ルーカスと不審者
ルーカスは怒っていた。
レオンハルトの専属騎士として、王宮での勤務中はレオンハルトの側にいるのが当たり前だと思っていた。しかし、最近は席を外せと命じられることが増えた。特に、誰かと会う時は。
「まあ、そう怒るな」
近衛隊長がルーカスの肩を叩いた。ルーカスが同行しようとした夜会控え室。それを止めたのは近衛隊長だった。
「いつまでふて腐れているんだ。殿下にも色々ご事情があるんだから」
「だから、その事情を知りたいんですぅ」
「可愛い口をしても無駄だ。気色の悪い」
近衛隊長は頭を掻いた。
男女の機微に疎いルーカスが、レオンハルトが婚約者と違う女性といるのを見ると絶対余計なことを言うに決まっている。今日という大切な日に、ルーカスは邪魔なのだ。
同時に、有事の際、レオンハルトを確実に守れるのはルーカスしかいないとも確信していた。
「せめてもう少し、頭が良ければ……」
「ん? 何ですか」
「いや、こちらの話だ。招待客は登城を終えた時間だな。ルーカス、お前は会場の最終確認をして来い」
さらにレオンハルトから離される……ルーカスは露骨に嫌な顔をした。しかし、近衛隊長はニヤリと笑った。
「噴水とは言わんが、会場にもプロポーズに最適な場所があるかもしれんな」
ルーカスの目がキラリと光る。近衛隊長はその目を見逃さなかった。
「嫌なら私が行って……」
「このルーカスが行って参ります!」
「おい、夜会までには戻って来いよ」
ルーカスは近衛隊長に敬礼をすると、あっという間に近衛隊長の前から姿を消した。近衛隊長は苦笑いをしてから、王太子控え室へと向かった。
「って言っても、殿下の合図が見えるところじゃないと意味ないし……」
ルーカスは会場の入口付近をうろついていた。
会場入口は馬車寄せから渡り廊下で一直線に続いている。既に招待客は会場か控え室に入っているらしく、折り返す馬車以外は衛兵が二人立っているだけだ。
衛兵はルーカスに敬礼をすると、不動姿勢に戻り周囲に目を光らせた。不審者の正面突破はないな……ルーカスは満足げに頷いた。
プロポーズ場所を探していたはずが、いつの間にかルーカスは警備の穴を探し歩いていた。
会場の外には、裏庭に通じる小道がある。ランタンも設置されていて、隠れるところも少ない。人が身を潜めるには適していない場所だが、ルーカスはなぜかその先が気になった。
古いレンガの小道を進む。誰もいない。ルーカスが引き返そうとした時、視界の端に壁にもたれてうずくまる男の姿を捉えた。
「どうされましたか?」
招待客かもしれない。ルーカスは口調こそ穏やかだったが、腰の剣に手を掛けながら男に近づいた。
男が顔を上げる。まだ若い、茶色の髪の青年が、情けない表情でルーカスを見た。
「夜会の参加者……じゃないよね?」
青年は白いシャツ、茶色のスラックス、サスペンダー。どう見ても招待客ではないし、貴族かすらも怪しい。ルーカスは青年の隣に腰掛けた。
立派な近衛の隊服を着た男が現れたと思ったら、急に隣に腰掛けてきたのだ。青年はギョッとしたようにルーカスを見た。
「生きていれば座りたい日もあるよな。でも、今夜は帰った方がいいぜ」
青年は驚いたようにルーカスを見ていたが、力強く首を横に振った。
「どうしても会いたい人がいるんです」
ルーカスは目を丸くした。
「んー。明日じゃダメなの? どうせ入れないよ。近衛としても見逃せないし」
「今日……今日じゃなければ意味がない」
「生き別れの親父さんとか? もしかして君、貴族の落とし胤?」
「……女性です」
「おうっ」
この瞬間、ルーカスの興味は、警備の穴探しから完全に青年の話へと移った。
「聞いていい? 相手はどんな人?」
「……貴族のご令嬢で」
「君、平民でしょ? 難しいよねぇ。でも頑張れ」
「その人、辛い目にあっているんです」
「えっ? 何それ、かわいそう」
「だから、俺が幸せにしてやるって」
青年はルーカスに向かって、膝を付いて座り直した。その緊張した様子に、ルーカスも同じように膝を揃えて畏まる。
「俺、今夜プロポーズするんです」
「……俺も」
「指輪も用意していて」
「俺も」
「今日、渡そうと思って」
「俺も」
「……え?」
「……え?」
自分と同じことを考えている……
二人は驚きのあまり、見つめ合ったまましばらく動けないでいた。




