第57話 欠落の札と献上の影
※本作にはTS要素があります。
ヴェロニカからの情報をもらった俺たちは、足早に奴隷市場を離れ、
大通りへと戻ってきていた。
心なしか、空気が軽く感じる。
あの空間の空気に少し酔っていた様で、何だか空気がうまい。
雑踏はけたたましく、往来を行き交う人々で賑わう。
屋台や冒険者の汗、奴隷や馬など多様なにおいも鼻を突く。
しかしそれでも、あの場所よりはよっぽど快適だ。
「……聞いていた話と違ったのう」
バルフェリアがおもむろに口を開いた。
「何がだ?奴隷市場か?」
「たわけ、ヴェロニカの事よ」
「確かにそうですね。ゲートルさんは反抗的と仰っていましたが……」
いくら“しつけ”をしても言うことを聞かない。
確かにゲートルはそう言っていた。
だが、ヴェロニカの態度は表情には出ないものの、素直そのものだった。
「単に奴隷商が嫌いだから、あいつらには抵抗してるとか?」
「……そう単純なら良いがの」
「そういえば、アレックス様」
「ん?」
カイルはそう言うと、通りの端へと歩いていく。
周囲に聞かれたくない話だろうか。
黙って着いて行き、俺たちは通りの壁に体を預ける。
「あそこで気づいたのですが……エリス様の札が、無かったんです」
「札が?」
「はい。アレックス様がヴェロニカと話をしている最中、僕は周囲に目を配っていたのですが――
エリス様の情報を記載している札が、何処にも」
ヴェロニカや他の奴隷のスキルなどの記載があった、いくつもの立札。
そんな中、エリスのものはなかった。
「恐らく、エリスを売る気はなかったんじゃろうな」
「……それって?」
「エリスは近々、何者かに献上をする予定だった可能性が高い。と言う事じゃ」
そう呟くバルフェリアの瞳には一瞬、翳りが差す。
献上……その響きに、俺の体に怖気が走った。
感情のある人間が人権を奪われ、ただの謀略の道具として消費される。
どんなことに使われるのか……。
体中を弄ばれて、蹂躙されるかも知れない。
飽きたら何かの実験のため、刃で突き刺し、血を搾り取られるかも知れない。
生きたまま、魔物の餌にされるかも知れない……。
「だから逃げ出したし、だからおおやけにする事なく捕まえたい……?」
恐らくは。
と言った様子でバルフェリアとカイルは頷く。
どうやら、俺たちが知らない事情があるようだ。
それでも今、俺たちはやれる事をやるしかない。
まず、やるべき事は――
「オークリッジの宿屋を探る必要があるんだが……」
「宿屋がどれほどの数あるのか、じゃな」
「そう言うこと。俺たち、知らないんだよなぁ」
俺たちはオスカーの家を間借りさせてもらってる身だ。
宿屋を使ったことも探したこともない。
「カイルは知らないかな?」
「すみません、ちょっと分からないですね」
「いや、別に謝ることじゃないよ。こっちも知らない訳だし」
その辺りの人に聞いて回ってもいいんだが、
“宿屋を探ってる奴らがいる”
と、すぐに噂になってしまうだろう。
冒険者の多い街だからこそ、その手の情報はすぐに出回る可能性がある。
そうしたら……俺たちが何をしているのか。
勘づく奴が出るかも知れない。
「……」
「どうしたのじゃ?アレックス」
「この街って、冒険者だらけだよな?」
「ええ、冒険街と言われる程ですから」
冒険者たちはどこで宿屋の情報を得る?
あれだけの人数が宿を探して街を彷徨っていればかなり目立つ。
しかし、宿を探して右往左往している冒険者を見たことがない。
となると、行くべき場所は――
「――冒険者ギルドに行こう」
――――――
アレックスたちがヴェロニカと何やら話をしている。
会話が終わった後、足早に市場を去っていくあいつらの姿を、俺たちは黙って見送った。
「……ダンケル様、よろしかったのですか?」
「いいんだよ。逃げたエリスを見つけるには情報が必要だろ?
残念ながら、旦那と俺はヴェロニカに嫌われてるみたいだし」
ダルコの旦那が嫌われているのは、奴隷商として理解できる。
しかし、俺にまで冷たい視線と態度を投げかけてくるのは意味がわからない。
先日、初めて出会ったにも関わらず、俺からの質問には一切の受け答えをしなかったのだ。
旦那の取り巻きとして嫌われているのも当然かもしれないが、何か違和感が残る。
……その違和感の正体には、辿り着けていないが。
「しかし、いささか自由にさせ過ぎではありませんか?」
俺の思考を遮るゲートルの声。
「あ?ここに旦那がいない以上、俺の言葉は旦那の言葉だ。
あんたは旦那の言葉にもそうやって逆らうのか」
「いえ、決してそのような事は……言葉が過ぎました」
ゲートルは慌てて俺に謝罪の姿勢を見せる。
しかし、俺の目に入っているのは――
「あの女、何を考えてるんだろうな……」
無表情の中にもむき出しの敵意を感じる女、ヴェロニカだった。
――――――
「モニカがいる以上、他にもダルコと繋がっている輩がおるやも知れん。心せよ」
「分かってる。……ボロが出そうになったらカイル、頼むよ」
「……善処します」
カイルは苦笑しながら俺に微笑みかける。
腹芸が苦手な俺は、二人に手助けしてもらうしかない。
……頼りにしてるよ。
少しの緊張感と共に、俺たちは昨日に続き、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
もう昼過ぎだからだろうか、ギルド内の冒険者の数はまばらだ。
受付嬢たちも業務が一段落したあとなのか、ゆったりと業務に当たっている。
「こんにちは、アレックス様」
突然の聞き覚えのある無機質な声が、鼓膜を震わせ、首筋を突き刺してくる。
ギルド内の喧騒を俺の耳から遠ざけるには充分すぎる、冷たく鋭い音。
……やはり、見張れるところでは見張る腹積もりなのだろう。
声をかけてきたのは――
ダルコと繋がりのある受付嬢、モニカ。
その目は、声と同じくらいに無機質だが……鋭い視線を湛えていた。
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