第53話 約束のために
※本作にはTS要素があります。
「そんな事が……」
「なるほどな。お主の怒りも合点がいったわ」
「でも、今回の件で……あいつの懐に飛び込んでやるって決めた」
「お主の想いは良くわかった。だが――言うべき事があるのではないか?」
俺をジロリと睨みつけ、バルフェリアは強い口調で俺を問い詰める。
そう、今回は俺がトラブルを発生させてしまった。
ダルコが止めなければ、俺たちは全員、捕まっていたかも知れなかった。
「みんなを危険に晒して……すまなかった」
そう言って俺は深々と頭を下げる。
ポーズではなく、本当に。
俺のせいでみんなに危険が及んだらと思うと、胸がギュッと締まり、張り裂けそうになる。
「うむ。素直に謝れるなら妾は許そう。カイルはどうじゃ?」
「……感情的になる気持ちは分かります。ですが、僕は心配で……寿命が縮んだ思いでしたよ」
「それは本当に、ごめん」
「……何にせよ、無事で何よりです」
二人の優しさに触れ、温かい気持ちになる。
その一方、自らトラブルを招き入れることは、今後気を付けていきたい。
それでも、譲れないものはあるのだが。
「しかし、リストか……」
――リストの存在。
それが、俺があいつの依頼を受ける最たる理由。
リストを入手できれば、ティア姉とマルクの居場所がわかるかもしれない。
離れ離れにされたままで……諦めてたまるか。
握り込んだ拳に力が入る。
「アレックス、力が入りすぎじゃ。視野が狭くなれば痛い目に遭うぞ?」
「……」
「そうですよ。まずは受けた依頼をこなしましょう」
逃亡した奴隷の足取りを追わなければいけない。
だが、俺たちにが知っている情報は、
・エリスという名前
・白銀の髪
・女性
という情報だけだ。
白銀の髪色は非常に珍しいが、それでも情報が圧倒的に足りない。
「どうすれば足取りが追えるか……」
「それは、始点から始めるしかないかも知れませんね」
「始点?」
「――ダルコが扱う奴隷市場、じゃな?」
バルフェリアのひと言にカイルがうなずく。
奴隷市場に足を運ぶ……。
奴隷制なんてとんでもないと思っている俺たちが、そんな場所に行って取り乱さずにいられるか?
特に……バルフェリアの奴隷制への怒りは強烈なはずだ。
「何を見ておる」
「いや、バルフェリアは大丈夫なのか?」
「問題ない。……我の油断の結果、戒めとする」
そう言って平然とした顔をしているが、その目には悔恨が宿っている。
レギュラスにやり込められて、封印されたバルフェリア。
王として、この現状を自分の戒めとしているのか……。
もしかしたら――俺なんかより、よほど悔しい想いをしているのかも知れない。
「ともあれ、今日この話はここまでじゃ。ルカとミリアが待っておるぞ」
「そうですね。ご飯を食べて、明日から頑張りましょう」
「ああ、せっかくだ。ただこなすだけじゃなく、何かを掴んでやるさ」
俺たちは頭を切り替えて、明日に備えるために帰路を急ぐ。
結局のところ、本当に切り替えられた訳じゃない。
みんなを心配させないための、体裁に過ぎない。
だが、このまま思い悩んでも明日は来るんだ。
それならなるべく前向きに、目的を持って挑んでやろうじゃないか。
復讐心だって――明日へのエネルギーになるのだから。
――――――
「異常なし、と」
月明かりが照らす夜の街を、守衛がランタンを腰に、二人組で見回りをしている。
冒険者には荒くれ者が多い。
そんな奴らが酔っ払って暴れようものなら、一人で止めるのは難しい。
もちろん不審者の対処にも、単独よりは複数が望ましい。
そのために、ツーマンセルで見回りをしているのだ。
「まあ異常なんてそうそうないだろ」
「そりゃあ、下手を打てば奴隷堕ちだからな」
この国では、表立った犯罪件数は非常に少ない。
奴隷制が抑止力となっているからだ。
大きい犯罪性や悪質性が認められれば、
街の評議会やギルドを通じて市民権や冒険者権を剥奪され、奴隷堕ちが決定される。
人としての尊厳が奪われる奴隷になりたいとは、誰も思わない。
だからこそ大きな抑止力となっているのだ。
ドサッ
「ん?」
そんな二人の視界に、外壁にもたれかかって、音を立てて座り込んだ人影が一つ。
住民はそもそも夜中に一人でこんなところにいるはずもなく、奴隷制のため浮浪者も存在しない。
つまり、酔っ払った冒険者と推察できた。
「……おいおい、あんなところで寝ちまってる」
「どんな飲み方してんだか……冒険者も、もっとモラルを守ってほしいぜ」
守衛たちは、道の脇で壁を背に座り込み、ピクリともしない人影に近づいていく。
「おーい、起きろ」
「風邪ひくぞ?」
声をかけるが、反応はない。
その人影はフード付きの外套を羽織っていて、顔は見えない。
「ちっ、仕方ねえな……おい!起きろ!」
痺れを切らした守衛の一人が、体を強く大きく手で揺する。
揺すられた人影は、抵抗する事なく、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「ちょ、大丈夫か!?」
倒れた拍子にフードが脱げたその人物は、目を見開き――口から血を流していた。
「うわああああっ!?」
「おい、どうした……ヒッ!」
倒れたフードの人物はまばたきすらせず、恐怖か驚愕か、目を見開いたままだ。
息もしていない。
誰がどう見ても――死んでいる。
「し、死んでる……!?」
「やばい……詰所に報告するぞ!」
「でも、この死体……どうする?」
「いったん置いていくぞ!どうせ誰もさわりゃしねえよ!」
二人の守衛は、逃げるように急いで走り去っていく。
足音が消えた後、周りは静寂に包まれる。
ガサガサッ
そんな静寂の中、近くの路地裏から人影が這い出てきた。
「危ない危ない……。最悪なタイミングで守衛とか……ヒヤッとした」
うっすら月明かりを反射する、綺麗な銀の髪。
その格好は、奴隷と言われても遜色ないであろうボロ布に身を包んでいる。
「あんたのその外套、貰うよ」
人影は、死体から外套を無造作にはぎ取り、その外套に身を包む。
「約束を果たすまで、捕まるわけにはいかないんだ……」
自分にそう言い聞かせて、ほのかに体温を感じる外套をギュッと握る。
そして人影は、路地裏の闇へと消えていった。
その後しばらくして、その場は夜に似つかわしくない明るさと、喧騒に包まれる。
恐怖と動揺が、現場を中心に伝播していく。
そして夜が明け、日が昇る頃にはオークリッジの街に、殺人事件の噂が広まっていた。
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