第49話 あの男だ
※本作にはTS要素があります。
「あのー……もう少し待ってもらっていいですか?」
薬屋に帰ると、オスカーがおずおずと口を開いた。
「待つって、何を?」
「金じゃろ」
そう言えばそうだ。
ここのところバタバタして忘れていた。
そもそも、レアポーションを買い取ってもらうために冒険者になったんだ。
「でも、お金は用意するって言ってませんでした?」
「それが……」
オスカーは、歯切れ悪く言葉をつなげる。
「あのレアポーションですが……詳しく調べてみたところ、相当に質がよくて……僕が想定していた金額を、余裕で飛び越えてしまいました」
「え?いや、いいですよ。元々のオスカーさんの想定の金額で」
「いいわけあるかーーーー!!!!」
オスカーの突然の怒号が店内に響く。
店内にちらほらといた客たちも、何事かとみんながこちらに視線を向けてくる。
「いいですか!僕はね、薬を愛しているんです!」
……捉え方によっては、だいぶ物騒な言葉ではないだろうか?
しかし、その目は本気だ。
……冗談でも誇張でもなく、この男の言葉は“本物”だと、その熱量が物語っている。
「価値のあるものは、その価値に見合う金額を払われるべきなんです!なのに、そこで値切りや同情なんてね、とんでもない話です!!」
オスカーの薬にかける情熱は何なんだろうか?
商売とは別のベクトルというか……。
いや、でもこいつ薬を売ってるしな。
この熱がどこから産まれているのかは定かではないが、その心に嘘はないと感じる。
だからこそ、妙な説得力がある。
「な・の・で!他の薬を売って稼いで、ちゃんとした金額を用意できるまでお待ちして欲しいんです!」
「あー……」
どうするべきか?
金の影響を受けるのは、俺だけじゃない。
カイル、ルカ、ミリアの今後の人生にも多大な影響が出る。
簡単に答えを出していい事じゃない。
そうやって悩んでいると、カイルは俺に“任せて下さい”と目で訴えてくる。
俺の代わりに、カイルが決めてくれるのか。
重荷を引き受けてくれてありがたい分、申し訳ない思いも胸を掠める。
「オスカー様の言い分、承知しました。では、それまでは今まで通り空き部屋をご提供頂いても?」
「もちろんです」
「それと、料理もこれまで通りに作らせてもよろしいでしょうか?オスカー様の分も用意しますから」
「本当ですか!?むしろ助かります!!!」
オスカーはカイルの手をがっしり掴んで、何度も頭をブンブンと縦に振る。
落とし所としては申し分ない。
ルカもミリアも、異論は無さそうだ。
こと交渉に関しては、カイルの能力は目を見張るものがある。
特に今回は交渉というか、もとよりオスカーの欲しい言葉を理解している様にも見えた。
……もしかして、スキル持ち?
「では、そう言うことで決まりですね。ルカは料理をお願いします。ミリアは――」
「あたし、このお店のお手伝いをしたいんですけど、いいかな?」
ミリアの予想外の提案に、俺も含めみんなが目を丸くする。
バルフェリアには想定済みだったのだろうか?
右手にはこそばゆいような、ほのかな温かさを感じる。
「ミリアは興味あるの?」
「うん。それもあるけど……あたしも何か役に立ちたくて」
カイルは俺の付き添い&交渉。
ルカは料理が得意だ。
……もしかしたらミリアは、自分だけ貢献できてないって思ってるのかもしれない。
「いいんだよ?そんな無理に頑張ろうとしなくても」
「ううん、無理はしてないです。ただ、あたしがそうしたいの」
ミリアの目は真剣そのものだ。
子供に役割を押しつけたくはない。
でも、本人の意思を無下にするのはもっと違う。
……子供だからって、勝手に限界を決めるのは俺の思い上がりかも知れない。
「だそうだけど……オスカーは、それでも大丈夫?」
「うーん、僕だけで間に合ってはいますけど……まあ、まずは試用期間ということでよければ」
「ありがとうございます!がんばります!」
ミリアはパアッと花が咲くような笑顔ではにかむ。
この笑顔――守ってやりたい。
こんな笑顔を見せる女の子に、悲しい顔をさせたくない。
だからこそ、ミリア自身が望む形で咲かせてやりたい。
「では、ミリア。僕は調合や販売をするので、君は接客と掃除を頼みます。分からないことがあれば直ぐに聞くこと」
オスカーは、俺の思いを知ってか知らずか、優しくミリアに言い聞かせる。
「はい!」
「それと、働き次第でちゃんと給料を払うので、頑張ってください」
「分かりました!がんばります!」
これが、ミリアの自信になるといいな。
『うむ、ミリアよ精進するのじゃぞ』
「後で直接言ってやれよ」
『……わかっとるわ』
「とは言え、今日はもう遅いので、明日から頼みますね」
オスカーの言葉を聞いて窓から外を見やると、もう日が暮れようとしていた。
「アレックス様、そろそろかと」
カイルの目配せに俺は頷く。
「私とカイルはまだ用事があるから、ちょっと出てくる。帰ってきたら食べるから、美味しいご飯を用意しててね、ルカ」
「任せてよ!いってらっしゃい、アレックス」
――――――
夜の冒険者ギルドは、冒険者専用の酒場としても賑わっていた。
多くの冒険者が酒と料理に舌鼓を打ち、大声で歌い、騒ぎ、賑やかだ。
昼間とはまるで別の場所のように、熱気と酒の匂いが充満している。
「お待ちしていました。アレックス様」
そんな中、不意にモニカが無表情で声を掛けてきた。
声量は決して大きくないのに、何故だかよく通る声だ。
「お待たせ。で、依頼者はどこに?」
「はい、二階の一番奥にある個室でお待ちしています。案内しましょう」
「いや、自分たちだけで――」
モニカは俺の返事を無視して、“こちらへ”と階段を登って行く。
俺とカイルは顔を見合わせるが、どうしようもないので、このままついて行くことにした。
「こちらです」
モニカは一番奥の扉前で立ち止まり、俺たちに告げる。
個室の扉はやたらと豪華で、この先にいる人物が、かなりの大物かと予感させるには充分な作りだ。
……なんか、緊張してきた。
モニカはドアをノックし、ドア向こうに声を掛ける。
「ダルコ様、お待たせ致しました」
「モニカか。入れ」
ドア向こうからは、くぐもった男の声が返ってきた。
声はドアに反射されてよく聞こえなかったが、その人物の自信のほどが、声色からありありと見て取れる。
しかし、俺なんかに何の様だろうか?
この街にパイプがない俺としては、好都合なんだが。
『おいお主、何を震えておる』
「あ、あれ?」
バルフェリアに指摘された俺の体が、細かく震えていた。
……どんだけ緊張してんだ、俺。
『田舎者め』
「うるせ」
「失礼します」
モニカはドアの取手に手を掛けて、ゆっくりとドアを開いた。
その個室は、ドアの作りから想像させた通りの豪華さを備えた部屋だった。
高そうな調度品に、高そうな家具。
場違いな空間に、足が少し重くなる。
俺は緊張のあまり、男の顔を見ることもできずに、足元のカーペットを見ながら部屋に入る。
顔を上げられない。
「おう、あんたがアレクサンドラさんかい?」
どこかで聞いたことのある、俺の心を捏ね回す声。
ひょっとすると、震えは緊張なんかじゃなく――不吉な予感を、肌で感じていたのかも知れない。
「俺はダルコだ。まあそんなに緊張しないで、仲良くしようや」
声の主はそう言いながら、こちらに歩み寄り、握手のためか、右手を差し出してきた。
俺は反射的に握手を返すが、まだ顔を上げられない。
「はい、ありがとうございます」
返事を返す。
原因はわからない。
しかし、心の中にある何かが、顔を上げることを拒否し続ける。
体は強張り、喉元には不快感がこびりつく。
気のせいだ、何でもない。
そう自分に言い聞かせ顔を上げると――男と目があった。
その男は、スキンヘッドで恰幅のいい、人のよさそうな中年男だった。
瞬間、息ができなくなった。
呼吸を忘れて、凝視する。
――見覚えがある。
「……どうかしましたか?アレックス様」
モニカが抑揚のない声で、声を掛けてくる。
しかし、その声はどこか遠く、俺の耳には届かない。
心臓が早鐘を打つ。
対して血の気は引き、体温は下がる。
どうしたも何もない。
忘れもしない。
こいつは――俺をあの村から引き離した張本人。
――俺を奴隷に堕とした男だ。
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