第33話 マナヴェインの森
※本作にはTS要素があります。
マナヴェインの森。
ダンジョンのある山の麓に広がる、広大な森。
まだ森の浅い場所のため魔物の気配もなく、静かでゆったりした印象を受ける。
小鳥の囀り、木の葉の揺れる音、差し込む暖かな木漏れ日。
なんだか、本当にピクニックでもしてるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
俺たち三人は、そんな森の中を進んでいく。
「ガレスさん。この森ってどんなところなんですか?」
俺の言葉に、ガレスの眉間がピクリと動く。
「お前、そんなことも知らずに依頼を受けたのか?」
眉間のシワがどんどん深くなる……どうやら、お気に召さない質問だったようだ。
「……バルフェリアは知ってる?」
ガレスにバレないように、小声でバルフェリアに声をかける。
『妾が封印される前にも森はあったが……雰囲気はだいぶ変わっておる』
「そうなんだ?」
『あの頃はただの森じゃったが、今は魔力が脈打つように滲み出ておるのう』
魔力が?
どういうことだ?
「……ダンジョンの魔力が溢れ出た結果、この森に溜まったと言われている」
「へえー、そうなんですね」
俺はガレスがくれた答えに、何も考えていない能天気な返事をしてしまった。
普通に関心してしまったのだから、しょうがない。
ガレスは目尻までピクピクし出しているが……見なかったことにしよう。
「だってよ」
『……それは考えにくいのう』
バルフェリアはガレスの回答に怪訝な様子を示している。
『その様な甘い作りならば、今ごろ自力で脱出しておるわ。完璧なまでに魔力を封ずる遺跡じゃったから、妾は300年もあそこにおったんじゃぞ?』
「……それって、結局どういうことなんだ?」
『妾の封印が解けたら、魔力が森に漏れ出すよう、人為的に設計したのやも知れぬ』
人為的に――か。
魔物は、魔力のないところでは生存ができないと言われている。
故に、主に魔力が浸透しているダンジョンに生息。
人間の生活圏内で魔物を見ることは滅多にない。
俺の村でも見たことはなかった。
「つまり、ここに魔物を呼びたかったってことか?」
『さてな。理由は分からん』
結局、バルフェリアにも理由は分からない、という結果に収まった。
釈然としないが、ここにいつまでも思考のリソースを割いても仕方がない。
頭を切り替えて、今は依頼の達成を目指そう。
「そこ、やや右手に進んでください」
背後からカイルが、進行方向を指示する。
地図とコンパスを両手に、的確に誘導してくれるから非常に助かる。
カイル、有能。
「ほう」
ガレスはしきりに髭を撫で付けながら、感心している。
……もしかして、俺よりカイルの方が評価高いんじゃないだろうか?
「……ま、別にいいさ」
細かい評価のために、ついてきてもらってる訳じゃない。
目的は、依頼の達成なんだから。
俺たちは着実に、森の奥へと歩みを進めていく。
――――――
同時刻。
オークリッジの教会にその男、奴隷商レオンはいた。
胸の奥がモヤモヤする。
レオンは、あの女をみすみす見逃すことになったことを、まだ納得できないでいた。
「レギュラス様は、一体どういうつもりで……」
あの様な不敬な女、直ぐにでも首を刎ねるべきだとレオンは思っていた。
そしてそんな女に、敬愛する神、レギュラスと同じ匂いを感じたことに、吐き気を催す不快さを示す。
「レギュラス様にお会いになる前に、あの女が死んでしまえばスッキリするんだが……」
レオンは、自分の言葉にハッとした。
そうだ。
なぜ気づかなかったのだろう?
「……あの女が死んでしまえばいいんだ」
奴がレギュラス様に会うまでの猶予は一ヶ月。
一ヶ月もあれば、その身に何が起こるか分からない。
“不幸な事故”が起きるには、充分過ぎる期間だろう。
バレたらどうなるかは分からない。
罰を受けることになってしまうかも知れない。
だが、それ以上にあの女は生かしては置けない。
「なら、バレなければいい」
それが答えだ。
レオンはほくそ笑んだ。
「司祭殿!少々よろしいですかぁ?」
「はい、なんでしょうか?」
司祭と呼ばれた、人の良さそうな恰幅のいい老人が、レオンの前へと立つ。
レオンは司祭に対して、レギュラスから賜った魔剣を意味ありげに見せつけた。
「これは……使徒様でしたか!して、何用で?」
司祭の態度は急変し、レオンへうやうやしく、こうべを垂れる。
「ええ、レギュラス様を侮辱したものがいましてねぇ。罰を与えたいのですよ」
「なんと不敬な!……承知致しました。では、当教会の暗部のものをお貸ししましょう」
「ありがとうございます。ですが、ひとつだけ。これは内密にお願いしますよぉ?他の皆さんに、余計な心配ごとをさせたくないのですよ」
「はっ。使徒様の仰るままに」
あの女は、今どこにいるのか。
暗部を使い、探し出して、“狩る”。
レオンは、目の奥に狂気をたたえながら笑うのだった。
――――――
マナヴェインの森に入って、二日目の朝。
「――あれか」
『うむ、スプリガンに相違ない』
「しかし、結構浅いところにいるんですね、ガレスさん」
俺たちは百メートルほど離れたところで地面を這い、息を殺して観察していた。
木々の隙間を縫って、遠くに見える一体のスプリガン。
その姿、パッと見はただの太めの木にしか見えない。
しかしジッと観察をしてみれば、木と違い、呼吸をしているのがわかる。
肩?らしき部分がうっすらと上下しているのだ。
「お前……本当に見えているのか?」
ガレスは怪訝な表情で、信じられないと言った様子で俺に聞いてくる。
「ええ、目には自信があるんです」
「なるほど、斥候“スカウト”だったのか」
「……そんなところです」
スキルはないが、恐らく一端のスカウトと同じことができる。
あのダンジョンを観察しながら生き残ったんだ、その自負はある。
だから俺の返事は嘘ではない……はずだ。
「ガレスさんは、ここでカイルを守ってあげてください。私はこのまま近づきます」
「おい、だが――」
「大丈夫です。きっと勝ちますから」
俺はガレスの言葉を遮りそう宣言をすると、弓を取り、矢を番えながら、気配を殺してゆっくりとスプリガンの方へと近づいていく。
だから俺は、後に続くガレスの言葉を聞き逃してしまったんだ。
「スプリガンは普段、もっと深いところにいるんだが。こんなところにいるのは……はじめて見たな」
森の異変は、既に始まっていた。
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