第47話 傍にいさせて下さい
※本作にはTS要素があります。
「試すような真似をして、申し訳ありません」
受付嬢は頭を上げると、謝罪を口にした。
「……どういうつもりなんですか?」
俺は受付嬢の目を見つめる。
しかし、無機質なその目は何を考えているのか、感情をかけらも見せようとしない。
「あなたが特別な依頼に対応できる人物か、見極めたく思いまして」
「答えになっていませんよ」
「……依頼者があなたを指名したのです」
どういうことだ?
「指名?……冒険者になったばかりですよ?」
「ええ、私もそう言いました。ですが――依頼者は”森での激闘を乗り越えた”あなたがいいと」
……マナヴェインの森での戦いを知っている奴が依頼者ということか?
どこから知ったんだ?
ガレスか、ギルドと繋がっている相手だろうか。
「ですから、まずあなたの力量を見たかったのですが、杞憂だった様です」
「……そんな真似をされて、私が依頼を受けるとでも?」
「ええ、受けると思います」
……大した自信だ。
だがこんなことを言われると、余計に断りたくなってくる。
「申し訳ないけど――」
「待ってください!」
間に割って入ったその声の主は――カイルだった。
「アレックス様、一度話だけでも聞くべきです」
「カイル?」
「どんな人のどんな依頼なのか。断るのはそれを聞いてからでも遅くはありません」
『ふむ。カイルがここまで言うのじゃ。良いのではないか?』
……仕方ない。
理由は後から聞かせてもらおう。
「分かった。カイルに免じて、聞かせてもらおうか」
「ありがとうございます。ですが恐れ入りますが、ここではお話を致しかねます。
依頼者は直接のお話を希望しています」
なんか、向こうの都合を押し付けられてばかりだ。
「じゃあどこに行けば?」
「日が落ちたら、ギルドにお越し下さい。そこで案内致します」
受付嬢は、再度頭を下げる。
「分かったよ。……えーと」
「私のことはモニカとお呼びください」
「モニカ……。じゃあ、後で」
俺の返事を聞くなり、モニカは踵を返して歩いていく。
「アレクサンドラ、楽しかったぜ!またな!」
ダンケルもそう言うと、モニカを追って姿を消した。
「何だったんだ、一体……」
「では、行きましょうか。道中、お話しますので」
――――――
「駆け出しの冒険者は、なるべく依頼を断るべきではありません」
広場からの道中、カイルはそう切り出した。
「冒険者は、確かに奴隷より立場は上です。しかし言ってしまえば、職人などとも違う、言わば何でも屋です」
「それはそうだけど……」
「ですから、アイツは使える奴だ。と周囲に認知されるまでは、簡単に断ってしまうと立場が悪くなってしまいます」
「言ってることは分かるよ。でも、何でもかんでも受けていたら、それこそ身が持たないでしょ?」
カイルの言うことはもっともだが、あれもこれもと依頼を受ければ、絶対にどこかで無理が出てしまう。
「ええ。ですから、誰のどんな依頼なのかを知った上で、吟味して、決定した方がいいんです」
「えっと?」
「会いもせんで断れば、印象が最悪と言うことじゃ。断るにもその理由を、納得のいく形で説明せねば、依頼者もいい気がせん」
「はい、その通りです」
……なるほど。
「要は、受けるにも断るにも、指名の依頼の場合は、一度顔を突き合わせて話をしろって事?」
「そうです。依頼ということは、結局は人と人との繋がりなんです。お互いにどんな人物か、知った方がいい」
「はー、やっぱりカイルは凄いな。地図も読めるし、頭もいいしさ」
実際、カイルって何者なんだろうか。
俺みたいなただの村人じゃあ無いだろうし。
「……そう言えば、カイルは今後どうするか、決めてくれた?」
カイルの足がぴたりと止まった。
……しまった、敢えて避けていた話題だったか。
こんな道端で軽々しく聞いていい話じゃなかったかも知れない。
後悔が一瞬よぎったが、もう口にしてしまった。
なかった事にはできない。
しばらくすると、カイルはゆっくりと口を開いた。
「……僕は、怖いんです」
「そうだよね、さっきみたいなことは、これからもあるかも知れないし」
「違います!……さっきの事だけじゃない」
カイルの突然の大声に、ドキリと軽く心臓が跳ねる。
「レオンの時も……怖かった」
「……ごめん。でも大丈夫だよ、奴隷である以上は、カイルたちの命が狙われることはない」
カイルは顔を伏せ、首を横に振る。
「でも、それより――」
少し低い声で、カイルはイラつきのような、切実なような、そんな声色で言葉を紡ぐ。
「あなたが、迷いなく危険に向かうのが……怖いんです」
カイルは、ふいに俺の手を力強く握る。
その手は思っていたよりも、少し冷たかった。
ずっと悩んでいたのだろう。
「見ていられないんです……」
カイルの手が、微かに震えている。
「僕にも……力があれば……」
俺の手を握るカイルの両手に、ギュッと更に力が込められた。
冷たかった手には、徐々に熱が宿ってきている。
その温もりは、俺の胸を高鳴らせる。
「カイルよ、そなたの心配はよく分かるが、安心せよ。こやつは今よりも、必ず強くなる」
「ですが――」
「それでも心配ならば、そなたの知恵と知識で、アレックスを支えてやってはくれぬか?」
バルフェリアはカイルに優しく笑いかけた。
「……分かりました。では、改めてあの時の答えを」
「あ、あの時?」
「ええ、どうしたいか決めたらまた教えて欲しいと」
ああ、そうだ。
言った。
カイルは俺の目をジッと見つめて、俺のリアクションを待っていた。
何か妙な緊張に体が包まれている。
「……この流れだと、いい返事ってことでいいのかな?」
「はい……。えっと、ですね。……奴隷のままでも、奴隷でなくなる時がきても……」
俺の緊張が伝わってしまったのか、カイルも妙にしどろもどろだ。
だが、その目は真剣そのもので、俺の心臓はドンドン音がうるさくなっていく。
「……傍にいさせてください」
カイルは目に確かな決意を宿し、より強く、俺の手を握ってきた。
「うまく言えないけど……」
喉がカラカラに乾く。
呼吸も浅く、心音は胸を叩き続ける。
俺の体はどうなってるんだ?
「――僕も、守りたいんです」
胸の奥で、何かが弾けた気がした。
嬉しいとか、恥ずかしいとか、そういう言葉じゃ追いつかない。
体も顔も、熱い。
ただ、この手を離したくないと思った。
それだけははっきりと分かった。
「……二人とも、熱い視線を交わすのは構わんが、今日の買い物はまだ終わっとらんのじゃが?」
「そ、そんなつもりでは……!」
バルフェリアのひと言で現実に戻ったカイルは、パッと俺の手を離した。
カイルの熱の余韻は、俺の心臓をキュウと締め付ける。
だが、その余韻が心地いい。
「ふふ、残念じゃったの?」
「そんなんじゃないって!いちいち茶化すなよ!」
「……周囲はそうは思っとらんようじゃぞ?」
バルフェリアはニヤニヤと周囲を見回す。
それに倣って周囲を見ると、通行人たちもニヤけた顔で俺たちに視線を投げていた。
「〜〜〜っ!は、早く行こう!」
「はっ、はい!」
そう言うやいなや、俺たちは足早にその場を立ち去る。
武具屋に辿り着くまで、俺もカイルも、ひと言も発することはなかった。
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