第52話 あの日の記憶
※本作にはTS要素があります。
「よろしかったのですか?」
「別に構わんよ。見つかればよし、見つからなければ――奴に責任を取ってもらうだけだ」
アレクサンドラたちが部屋を去った後。
ダルコはモニカの問いに、表情ひとつ動かさず、冷たく言い放った。
「肩を持つわけじゃないけどよ。使い捨てるには勿体無いぜ、あいつ」
「お前が気にすることじゃない。……俺には俺の都合がある」
「ま、あんたがそれでいいなら」
それきり、部屋は静寂に包まれた。
お互いがお互いの言動から真意を測ろうとしている空気。
「……ではダルコ様。私はこの辺りで失礼致します」
モニカは返事を待たずに、ドアへと歩きだす。
ドアノブに指をかけた瞬間、くるりと振り返ると、
「せっかくですから、お酒やお食事はご一緒にいかがですか?」
「……ぶっははははは!!」
唐突すぎる一言に、ダルコは腹を抱えて大声で笑い飛ばした。
「はっはっはっ……もらおうか。ダンケル、お前も付き合え」
「え?旦那の奢りです?」
「勿論だ」
「やった!おし、モニカ。じゃんじゃん持ってきてくれ!」
――――――
ギルドでの交渉が終わった後。
俺は一刻も早くあの男、ダルコから離れたかった。
足早に夜の街を進んでいく。
周囲はすっかり暗く、人通りもまばらだ。
「のう、アレックスよ。あの男と何があったか、教えてはもらえんか?」
「ええ……アレックス様が、よければですが」
二人が真剣な眼差しを向けてくる。
……あれだけ取り乱してしまったんだ。
説明は避けられない。
不利な交渉にしてしまった罪滅ぼしも必要だ。
「あいつに拐われて、俺は奴隷になったんだ……」
俺はポツリと口をひらく。
言葉の続きを、二人は黙って、ジッと待っている。
決して問い詰めない。
その温かい優しさが、胸の奥にじんわり沁みていく。
――裏切ってはいけない。
そんな気がした。
「……村が炎に包まれて三日後、あいつが来たんだ。俺は、生存者探しに疲れ切ってた。
そんな時、あいつに声を掛けられた。実際あの瞬間は、救われたって思ったよ」
――――――
俺は商人のような男に連れられ、村の外れまでやってきた。
「ほら、あれが俺の馬車だ」
商人風の男、ダルコが指差した先には、立派な馬車隊が列を成していた。
馬車隊には、屈強そうな警護が何人も控えている。
これなら、野生の獣や火事場泥棒たちに怯える必要もない――。
そう安堵した瞬間、ここ三日間の緊張が急に解けていく。
同時に手足が鉛のように重くなり、体中が一気に疲労感に飲み込まれた。
「あ、あれ……?」
ふらついた体を、ダルコが咄嗟に支えてくれる。
「おいおい、大丈夫か?まだ倒れるなよ。せめて飯を食ってからにしな」
「……は、はい」
「いいか、寝るにも体力が必要だ。しんどいだろうが、飯を食ってから寝ろ。な?」
ダルコの言う通りだ。
俺はまだ死ねない。
助けてくれた両親の分まで――生きるんだ。
だから腕と足に力を入れ、自分の体を懸命に支える。
「そうだ、後二人いる筈なんですけど……二人は無事ですか?」
「ああ。ちゃんと保護している。安心しな」
「……ありがとうございます」
“保護している”。
その言葉が――きっかけだった。
目から熱い涙が溢れ出した。
止まらない。
涙はとめどなく、両頬を伝い続ける。
「ちょ、今度は涙かい。泣くのも体力を使うんだぞ?止められるなら――」
涙と嗚咽で返事ができない俺は、懸命に頭を縦に振った。
だが、止めようとすればするほど涙は余計に溢れてくる。
ダルコはため息をひとつ吐き、諦めたように声掛けを止めた。
そして俺の背に手を添えて、二人で馬車へと歩いていく。
「そいつが最後の一人ですかい?」
部下らしき男が声を掛けてくる。
「こいつで最後だろう。念のため確認してこい」
「はいよ。何人か借りていくぜ」
部下はひとこと伝えると、村の方へと姿を消した。
その後は柔らかい毛布に包まれ、温かい料理を口に運び、俺は深い眠りに落ちていった。
――――――
――夢の中でも、村は炎に包まれた。
焼けつく家々のにおい。
肌を焦がす炎の熱。
耳をつんざく、人々の悲鳴。
真っ暗な闇を真っ赤に染め上げる、炎の海。
「アレックス!」
「ティア姉!マルク!」
炎から命からがら逃れた俺たち三人は、何とか合流を果たした。
「アレックス、ライナスさんとサラさんは?」
「……俺を助けてくれて、それで……」
「僕の方も、おんなじだったよ……うぅ……」
なんでこんなことが起きているのか、何が原因なのか。
俺たちは……何も分からなかった。
「もう少し頑張りましょう。他に助かってる人がいるかもしれない」
「……そうだね、探そう。マルク、大丈夫か?」
「ぐすっ……。うん、僕も頑張る」
「無茶しないように気をつけてね!」
俺たちは赤々と燃え盛る炎の中、他の生存者を探して駆ける。
喉が枯れるまで名前を呼び続けた。
疲れも忘れて走り回った。
同じ場所を、何度も何度も。
だが、生存者は結局、俺たちしかいなかった。
その後は、鎮火した家から遺体を探した。
真っ黒になった、人だったものを引っ張り出す。
その行為は、心を削り続ける。
どの家に誰が住んでいたか、みんな知っていた。
死体を見つける度に、知った顔がフラッシュバックする。
逆流してくる胃液を無理やり飲み込みながら繰り返したが……。
父と母の死体を見つけた時の記憶は……ない。
そして――
――――――
「う……」
どれだけ眠っていたのだろうか。
体もまぶたも、ずしりと鉛のように重い。
まだ疲れは取れきっていないのだろう。
薄暗い中、ガタガタと振動が体を揺らす。
「ここ、は……?」
疲れのせいか、頭も口も何だか上手く回らない。
何とかまぶたを開くが、そこは見知らぬ風景。
壁と天井は白い幕に覆われ、床は黒茶色の木だろうか?硬さを感じる。
ガタガタと揺れる空間内には、俺の他に、
剣を腰に携えた、剣士風の男が無言で座っている。
あれ……?
「あの……」
「何だガキ、起きたのか」
「ティアと……マルクは……どこですか?」
上手く働かない頭を無理やり動かし、俺はろれつの回らない舌を、噛まないようにゆっくり開く。
「あ?誰だ?」
「俺と……一緒に……保護……して、もらった、んです……」
「……保護?」
「はい……」
剣士風の男は、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「わっはははははは!」
すると突然、男は大声で笑い出した。
何だ?何かおかしい事でも言っただろうか?
「ははは……そうか、保護か」
ニヤニヤしながら男が呟く。
そして、馬のいななきが外から聞こえたと思ったら、同時に体を揺らしていた振動が収まった。
馬、振動……幕は恐らく、幌。
……流石に気付く。
絶望は頭を冴えさせたが、無力感は体をより重くする。
「なあガキ」
男はそういうと、幌の一部を勢いよく開く。
そこから差し込む外の光が、一瞬俺の目を眩ませる。
「おめえは――奴隷になるんだ」
ここはどこかの町のはずれだろうか。
開いた目の中に入ってきた光景。
それは、檻の中で力なく座り込んでいる、ボロを着た何人もの男女。
「騙されたんだよ、おめえは」
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