第28話 冒険街、オークリッジ
※本作にはTS要素があります。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
凄惨な現場となったテント前。
その場には似つかわしくない、華美な椅子に腰掛ける、奴隷商レオン。
落ち着かない様子で爪を噛み、貧乏ゆすりが止まらない。
動かなくなった冒険者たちの死体を、奴隷たちが恐る恐る運び出している。
が、みんな恐怖で体が強張っているのか、妙にもたついている。
それがまたレオンの癪に触る。
「さっさとしてくれませんかねぇ!」
「ヒッ!す、すいません……」
レオンの怒号に、奴隷たちは更に萎縮してしまう。
そんな姿が、レオンの怒りの琴線を更に逆撫でる。
「……チッ」
下賤な冒険者の血の匂いも、使えない奴隷たちも、気に入らない。
しかし、何よりも気に入らないのは――
「レギュラス様を侮辱するクソ虫が……!」
あの、不遜な小娘。
それも、レギュラス様から賜った大切なこの剣“聖裁”を殴打する不遜さだ。
切り捨ててやろうと思った。
なのに、殺せなかった。
「あんなやつ、万死に値する。なのに……!」
聖女の神託が、頭に鳴り響き、奴を切り捨てることを断念せざるを得なかった。
『――レオン。その者をここで殺してはなりません。レギュラス様が、その者との面会を所望しています』
神託はレギュラス様の言葉。
それに逆らうことは、レギュラス様に逆らうことと同義だ。
だが、聖女を通して告げられた神託は、
“お前より、そこの小娘の方が大事だ”。
レオンとしてはそう言われたに等しい。
「あの小娘、何者なんですかねぇ……!」
アレックスたちの預かり知らぬところで、奴隷商レオンの嫉妬心が、膨れ上がっていた。
――――――
「……」
俺たちは、あれから急いでテントから遠ざかる様に、あてもなく歩いていた。
三人の奴隷も行くあてがないんだろう。
俺の後ろをついてくる。
「……なあ、カイル。俺たちどこに向かってるんだ?」
「まずはあそこから離れるのが先決です。」
「そっ、そうですよね!あんな怖いこと……あたし……」
三人の冒険者たちが一瞬で殺されたあの光景。
同情はしない。
あいつらは、それだけのことをしてきた。
だが、気に入らないというだけで切り捨てるのは違うんじゃないだろうか?
「そもそも、あいつは何者なんだ……?」
あの三人も冒険者の端くれだ。
もし油断がなかったなら、俺とあの三人の戦いも、どうなっていたか分からない。
それを冒険者でもない奴隷商が、一撃とは。
「なあ。あいつ、レギュラスとか言うのと何か関係あるのか?」
『恐らくな。奴の持つ剣から懐かしい魔力の流れを感じたわ』
「……強かったな」
『うむ。何かしらのスキルを持っておるじゃろうな。あの剣と合わせると、タチが悪いわ』
驚いた。
こいつが相手の強さを素直に認めるなんて。
「また会ったとして、勝てると思うか?」
『無理じゃろうな』
バルフェリアはあっさりと答える。
つまり、こいつより強いってことか……!?
『む?何を考えておる?勘違いするでない、お主の力だけでは勝ち目がないという話じゃ』
あ、そういう話か。
それはそうだ、入れ替わったことがイレギュラーだったんだ。
「そういえば、あの指輪は結局何だったんだ?」
『あれか。あれはな、魔力を蓄積するための指輪なのじゃ。
お主を右手に留めるイメージであの指輪に魔力を流したのじゃが……結果的にうまくいったわ』
咄嗟にそういうことが出来るのって、何気にすごいな。
やっぱりとんでもなく凄い奴なんだなと実感する。
「指輪が壊れたのは?」
『妾の魔力に指輪が耐えきれなかっただけじゃ』
「ふーん、やっぱ制御は苦手なのか」
『な、仕方なかろう!緊急事態じゃったし、本来の使い方とは違う使い方をしたんじゃから!』
こうして他人の目を気にせずバルフェリアと話せるのはいいな。
なんだかんだ気が合うというか……信頼しているというか。
「……ックス!……アレックス!……頭、大丈夫か?」
右手と喋る俺の様子を見て、奴隷の少年が心配そうに声をかける。
「あ」
三人のことをすっかり忘れていた。
少年だけでなく、他二人も訝しんでいる。
他人の目はめちゃめちゃ近いところにありました……。
バルフェリアの声は他人には聞こえない。
つまり俺は今、一人で右手と話し出すやべーやつでしかない。
「あー……なんて言えばいいかな……?」
『ふむ、そうじゃな……』
バルフェリアが考え込む。
奴隷の三人は俺が喋り出すのを待っている。
この間、気まずいな……。
『……良い考えが浮かんだぞ。柄を持て』
「柄?」
『うむ。指輪をあれだけ扱えたという事は、恐らく可能じゃろう』
バルフェリアが自信満々に答える。
「柄ってこれだよな?」
バッグから、柄だけになった短剣を取り出し、右手に持つ。
『うむ。それを手前にかざすのじゃ』
俺は言われた通り、右手を柄ごと手前に突き出す。
すると、右手が徐々に熱を持ちはじめる。
そしてしばらくすると、右手の甲から目が消えた。
「バルフェリア!?」
『大丈夫じゃ』
目は消えたが、バルフェリアの声は聞こえる。
三人もその様子を固唾を飲んで見守っている。
ドクン
「うぉっ」
右手から柄に血が流れるような、奇妙な感覚。
まるで、柄が手と繋がっているような感覚だ。
そして――
ボンッ
軽い破裂音が鳴り、柄が煙に包まれる。
煙が晴れると――
手のひらの上には、柄ではなく小さな人影。
およそ三頭身ほど。
手のひらサイズの小さなバルフェリアだった。
「ええええ!?ちょっ、どうなってんの!?」
「うるさいぞ、アレックス!落ち着かぬか!」
頭に響いてこない、目の前にいるバルフェリアとの会話。
なんだか新鮮だ。
「……そんなことができるなら、さっさとやれよ」
「確証が持てなくての。だが、お主との反転が出来たのでな。
お主の魔力回路が多少強化されていると思い、試させてもらったぞ」
「ん?」
ちょっと待てよ。
もしかして……
「これも、下手したら」
「察しが良いな。激痛を伴っていたやも知れん」
「先に言え!!!」
「あの!……その子は?」
おっと、三人を置いてけぼりにしてしまった。
横から声をかけてきた女の子は、目をキラキラさせながらバルフェリアを見つめている。
「ああ、俺の右手にこいつが寄生――」
「は?」
言い方が悪かった。
バルフェリアが俺をギロリと睨んでくる。
「……俺の右手にこいつが“同居”してるんだ。名前はバルフェリア」
バルフェリアをチラリと見る。
……及第点だったようで、うんうんと頷いていた。
「こいつのお陰で、俺はこのダンジョンを生き残れたし、強くなれた。ま、代わりに女になっちまったけど」
俺は胸を持ち上げ強調して見せる。
あ、少年が露骨に目を逸らした。
ちょっと刺激が強かったか。
「へえ〜。さっきもこの子と喋ってたんですか?」
可愛らしい姿のバルフェリアに見とれながら、女の子が質問を投げてくる。
「うん、普段は右手の目になってて。声は直接頭に響いてくるんだよ。
だから周囲には聞こえなくて……怪しくてごめん」
「そんな!怪しいだなんて!……よろしくね、バルフェリアちゃん」
「ちゃん!?」
バルフェリアが目を丸くしている姿に、思わず吹き出すところだった。
危ない危ない。
「あたしはミリア!」
「……まあ、良かろう。特別じゃぞ?ミリア」
「うん!」
ミリアと名乗った女の子は満面の笑みで答える。
さっきまでは今にも死にそうな顔をしていて大人しかったが、これがこの子の本来の姿なんだろうな。
「ところで、これからどうするんですか?」
今度は青年が質問をしてくる。
もっともな質問だ。
奴隷商に捕まるようなことはなかったものの、今の俺たちには食い扶持も何もない。
行く宛すらないのだ。
「なあに、目的は既にあるじゃろう」
「え?」
「一ヶ月後に、奴の言う王都に行かねばならぬ。ならばそれまでに、足場を固めて、強くならねばな。ほれ、丁度そこに――」
バルフェリアが小さい体で懸命にあごでしゃくる。
眼下に広がる広大な風景。
森、草原、そして街。
俺たちがいたダンジョンは、なだらかな山の頂上付近に入り口がある。
今の俺たちがいる場所は、恐らく七合目付近といったと言ったところか。
「……街に行くのか?」
少年が体を強張らせながら質問してくる。
奴隷の身で街に行くのが怖いのだろう。
「大丈夫だよ、ルカ。主人付きの奴隷なら、街中で危害を与えてくる人は殆どいない」
青年は少年をルカと呼び、なだめる。
「……カイル、そうなのか?」
「うん。私は元々、街で主人のために働いていたんだ」
そうなのか。
カイルという青年は、元々街で奴隷をしていたらしい。
「カイルよ。妾にもアレックスにも、街の知識は殆どない。そなたの知恵を借りても良いか?」
「……こちらこそ、私たちはこのままでは街の門扉で捕まりかねません。ですから、アレックスさん。私たち三人の主人になって頂けませんか?」
お互いに生き残るためには、協力をするしかない。
「ああ、分かった。三人ともよろしく頼むよ。表向きは奴隷と主人だけど、気持ちとしては仲間だ」
「ではカイルよ、早速だがあの街について教えてくれるかの?」
「ええ、あの街は冒険者が集まる街。――冒険街、オークリッジ」
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