第51話 屈辱の握手
※本作にはTS要素があります。
「奴隷を捕まえろ、じゃと?」
バルフェリアは目を細めてダルコに問う。
「ええ」
ダルコはバルフェリアの静かな圧に怯む事なく笑顔で答える。
「……続けるがいい」
「ありがとうございます。……いやね、先日仕入れたばかりの奴隷が、あろうことか逃げ出しましてね。そいつを捕まえて欲しいんですよ」
「……なぜその程度の依頼を妾に出すのじゃ?その辺の冒険者たちで対応できる案件じゃろう」
「ええ、そうなんですがねぇ。だが、奴隷商が商品に逃げられたなどと周囲に知られれば、俺の名前に傷がついてしまう訳ですよ」
仕入れたばかり、商品。
ダルコの口から吐かれる言葉からは、この国での奴隷の立場というものを、改めて思い知らされる。
「なるほど、そこで冒険者になったばかりの妾たちに目を付けたという事か」
「んで、使えるかどうかのテストとして、俺がアンタらに差し向けられたって訳よ」
ダンケルが横から言葉を挟む。
「それだけではないですけどね。……レギュラス様がお会いしたいと言うほどの方、ちょっと見たかったんですよ」
「解せんな。奴隷を探すだけにしては、過剰な力ではないか?」
「……奴隷は奴隷でもちょっと特殊でね。早めに確保をしておきたいんですよ」
そう口にするダルコの目からは笑みが消えていた。
「万が一にも、他のものに奪われるわけにはいかない」
「何故じゃ」
「特殊なスキルを持ってるんですよ。……残念ながら、これ以上は」
この先は言えない。
ダルコは口に指をあて、おどけたジェスチャーでそう伝えてくる。
「あなたも、アレクサンドラとやらも、本当は受けたくないんでしょう?よく分かります。
……しかし、あなた方が動かなければ彼女がどうなってしまうか」
まるで演劇のように、大袈裟な動きと抑揚でダルコは嘆き出す。
「主人のいない奴隷など、物以下の存在です!犯され、殺されても、誰も意にも止めない!
そんな悲劇は、何としてでも避けなければなりません!!」
「本音は、何傷がつくのを恐れておるだけじゃろう」
「分かります?」
ダルコは破顔して、人の懐に潜り込むような笑顔をバルフェリアに向ける。
が、バルフェリアは眉ひとつ動かない。
「ひとつ聞いて良いか?」
「ええ、どうぞ」
「この国での、逃げ出した奴隷の扱いは?」
「先ほど言った通りです、物以下。どんな目にあっても仕方ない」
ダンジョン奴隷があんな扱いだったんだ。
主人がいない奴隷なんて、当然そんな扱いになってしまうだろう。
その扱いに、胸が苦しくなる。
「……アレックス。聞こえておるな?何にせよ、妾たちは受けるしかないようじゃぞ」
『ああ……そうだな……』
壊されるかもなんて聞かされて、放っておける訳がない。
ダルコの依頼に乗るのは癪だ。
この手で殺してやりたい男の言うことを聞くしかないこの状況に、歯噛みする。
「分かった。では、受けさせてもらおう」
「おお、よかった!あなたを奴隷にするのは骨が折れそうですから助かりましたよ!」
「……アレックスよ、そろそろ落ち着いたか?」
『……こいつは許さない。でも、今は確保して助けるのが先だ』
俺が冷静になれるまで、バルフェリアは待っていてくれたんだ。
それも含めて、飲み込もう。
今は我慢の時だ。
「よし。……ダルコよ、これよりアレックスに身体を戻す」
「いいですけど……また襲われたりは無しでお願いしますよ?」
「安心せい、もう大丈夫じゃ。これまでの話はアレックスも全て聞いておる」
バルフェリアはそう言うと魔力を流し、指輪を通して俺とバルフェリアの意識の位置が反転する。
そして、俺の意識は自分自身へと戻ってきた。
「バルフェリア……ありがとう」
『良い』
「ふむ?今はアレクサンドラ、なのかな?」
「……ああ」
やはり心がざわめく。
気を抜けば殺意に取り込まれそうだ。
しかし、今ここで暴れるわけにはいかない……落ち着け。
「確認したい。奴隷を連れ戻したとして――殺したりしないか?」
「はっは!そんなもったいない事をするものか。利益にならん」
「……そうか」
ダルコは右手を俺へと差し出してきた。
「……何ですか?」
「握手だよ、握手。お互いにいい関係でいたいじゃないか?」
依頼は飲み込むが、こいつと握手?
脂肪で厚みの出たブヨっとしたその手。
こいつの精神性を合わせて、気持ちが悪い。
『アレックス』
――分かってる。
今は我慢だ。
俺は無言で右手を差し出す。
「これからよろしくな!」
ダルコは俺の手をガッチリと握った。
ゾワリと背筋に怖気が走る。
ダルコの得体の知れない強さが、腕を通じて伝わってくる。
「私も……念のためひとつ聞いていいですか?」
「ああ、いいぞ?」
「“使徒”が私たちと協力をしてもいいんですか?」
「おいおい、勘違いするな。レオンの件はあいつの暴走だ。
元々、お前たちはレギュラス様に招待を受けていただろう?」
ダルコはあくまで敵対しない、と言っているが……真意は見えない。
もしかしたら時がくれば、こいつともやり合う必要があるかも知れない。
実際、この依頼が終わったらこいつは許さない。
「……で、その奴隷の特徴は?」
「おお、そうだった。モニカ!」
「はい」
ダルコは手を離すと、モニカを呼びつける。
モニカはデスク上の資料をローテーブルへと運び、広げ、
「奴隷の名前はエリス。つい二日ほど前に逃げ出しました」
「レオンの奴隷を引き継いでいるときにな。一気に数が増えたもんだから、把握できなくなった一瞬の隙に、いつの間にかいなくなっちまってよ」
「レオンの?」
「言っただろ?あいつの暴走だって。その罰みたいなもんさ」
レオンがどうなったのかは気になるが、そこを深掘っても仕方がない。
「その奴隷がいなくなっている事に、どうやって気付いたんですか?」
「リストの確認だな。名前と特徴をリスト化してるんだ」
――リスト。
それを見せてもらえれば、“あいつら”を見つけられるかもしれない。
「……そのリストを見せてもらうのは?」
「はっはっは!冗談だろう?俺たちの大事な商材情報だ、見せるわけにはいかんよ」
ダルコは余裕のある表情を見せているが、目の奥は一切笑っていない。
この男にとって、情報とは武器だ。
どうあれ、見せる気は無いだろう。
「ですが、情報は少しでも多い方が……」
「あとは外見情報だけで充分だろ?違うか?」
「いえ……それで大丈夫です」
依頼者にそう言われては、従うしかない。
レオンにダルコ。
なぜ使徒が奴隷商をしているのか。
二人も奴隷商ならば、これは偶然じゃない。
なんとか情報を引き出せればと思ったが、俺の考えは読まれているようだ。
これだけ用心深いのなら、これ以上はやめておくのが無難だろう。
「……分かりました、外見は?」
「白銀の髪の女だ。綺麗な髪色の美人だから、すぐに見つかると思ったんだが……」
白銀。
だが、エリスという名前。
“あいつ”とは違うのか……。
「それで、二日経っても見つからないと?」
「そうだ。だから斥候としても充分な力があるというお前に依頼をしたんだ」
……なるほど。
ある程度の実力があり、斥候としての能力もあり、冒険者との繋がりが薄い俺だからこそ、依頼をした訳か。
ようやく腑に落ちた。
「それで、期限はいつまで?」
「一週間だ。それまでに見つけてくれ。もちろん生かしてだ、いいな?」
奴隷商のために、逃げ出した奴隷を探すなんて、まっぴらごめんだ。
だが受けなければ俺も、カイルたちも立場が危うくなる。
エリスという奴隷もそうだ。
主人がいない逃亡奴隷なんて、変な奴に見つかりでもしたらどうなるか分かったものではない。
こうして俺は、ダルコの依頼を受ける事となった。
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