第41話 聖裁、燃え尽きる
※本作にはTS要素があります。
「聞こえませんでしたかぁ?弓を手離しなさい」
レオンはニヤつきながら、俺へと指示をする。
「ア、アレックス様。僕のことは気にしな……があっ!」
カイルの言葉が終わる前に、レオンはカイルの頭を踏みつける。
「カイル!」
「さあ、どうしますかぁ?アレックス。あなたが死ぬか、カイルが死ぬか。選んでください」
こいつの言う通りに弓を捨てれば、俺は殺されるだろう。
レオンの見立て通り、カイルは大切な仲間だ。
……だが、
「……弓は、捨てない」
「は!?意外ですね、あなたは情が移りやすい人だと思いましたが」
「レオン、お前の言う通りだよ。俺はすぐに人を信用するし、情が移っちまう。
だからお前が冒険者たちを殺した時も、正直ショックだったよ」
「なのにカイルくんは見捨てるんですねぇ?自分の命が惜しいから!」
……違和感がある。
こいつが冒険者を殺した時も、今も。
「だからさ、考えたんだよ。何であの時、カイルを含めた奴隷三人を殺さなかったのかって」
「は?会話になってませんよ?」
「お前の価値観なら、法に弓を引こうとした者は全員殺すべきだったんじゃないのか?カイルたちも奴隷からの解放を望んでいた」
俺はレオンに構わず言葉を続ける。
「レギュラスが殺すなと命じたのは、俺だけだったんじゃないのか?
にも関わらず、今もそうだ。何でカイルを殺さない?」
そう。
こいつに取って、この会話を続けることに価値はない筈だ。
「あなたを殺すための人質に決まってるでしょう。カイルくんを殺して欲しいんですか!?」
レオンは重い“聖裁”を、両手で持って振り上げる。
「いや、殺して欲しくない。」
「だったら――」
「お前は、奴隷を殺せないんだろう?」
「な、にを根拠に」
レオンの表情と、固まった動きが、物語っている。
“どうしてそれを”と。
「お前が奴隷商をしている意味。レギュラスに心酔している意味から考えると――」
俺は弓に矢を番え、レオンに向けてゆっくりと弓を引き絞る。
「奴隷は、レギュラスの“所有物”なんだろ?」
「!!!」
「だから、勝手には壊せない!」
俺は迷いなく、レオンに矢を放つ!
「くっ!」
レオンはスキルを使い、またも一瞬で移動をし、矢を避ける。
「カイルを人質にすれば、俺を簡単に殺せると思ったんだろうが……残念だったな!」
「分かったような顔を、するなぁっ!」
図星だったのだろう、レオンの顔が怒りで真っ赤に染まる。
そして、何と“聖裁”をこちらに向け投げつける!
これは完全に予想外だ。
「まさか、手放すのか……!?」
その質量を何とか避けると、レオンが目の前に迫っていた。
速すぎる。
「ふざけるなよお前えええ!」
そのスピードの乗ったパンチを思い切り食らい、俺はたたらを踏みながら後ずさる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
レオンの打撃が止まらない。
ガードの上からでも、かなりの衝撃が俺に襲いかかる。
こいつを追い詰め過ぎてしまった。
『……調子に乗りすぎじゃ、阿呆』
少し回復したのか、バルフェリアの声が頭に響く。
『喋っている暇は無かろう、良く聞け。ここで勝つ……いや、死なぬためには、魔力を暴走させるしかない』
魔力を暴走?
それって俺の体がバラバラになる奴じゃないのか?
『妾の力は残り僅かじゃ。この程度の放出であれば死なぬ……と思う』
おいおい、頼りねえなあ。
『悪いんじゃが、今の妾にはもう魔力を扱えるだけの力は残っておらん。
だから、アレックス。お主がやるんじゃ』
俺が魔力を?
やったこともないのに、この土壇場で?
『今まで魔法を扱ったことがない、お主だから良いのじゃ。つまり加減が分からぬ。それが暴走よ。
暴走した魔力は、瞬間的に凄まじい破壊力を生み出せる筈じゃ』
こうしている間も、避けて、守って、レオンに反撃をする隙は残念ながら見当たらない。
『どうじゃ?……やるなら、妾を信じるなら、首を縦に振ってくれぬか』
生き残るには試すしかない。
だが、バルフェリアの残り魔力量は?
この後、俺もバルフェリアも、生きていられるのか?
このバルフェリアへの心配が、隙となって現れた。
「おらぁ!」
ズンッ!
レオンの蹴りがみぞおちに入り、息ができない。
あまりのことに前傾になる俺の顔に、まともに奴の右拳が入る。
視界が揺れ、意識が遠ざかる。
『しっかりせい!馬鹿者!』
必死なバルフェリアの呼びかけで、何とか意識を保つも、立っていらずへたり込んでしまう。
腕で体を何とか支えるが、足が震えて、動けない。
だが、首だけは何とか縦に振る。
その瞬間をバルフェリアは見逃さなかった。
『良いか?右手から妾の魔力が流れた感覚を思い出せ』
あの、体中の血流が右手に集まる感覚か。
「よくも、レギュラス様の“聖裁”を手放させてくれましたねぇ?」
レオンは“聖裁”へと歩み寄り、両手で抱えてこちらに向き直る。
『それを、指先から放出するイメージを持て!』
つまり、指先から血が勢いよく噴き出るようなイメージでいいのか?
巨大狼に腕を食われた時のように、勢いよく。
『量は気にするな!ただ放て!』
何も考えず、感覚に任せて、思い切り。
「お前は、“聖裁”で断罪する!」
『くるぞ!』
俺は最後の力を振り絞って、震える右手をレオンに向けて突き出した。
「このまま“神速”で突き殺してやる!」
そして、レオンの姿が消える。
「……死ぬのはお前だ、馬鹿野郎」
指先から放出するイメージ。
なるべく強い力を、一気に。
だが、血を噴き出したところで強そうではない。
俺の心に深く刻まれた強さの象徴。
それは、幼い頃に村に突如落ち、巨木を引き裂き、焼いた、強烈な落雷。
――これだ。
パリッ
指先に、青白い電流が走る。
だが同時に、体中が焼ける様な痛みに襲われる。
「うぐっ!」
バルフェリアにとってはごく少量でも、俺の体には痛みを与えるに申し分ない量だったようだ。
そして――
“聖裁”は、俺の腹部に深々と突き刺さった。
「くくくくははははは!どうですかぁ!?これが、罰ですよぉ!!!」
「うぐぁ……」
『アレックス!』
腹部からはとめどなく血が流れる。
このまま俺は、死ぬのだろうか?
「さぁ、神に詫びながら死になさい……!」
すまない、バルフェリア。
もう、力が入らなくなってきた。
意識も、痛みも、徐々に遠ざかってくる。
「痛みが……遠ざかる……?」
「しぶといですね!」
レオンは“聖裁”を俺の腹部から抜こうとするが、俺は最後の力を振り絞り、両手で“聖裁”が抜けるのを阻止する。
「何のつもりですかぁ?」
「こういう……つもりだよ……!」
俺はもう一度、イメージを練り、指先に魔力が収束していく。
再び青白い光が指先から溢れるが、この体はもう痛みを感じなかった。
「さあ……いくぞ!!!」
次の瞬間――
全身の血が、右腕に、指先に、一点に収束していくような感覚。
そして、堰が切れた。
雷撃が、五指から解き放たれる!!!
「いけええええ!!!」
『いけええええ!!!』
バチバチバチバチバチィイイイイッッッ!!!
俺の右手から放たれた白光は、視界を塗りつぶし、轟音が鼓膜を貫いた!
視界全てが白光に包まれ、その雷撃は眼前の木々や地面を、激しい衝撃音と共に黒く焼き焦がしていく。
そして、その放出は程なく収束した。
肉が焦げる臭いが鼻を突く。
もしかして、飲み込まれたレオンを焼き尽くしてしまったのだろうか。
雷撃に包まれた箇所の木々も地面も、広範囲が黒色に染まっている。
暴走というに相応しい、強大な力が放たれたのだと、実感させる。
そして、俺の足下に炭化した剣のような、棒状のものが横たわっていた。
「これは……もしかして、“聖裁”?」
“聖裁”らしきものが転がっている。
……だが、肝心のレオンは?
「アレックス様!左です!」
カイルの指示に従い、顔を左に向ける。
「あ、あぁ……う、嘘だ……」
雷撃を避けたレオンが、そこにはいた。
信じられない、といった表情だが、信じられないのはこっちの方だ。
まさか、避けられるとは。
だめだ。
魔力の反動か、もう顔を向けるのが精一杯で、指一本動かせない。
だが――
「あっ、ああ、あああああああ!!」
レオンは酷く狼狽え、目からは涙が、口からは涎が溢れている。
顔中が体液でドロドロだ。
そしてレオンは、慟哭を振り撒きながら姿を消した。
炭化した“聖裁”を置いて。
――何とかなった、のか?
「……バルフェリア……生きてるか……?」
俺は振り絞るように右手呼びかける。
その右手は、指先が黒く焦げ付いていた。
ああ、肉が焦げた臭いは俺の手だったのか。
そして深々と“聖裁”が突き刺さっていた腹部も同様に、ブスブスと焼けていた。
『…………うむ……何とか、な……』
バルフェリアの返事が聞こえて、俺は酷く安堵した。
ああ、もうこいつは、俺にとってなくてはならない相棒なんだな。
『……しかしお主……酷い有り様じゃのう……せっかくの美貌が、台無しじゃぞ……』
「……苦情は……レオンに……言ってくれる?」
二人とも、自然と笑いが込み上げてきて、
「はははははは」
『はははははは』
二人で笑い合ったあと、俺の意識はそこで切れた。
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