第55話 鉄の規律と青の視線
※本作にはTS要素があります。
「さて、ここなら大丈夫でしょう」
バックヤードに到着すると、ゲートルはおもむろにスタッフたちへと目配せをする。
目配せを合図に、素早く動き出すスタッフたち。
出入り口、棚の周辺、壁の裏。
バックヤード周りに人影がないか細かくチェックを行う。
『この統制は、なかなか見事じゃのう』
毛嫌いしている奴隷商だが、その見事と言える素早い行動に、バルフェリアは素直に感心する。
スタッフたちが隅々までのチェックが終わると、ゲートルに頷き返した。
厳密なルールがあり、みんながそれを厳守しているのだろう。
その首領であるダルコは、やはり只者ではない。
「……お待たせしました」
一連の確認が終わり、ゲートルは再度こちらに向き直る。
「改めて、エリスが消えた日に管理担当をしていたゲートルです。聞きたいことがあればどうぞ」
「ありがとうございます。では、質問させていただきます」
俺は一礼すると、ゲートルへの質問を切り出した。
「まず、いつ頃エリスが消えたことに気づいたのでしょうか?」
「あれは三日前の夕刻ごろでした。
客足も遠のき、私は閉店作業をしていました。
売買リストのチェックをしていたのですが――数字が合わないことに気づいたのです」
リスト。
やっぱりリストはあるんだ。
しかもダルコ以外にも確認ができる……ならば、うまく説得できれば……?
「そのリストを見せてもらうわけにはいきませんか?」
「申し訳ありませんが、従業員でないものにこれを見せるわけにはまいりません。
探して欲しいのはリストの不備ではなく、奴隷の行き先です」
ゲートルの正論。
確かに、リストと奴隷の逃亡は直接関係はしない。
説得は無理か――。
「そこを何とかできませんか?
アレックス様は、そのリストから何かヒントが得られないかを探りたいのです」
俺が諦めかけたその時、カイルの援護射撃が行われる。
「恐れ入りますが……リストのどこに、奴隷が逃げたヒントがあると?」
「商品ですから、当然奴隷の仕入れ先の記載もありますよね?
更に、出身地も下調べされているはずです」
俺はダルコに拐われて奴隷になったから、そういう情報が必要だとは知らなかった。
カイルは奴隷になる際に、それらの情報を伝えたのだろう。
だから、知っているんだ。
思うところはあるだろうに――ありがとう、カイル。
「もしかしたら、故郷へ向けて街から出てしまっているかも知れません。
エリスさんの足取りを追うために、リストを見せては頂けませんか?」
「ううむ……それは……」
「なぜ脱走をしたのかもわかるかも知れません。どうかゲートル様、お願いします!」
「ゲートルさん、頼む!」
ゲートルは眉間に皺を寄せて、顎に手を添え、考え出した。
いいぞ、あとひと押しでリストの確認ができるかも知れない。
リストに二人の名前があれば、必ずティア姉とマルクの行き先のヒントになる。
「見せてくれたら、必ずエリスは探し出します!」
俺の説得は熱を帯び、ゲートルの心を揺さぶる。
直接的すぎるかも知れない、だが何としてでもリストは見たい。
今は強引にでも押し切るしかない!
「わかりまし――」
ゲートルが了承しかけた瞬間――この空間を、巨大な殺気が包み込んだ。
冷たく無慈悲な殺意の出どころ。
それは――
「ゲートルさん、駄目だろリストを見せるのは」
ダンケルだった。
普段の飄々としたダンケルからは想像できない、その視線。
蛇に睨まれたカエルの如く、その視線に射られて、ゲートルは動けない。
「リストを外部に漏らしたのが旦那に知られたら……どうなるんだろうな?」
「……!」
ゲートルの顔色が急速に青ざめていく。
しかし同時にその表情からは悩みの色が消えていき、冷静さを徐々に取り戻していく。
「ゲートルさん!」
「……アレクサンドラさん。すみませんが、ダルコ様からリストを他者に見せることを、深く禁じられております」
何とか縋りつこうとするが……あの目は、駄目だ。
――くそ。
あともう一歩だったのに。
ダンケルの言葉で、すっかり冷静になってしまった。
カイルの表情を見ても、「今はもう無理」と物語っている。
「……どうしても駄目ですか?」
「これ以上しつこくされるなら、ダルコ様に報告させて頂きます」
『アレックス、落ち着け。ここが引き際じゃ』
分かってる。
分かってるが……目の前にヒントがあるのに、それを諦めなきゃいけないのか?
「アレックス様」
カイルが俺を呼ぶ。
その言葉は――俺を止めるためのひと言だ。
くそ……落ち着け。
落ち着いて、頭を切り替えろ。
「――すみませんでした、話を戻しましょう。では、エリスさんが逃げた理由はわかりますか?」
リストから話が逸れた瞬間、ダンケルの殺気が消えた。
表情もいつもの飄々としたダンケルに戻っている。
「いえ、私たちは奴隷と必要以上に仲良くしたりはしないので」
情を移さず、あくまで商品として接するためなんだろう。
……合理的だと理解してしまう、自分自身に少し嫌気が差す。
「なるほど……ゲートルさん以外で、奴隷と距離感の近い従業員などは?」
「いません。そこは私が徹底的に指導しています」
『こやつら……探せという割には全く情報を寄越さんではないか』
バルフェリアの言う通りだ。
このままでは、足取りを追うための情報が尽きてしまう。
「ゲートル様」
「何でしょう?ええと……」
「カイルです。先ほどは急な発言失礼しました。改めて、発言をしてもよろしいでしょうか?」
「いいでしょう。許します」
ゲートルの許可をもらったカイルは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……エリスさんが仲良くしていらっしゃった、奴隷仲間はいますか?」
「エリスが仲良くしていた奴隷……」
ゲートルはダンケルの顔色をチラリと伺う。
「別に奴隷の話をしちゃいけないなんて旦那は言ってねえからな。いいんじゃねえの?」
ダンケルの回答を聞き、ゲートルは胸を撫で下ろす。
なるほどな。
ダンケルは普通案内人ではなく、ダルコの代理人としてここにいるに違いない。
でなければ、冒険者にすぎないダンケルの立場がこんなに強いのはおかしいだろう。
「エリスは、ヴェロニカという奴隷と仲良くしていたようです。
話をしてる姿をよく目にしました」
「ヴェロニカさん……ですか?」
「反抗的な奴隷でしてね……いくら“しつけ”をしても、なかなか言う事を聞かないんですよ。
おかげでお客様からの評判も芳しくなく、売れ残ってしまっているんです」
「その方はどちらに?」
「まだ売り場にいますよ。青い髪の目つきの鋭い女が、ヴェロニカです」
青髪の女。
――あの、俺のことをジッと見ていた女性が、ヴェロニカか。
読んでいただきありがとうございます。
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