、プロポーズを成功させような!」
笑顔の近衛騎士の言葉に、ヤーコプの目に涙が浮かんだ。
「はい!」
「その代わり、不審な動きをしたら切り捨てるぞ」
「はい!」
「ちゃんと痛いぞ?」
「はい! 絶対にプロポーズ、成功させます!」
こうしてヤーコプは、この不審な近衛騎士のおかげで、思いがけず王宮へ入ることができた。




