第46話 合格、と言われても
※本作にはTS要素があります。
「ここはな、冒険者の訓練にもよく使われるところなんだよ」
魔法使いの男に先導され、俺たちは広場の中央へとやってきた。
広場は男の言う通り、訓練に使われているのだろう。
木剣や的、木人形などが置かれている。
だが今日は訓練場としては閑散としていた。
観客は、見物人の若い女性がひとりいる程度。
散歩している民間人もまばらで静かなものだ。
「ところでそこの連れ、そいつは戦えないだろ?離れておいた方が身のためだぜ?」
男はカイルを指差してそう告げる。
「カイル、離れていて」
「アレックス様……」
「妾もついておる。安心せい」
カイルは無言で、ゆっくりと離れて行く。
「で、そっちの目的は?」
「あんた、アレクサンドラで間違いないよな?」
男は俺の質問を無視して、逆に聞いてくる。
舐めているのか、それとも自分のペースを乱したくないのか。
ともあれ落ち着こう。
奴のペースに乗れば、思う壺だ。
「間違いないよ。で、あなたは?」
「……俺はダンケル。噂の新人冒険者がどんなかと思ったら、弱っちそうだったからよ。実力を確かめたくなったんだ」
分かりやすい嘘だ。
さっきは”頼まれた”と言っていた。
理由は何でもいいのだろう。
だが、俺も冒険者だ。
舐められたままじゃいられない。
「じゃ、いっちょやりますか」
「ほう、お主も割とやる気じゃのう?」
「お前の言う通り、魔法使いとの戦闘経験があってもいいと思ったし。怪我明けのリハビリにも丁度いい」
「ならば、妾は見守らせてもらおう。無様を晒すなよ?」
そう言うとバルフェリアは柄を残し、右手の目玉へと戻った。
「お、準備はいいかい?」
ダンケルはそう言うと、魔法使い風のフードを脱いだ。
魔法使いにしては、その肉体は脂肪も少ない筋肉質。只者ではない、という予感が走る。
「今日は武器を持ってきてないんだ。あれを使わせてもらう」
俺はそう言って木剣を指差し、そちらへ歩み寄る。
――瞬間、ダンケルが魔力を練り出す!
俺も同時に地面を蹴る。
「へっ、いい勘してんねぇ!」
ダンケルが練った魔力は炎へと姿を変え、奴は両手に炎をまとう。
熱くないのか!?
「自分の両手を燃やす気か!?」
「残念、こうするんだよ!」
ダンケルは構わず遠距離のまま拳を構える。
「喰らいな!」
大きく振るわれた拳から勢いを増した炎弾が、俺目掛け真っ直ぐに飛んでくる!
「うわっ!」
熱風が頬を灼く。
虚を突かれた俺は、体を捻って紙一重でかわした――が、足がもつれて大きくバランスを崩した。
炎は俺が掴もうとしていた木剣を、一瞬で黒く焼き尽くした。
「まだまだいくぞ!」
何度も振るわれた拳から、次々と炎の塊が襲いかかってくる。
おい、何が“命のやり取りをする気はない”だよ。
これだけの炎が、致命傷にならない訳がないだろ!
俺は後ろに弓なりに倒れ込み、その勢いでバク転を打つ。
次から次へと襲いくる炎を紙一重でかわしながら、近くの遮蔽物の裏へと滑り込む。
危なかった。
息は荒く、心臓も激しく鳴っている。
「どう出るべきか……」
しかし、手元には何もない。
あの炎の前では、木剣なんて何の役にも立たないだろう。
俺は足元の石ころを指で転がしながら、必死で頭を回転させる。
「落ち着け、落ち着け……」
あの炎弾は拳の振りに合わせて真っ直ぐに飛び、何かに当たれば燃える。
……待てよ。
当たれば燃えるということは、その性質を利用できれば……。
しかし、もし想定が外れていたら?
口の中が乾く。
手に汗が滲む。
「おーい、隠れてるだけじゃ勝負にならないだろ?」
舐めきったダンケルの声が響く。
このまま隠れ続けているわけにはいかない。
「……やってやるよ」
「負けを認めるならやめてやるよー!」
「認めるか!」
俺が遮蔽から飛び出すと、ダンケルは既に拳を構えていた!
「そうこなくっちゃな!」
ダンケルから放たれた新たな炎弾が迫る!
俺は走りながら覚悟を決め、手の中の石ころをひとつ、炎弾に向かって全力で投げつけた。
ボンッ!
炎は弾けて、あっけなく跡形もなく消えた。
「……ビンゴ!」
思った通りだ。
何かに当たれば、燃える。
なら、先に何かをぶつけてしまえばいい!
思わず口元が緩む。
だめだ、気を引き締めろ!
「何……?」
ダンケルが一瞬、動きを止める。
「反撃開始っ!」
俺は走る方向を変え、ダンケルに向かって駆けていく。
軸をコロコロ変えて、狙いを定めさせない。
「チッ……だが、この弾幕ならどうだ!」
ダンケルが大きく息を吸い、連打で拳を振りまくる。
文字通り空間を埋め尽くす無数の炎弾が、一気に襲いかかってきた!
視界を覆う真っ赤な炎。
熱を孕んだ炎の壁は、俺の体を徐々に炙る。
体が竦む、足が震える。
だが、さっきと同じだ。
恐怖を振り払え!
「いっけえええ!!」
俺は踏み込み、手に握っていた砂利を、炎弾の弾幕に向けて思い切り撒き散らした。
ボボボボボンッ!
石つぶては炎弾を衝撃と共に次々と破裂させていく。
「……よしっ!」
宙を舞う残った砂利が、ダンケルの体をビシビシと叩き、彼の動きを鈍らせる。
怯んだ隙を逃すかよ!
「うおおおおっ!」
俺は思い切り跳び、ダンケルの顔面に蹴りを叩き込む!
「ぐはっ!」
ダンケルの首が大きく跳ねる。
たたらを踏むが、何とか踏ん張る。
しかし、ついに視線が俺から外れた!
俺は即座に背後に回り込み、腕を首に巻きつけ、締め上げた!
「――ゔっ!?」
「どうだっ!」
完璧に入った。
ダンケルがたまらず膝をつく。
さっさと落ちろっ!
しかし――
「な……める……なっ……!!」
『アレックス!』
ダンケルの首から上が、突如猛烈な炎に包まれた!
「うおっ!?」
自分の体ごと燃やすつもりか!?
「熱っ……つ!」
反射的に腕を外して後ろに跳ぶ。
俺の腕と頬がチリチリと焼け、強烈な熱気が肺を刺す。
喉も焼ける様に熱い。
「はあっ、はあっ……」
この尋常じゃない炎と熱。
この距離でも体が焼かれるように錯覚するほどの熱量。
これじゃ……こいつは助からない。
「げっほ、ごほ!」
……だが、ダンケルはまるで炎なんて無いかの様な振る舞いで、絞められた喉をさすりながら、咳き込んでいる。
彼の頭を包んでいた炎はジワジワと消えていく。
ダンケルは火傷ひとつを負ってはいなかった。
こいつのスキルは、恐らく炎熱耐性か。
自分の特性を上手く使いこなしている。
ダンケルはニヤリと笑うと、嬉しそうに口を開く。
「お前……ごほっ、想像以上だ。その判断力と洞察力……合格だ」
「は?」
何だよ、合格って。
「悪いな。お前が本当にランク通りの力を持ってるか、試してほしいって頼まれててよ」
……確かに俺は、ポッと出のCランクだ。
疑問を持たれる理由は、まあ理解できる。
「本当だろうな?」
「本当だ、本当」
「それで、丸腰の相手に無遠慮に魔法を使うって訳?」
「仕方ねえだろ、丸腰だったのはお前の責任だ。冒険者やるならもっと事前準備をしっかりしとけ」
確かにダンケルの言う通りかもしれない。
もし殺る気があったら、カイルを守ることさえできなかった。
「ま、先輩からの忠告ってことで」
さっきまでの気勢は既になく、これ以上争う気は無いようだ。
「ところで、頼まれたって誰に?」
「ああ、それは――」
ダンケルが親指で後方を指し示す。
そこにいたのは……見物人の女だ。
眼鏡をかけ、髪を上げている地味目の女。
どこかで見たことがある。
たしか――
「なんで、あなたが……?」
その女は、俺に向かってうやうやしく、深々と頭を下げた。
顔を上げた女の顔は、やはり見間違いでは無かった。
冒険者ギルドの、受付嬢だ。
読んでいただきありがとうございます。
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