第3話 魔人の受肉
※本作にはTS要素があります。
俺の身体に入り込んだ宝石から黒い触手のようなものが、傷口を通して無数に這い出てくる。
意識のない俺の身体は抵抗する術もなく、あっという間に全身は触手に飲み込まれた。
触手は、そんな俺の身体を弄ぶかのように捏ね回す。
比喩でも何でもなく、グチャリ、ボキリ、ゴキゴキと音を立てながら、その身体を弄り回している。
巨大狼は、突然の出来事に足を止めた。
その触手に牙を剥き、大きく唸り威嚇をするが、その場から動くことはない。
得体の知れないものに近寄りたくない、というのは魔物であれ、知能を持つ生物の本能なのかも知れない。
やがて触手はゆるやかに動きを止め、体内へと吸い込まれるように萎んでいく。
触手によって、俺の身体は作り替えられていた。
もはや原型を留めていない。
なぜならそこには――
――美しい女性が、たたずんでいた。
流れるように滑らかな、金色の長髪。
人を惹きつけて離さない、真紅の瞳。
小柄ながらに整った、魅惑のボディライン。
喰われた事実など無いとでも言うように、右腕も無傷でそこにある。
「ようやく受肉できたわ……ここまで、どれほど待ったことか!」
女は感激した様子で、その場をくるくると踊り回る。
あの、暴力の権化の目の前で。
脅威など存在しないとでも言いたげに。
場にそぐわないそのダンスは、観客がいれば、きっと目を離すことができないほどの美しい踊りだったであろう。
グルアアアアアッッ!!!
しかし女の踊りは、怒り狂う獣の咆哮によって終わりを迎えた。
突然の出来事に足を止めた自分自身を恥じるかのように、巨大狼の声は怒りに満ちていた。
動きを止めた女に、殺意を持って狼は爪を振り上げる。
切り裂けぬものは何も無い、と言わんばかりの重厚かつ鋭利な爪。
目にも止まらぬ速さで振り抜かれた痛烈な爪撃は、女の身体を無惨にもバラバラに――
「……何のつもりじゃ?貴様」
――することはなかった。
女は何事もなかったかのように、手のひらでその爪を受け止める。
「まったく……」
しかし女は顔に不快感を滲ませ、その指に少しずつ力を込める。
狼の爪はミシミシと悲鳴を上げ、女の指が徐々に食い込んでいく。
それでも女が力を緩めることはない。
巨大狼は必死に引き離そうとするが、いくら引こうがびくともしない。
「犬コロ風情が妾を傷つけようとは……躾がなっとらんようじゃな!」
バキン!
圧力に耐えきれなくなった狼の爪は、無惨にも木っ端微塵に砕け散った。
グオアアアアアッ!!
この咆哮は怒りか、恐怖か。
再び部屋を震わせる、獣の絶叫。
それと同時に、狼は女を噛み砕こうと、凶悪な口を開く。
「たわけがっ!」
ドゴン!!!
牙が女に届く直前。
女の脚が、一瞬のうちに狼の顎を蹴り上げる。
その強烈な一撃は、五メートルはあろう狼の体を軽々と宙に浮かせた。
「……獣ごときが、妾の魔人の力で死ねること、光栄に思うが良いぞ!」
女は右腕を振りかざす。
かざした右腕に、魔力が集まっていく。
そして圧縮された、黒い魔力が拳を覆いつくした。
その右腕を体に引きつけ――
ドシュウッッ!!!
振り抜いた拳から放たれた魔力は、天井を砕き、狼の体に無慈悲にも巨大な穴を空けた。
空中から地面に、派手な音を立て倒れ込んだ狼の巨体。
それは、一度ビクンと大きく痙攣したあと、二度と動くことは無かった。
「ウォーミングアップ終了、と言ったところじゃの。では、行くとするか」
狼の死体を一瞥することもなく、女は意気揚々と玄室を後にする。
「ここは退屈過ぎて死ぬところじゃったわ……このお礼、たっぷりとしてやらんとな」
怒りか歓喜か、はたまた両方か。
女は不敵な笑みを浮かべ、玄室の扉に手をかけた。
その時――
ドクン
女の足が止まる。
『……なんじゃ?』
ドクン
その手が震える。
ドクン
誰かの生命の息吹を、胸の奥から感じる。
「これは……まさか、この肉体の男、まだ死んでおらんかったのか!?」
全身から突然感覚が引き、身体に力が入らない。
立っていられなくなり、地面に膝をつく。
「妾ともあろうものが……こんな単純なミスを!!!」
女は苦々しげに、自らのミスを呪う。
そして女は、髪を振り乱したまま意識を手放し、その場に倒れ込んだ。
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