壁の花
王城の馬車寄せには、既にたくさんの馬車が止まっていた。
先に馬車から降りたヨハンナが、エレオノーラに手を貸した。エレオノーラのヒールが赤い絨毯を踏んだ途端、周囲から一斉に好奇の目が向けられる。
ヨハンナの心配とは反対に、エレオノーラは口元に笑みを浮かべて堂々とヨハンナの前に立つと、ゆっくりと歩き出した。
「夜会なのにお相手がいらっしゃらないのね」
「あら、ご婚約者がいらっしゃったじゃない」
エレオノーラが誰と婚約しているのか知らないはずはない。至るところから上がる雑音は、絶妙な音量でエレオノーラとヨハンナの耳に入ってきた。ヨハンナが無意識にポケットをまさぐる。
「ヨハンナ」
前を歩くエレオノーラが声を発した。ヨハンナは黙ってエレオノーラの華奢な背中を見つめて歩く。
「今夜はヨハンナが一緒にいる。そのことが、本当に心強いわ」
ヨハンナは唇を噛んだ。これまでの夜会では、レオンハルトがエレオノーラをエスコートしていたので、ヨハンナは王城に着くとすぐに控え室で待機していた。こんな形でお嬢様と会場に入るなんて……。
ヨハンナは、こんな時でもヨハンナを気遣うエレオノーラを誇りに思った。
「お嬢様。実は私、会場に入るのはデビュタントの時以来です」
「まぁ! それなら今日は二人で壁の花となり、美味しいものをいただいちゃいましょう」
「お嬢様が壁の花なら、私は壁の蔦です。食いしん坊な蔦」
ヨハンナの言い方が面白かったのか、エレオノーラの肩が揺れる。ヨハンナは少しだけほっとした。
今日はずっとエレオノーラの側にいようと思っていたが、侍女服では入れる場所も限られてしまう。会場入り口の前で、ヨハンナはエレオノーラの背中に触れた。エレオノーラが立ち止まり、振り返った。
「お嬢様。私は一旦、控え室を確認しに行かなければなりません。戻ってきてもこれより先には入れません」
「そうだったわね」
「私はずっとここでお嬢様を見守っております。困ったことがありましたら、合図して下さいませ」
「わかったわ。ありがとう」
そう言って、にっこりと微笑んだエレオノーラは、ひとり会場へと歩みを進めた。会場のざわめきがヨハンナにも聞こえる。
エレオノーラの薄紫のドレスが人混みで見えなくなるまで、ヨハンナはずっとその後ろ姿を見つめていた。
会場に入ったエレオノーラは、顔見知りのご令嬢たちに挨拶をして回った。
いくら噂の的になろうと、侯爵家令嬢という後ろ盾は強い。同じ派閥の令嬢たちは、影ではわからないが表立ってエレオノーラを責めるようなことはしない。
それでも嫌な視線を向けてくる男性、嫌味を言う令嬢たちの顔を、エレオノーラは笑顔でしっかりと覚えた。
一方、ヨハンナは足早に、割り当てられた控え室へと向かった。
途中、顔見知りの侍女たちとすれ違ったが、皆会釈だけして余計な詮索はしてこない。自分が仕える令嬢に何かあれば、明日は我が身と心得ているのだろう。
ありがたいと心の中で礼を言い、ヨハンナは控え室へ急いだ。




