第58話 従者の毒、受付嬢の綻び
※本作にはTS要素があります。
「本日は、どのようなご用向きでしょうか?」
モニカは表情を崩す事なく、非常に丁寧な言葉遣いで俺たちに接する。
……表向きは。
この女は、ダルコと繋がっている。
しかもダルコやダンケルより、明らかに俺に対しての警戒が強い。
……目の前でダルコに襲いかかってしまったのだ。
警戒されるのも仕方ないが、怪しい動きを見せれば即報告されるだろう。
「えと、この街の宿屋の数と場所を知りたくて」
「……依頼に関係する事ですか?」
どうする?……なんて答えるべきか。
「そんなに警戒しないで下さい。なるべく協力する様、言われています」
モニカに指摘され、ハッとする。
俺は緊張で体がこわばり、手のひらにじっとり汗をかいていた。
……どうやら余計に警戒していたのは、俺の方だったらしい。
「それで、依頼に関する事ですか?」
「ああ、そうだ」
「承知しました。では、個室へ参りましょう」
俺たちはモニカに連れられ、ごくシンプルな個室に案内された。
木造の机と椅子のみの簡素な部屋だ。
そりゃそうか。
最奥の豪華な部屋はお得意様というか、金持ち専用ってとこだろう。
「では、続きを話しましょう」
モニカは椅子にかけると、俺が座るのを待つ事なく口を開く。
「なぜ宿屋の情報が必要なのでしょうか?」
実際、拐ったのがダルコなのなら隠す必要もない。
しかしダルコが間接的にエリスを買い取ったのなら、
ヴェロニカからの情報を伝えるのはまずいかも知れない。
確かに俺はダルコから依頼を受けたが、
何の事情も知らないままエリスを引き渡したいとは思っていない。
まずはエリスを保護して安全を確保したのち、事情を聞ければ……。
「どうしました?何か言いにくい事でも?」
まずい。
これ以上悩んでいては怪しまれる……!
「単純な話です。まずは潜伏先がないかを調べたいのです」
悩んでる俺を尻目に、カイルが横から当然といった様子で口を挟む。
「……脱走した奴隷が宿屋に泊まれるとも思えませんが?」
「そうでしょうか?ここまで見つからないのです。匿われている可能性もあるのでは?」
「脱走奴隷を匿うのは、リスクが高すぎるのではないでしょうか」
「恐れ入りますが、エリスさんには――その価値があるのではありませんか?」
カイルの指摘に、モニカの呼吸が一瞬止まった。
「なぜ、そう思うのですか?」
「市場に、エリスさんの情報が書かれた立札がありませんでした」
「では、すでに売約済みだったのではありませんか?」
「売約済みならダルコ様が探す必要はないでしょう。購入者が勝手に探すべきです」
カイルの言う通り、売約済みの時点で奴隷の権利は購入者に移る。
にも関わらず、奴隷を連れて行かずに逃げられたとしたら、そいつの落ち度だ。
「つまり、モニカ様。あなた方は何かを隠している」
「……だとしたら?」
モニカの警戒がグッと強まる。
目に怒りと敵対心が滲む。
「落ち着いてください。……何もしませんよ」
「「え?」」
つい、俺とモニカとで同時に同じ疑問を口にする。
「……カイルの言う通りじゃ。別に取って食ったりせん。
というかアレックス、なぜお主まで間抜けな声を出しておる!」
「いや、わかんなくて……」
「阿呆!従者の意図を主人が気付けずに何とする!」
急に俺にバルフェリアの攻撃の目が向いた!?
「仮に気付けなかったとしても、知った風に堂々としておれ!良いな!」
「わ、わかったわかった!だから、話の続きを……!」
「ふん……判れば良い。カイル、続きを頼むぞ」
カイルは微笑んで頷き、話を続ける。
「モニカ様、私たちはあなた方の隠し事には言及いたしません。
その代わりに、宿屋の情報を頂きたい」
「そう言う事ですか」
「ええ、如何でしょう?モニカ様」
「失礼ですがその駆け引き――私にメリットがありますか?」
モニカが当然の疑問をカイルに投げかける。
しかし、その表情には先ほどまでの強い警戒は感じられない。
「メリットならあります」
「言い切りますね……どの様なメリットでしょう?」
「私たちが、“ダルコ様の特別な奴隷が逃げ出したようだ。”と聞き込みをせずに済みます」
カイルがとんでもない事を言い出す。
そして――カイルの目は本気だ。
「……憶測で強迫ですか?」
「とんでもない事です。憶測であっても、特別感がある方が情報は集めやすい」
「ですが、その様な聞き込みをすれば、他にも狙う者が現れるかも知れない」
「その通りです。ですので、深く考えずに宿屋の情報の提供をお願いします」
正直カイルが言っていることは詭弁に近い。
だが、ここで交渉が決裂すれば、カイルは先ほどの聞き込み方法を実行に移すだろう。
冷静な語り口だが、それだけの覚悟が見て取れる。
モニカに“何故宿屋を探すのか?”の情報を隠すために、ここまで強気で交渉するとは。
エリスの情報がなかったのは、ダルコたちに取って隠したいことなのは間違いない様だ。
「モニカ様の独断で、ダルコ様の名に傷がつくと困るでしょう?」
「……お言葉ですが、その様になれば困るのはあなた達も同じでは?」
「いえ、私たちには好都合です。どうあれ――エリスさんが生きていればいいだけですから」
「それは……」
モニカの表情が明らかに歪む。
強い悪感情を持ってカイルを睨みつける。
しかし、この交渉はどっちが有利か。
芯の部分では理解しているようで、瞳にはある種の諦めが見て取れる。
「私たちはエリスさん探索にあたり、ダルコ様の評判を落としてはいけないとは聞いていません。
あくまでも“生きて”エリスさんを連れてこいと、それだけです」
「そう言うことじゃ。貴様らの隠し事には目を瞑ってやる。だから、情報を寄越すのじゃ」
「……」
カイルとバルフェリアの一押しに根負けしたモニカが、深くため息をつき、
「分かりました、宿屋の情報をお教えします。
その代わり、ダルコ様に悪評がつくような聞き込みは避けて下さいますか」
「約束します」
そうして俺たちは、モニカから宿屋の情報を聞き出した。
――この街、オークリッジには合計九つの宿屋があるらしい。
商売人向けの高級宿。
上〜中級冒険者向けの中級宿。
地方からの出稼ぎ民や旅人向けの低級宿。
ざっくり言えば、この三種類に分けられる。
それならば、エリスが泊まっていた宿は恐らく――
「低級宿、か」
この街に三つある低級宿。
いずれかに、エリスが泊まっていた可能性が高い。
「モニカさん」
「……何でしょうか」
「ありがとう」
「脅迫しておきながら、お礼ですか?」
もう見えない緊張感や警戒はないが、まだ言葉から棘が透けて見える。
だがここは、笑顔で受け流そう。
「モニカさんは、どうしてダルコに従ってるの?」
「それは……」
「それは?」
「……この街の有力者だからです。それだけです」
モニカはそれきり、この話題を打ち切った。
何か隠しているのは間違いないが、今はまだ教えてはもらえない様だ。
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