第27話 地上の光と血の裁き
※本作にはTS要素があります。
『地上の光じゃ……』
久しぶりの外の光に、バルフェリアは感慨深く呟く。
およそ三百年ぶりとなる地上。
こいつの胸に、どれほどの想いが去来しているのか。
気持ちは分かると言ってやりたいところだが、正直、どんな言葉も薄っぺらになるし、実際その気持ちはわからない。
「……あとは外に出りゃ、俺たちもお役御免だな」
「待て待て、奴隷商のこと忘れんなよ?」
「分かってるよ!へっ、安心しろよ“アレックス”」
「うっせ」
剣士と憎まれ口を叩きあいつつも、出口は近づいてくる。
俺の心が高揚していく。
絶望的な状況下からの、奇跡の脱出。
高揚するな、と言う方が無理があるだろ。
そして、ついに――
――俺とバルフェリアは、ダンジョンの敷居を跨ぎ、青い空の下へと足を踏み出す。
ダンジョンとは違う、薄暗さを感じない爽やかな空気。
暖かな太陽の光。
鼻腔をくすぐる、草と土の匂い。
葉を揺らす風の音。
潜っていた時間は、せいぜい三週間前後ほどだ。
それでも、この五感を刺激する、地上のあらゆるものが俺の心を震わせる。
帰ってきたんだ。
『……っ――』
バルフェリアも感じ入っている。
……声をかけるのも、野暮と言うものか。
「おい」
剣士の呼びかけで、俺は現実へと引き戻された。
「ああ、何だ?」
「感激すんのは構わねぇがな……いつまで待たせる気だ?」
いかんいかん。
かなりの時間、意識を飛ばしてしまっていたようだ。
「ああ、すまない。ええと――」
俺はキョロキョロと辺りを見回すが目標物は見つからない。
「……こっちだ」
返事を待たずに剣士たちは、先導するように歩き出す。
その後ろに俺が、更にその後ろを奴隷三人がついて歩く。
「ほれ、あれが奴隷商のテントだ」
剣士が指し示した先には、大きなテントが堂々と張られていた。
ダンジョンという危険の近くには似つかわしくない豪華さだ。
ダンジョン内で奴隷が足りなくなることは、冒険者にとってはよくあることらしい。
だから、その商機を逃すまいと、奴隷商がダンジョンの近くにテントを張ることは珍しくない。
俺もそうして売られたタチだったから。
「んじゃ、いくぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
テントの中に入ろうとした剣士たちを、俺はつい呼び止めてしまった。
「……何だよ?」
「いや、何というか……」
こいつらとは戦う事で恐怖を克服できたが、奴隷商に対してはまだ身が竦む。
実際、俺が元奴隷とバレたらどうなってしまうのかも分からない。
『……安心せい。いざとなれば、妾が守ってやる』
いつの間にか、こちら側に意識を戻していたバルフェリアからフォローの言葉を頂いた。
「……何もできないだろ」
俺はボソリと反論する。
『そうでもないぞ?お主が拾った指輪のおかげでな』
「?」
どういう事だろう。
あの指輪には特別な力でもあるのか?
「おい!どうすんだよ!」
「ああ、すまん。今――」
「外で騒がしくしているのは、どなたですかぁ?」
テントの中からひとりの男が外に出てきた。
色白で、グレーの長髪。
だいぶ儲かっているのだろうか、貴族ともみまがうほどの整った身なり。
腰には長剣を携えている。
笑顔を貼り付けているが、細められたその目は、彼の心を隠すかのように読み取れない。
「おお、旦那」
「あなたですか、毎度どうも」
どうやらこいつが奴隷商のようだ。
……俺を拐い、売り払った奴とはまた違う奴だった。
同じ場所でも違う奴らがローテーションしているのか?
「どうだい旦那、儲かってるかい?」
「いやあ、ボチボチですねぇ」
短いやり取りの中でも、剣士と奴隷商が見知った間柄であることがよく分かる。
「おや、だいぶ奴隷が減りましたねえ?」
奴隷商はこちらを一瞥する。
三人の奴隷は小さく悲鳴をあげ、先ほどの俺よりもひどく竦み上がっていた。
「思いの外、罠が多くてよ」
「駄目ですよぉ、道具は大切に扱わないと。神も言っています、“労働力は大切に使い潰せ”と」
『何じゃと?』
右手がざわりと疼く感触。
今の言葉にバルフェリアは何かを感じ取ったらしい。
「それで今日は――」
ニコニコと笑顔を崩さずに、奴隷商はテントの入り口を大きく捲り上げた。
――巨大な檻。
テントの中には、人を閉じ込めるための巨大な檻がある。
その中で十数人の奴隷の腕輪を付けた男女が、身を縮こめて座り込んでいた。
「補充ですかぁ?」
あっけらかんとした声で、平然と言い放つ奴隷商。
そんな奴隷商とは逆に檻の中の奴隷たちは、補充という単語に恐怖し、更に身を小さくする。
「いやいや、今日は別の用事なんだ」
「別の?……ああ、その女を売りたい!とかですかあ?」
奴隷商は俺を指さし、笑顔で言い放つ。
……こいつ、何てこと言いやがる。
「あー、そうじゃなくてよ」
剣士は意を決して、奴隷商へと告げる。
「今日は……この奴隷たちの契約を、解除してやりてえって思ってよ」
意外な言葉だった。
確かに解除を求めたが、こいつがこうもアッサリ提案をするのは意外でしかない。
……心境の変化が本当にあったのならいいが。
「……へえ」
『……こやつ』
だが相変わらず、奴隷商の笑顔は崩れない。
しかし、奴の周辺の空気が一瞬で暗いものへと変わる。
「あの綺麗な女は……奴隷みたいな格好をしてるけどよ、違うんだ。ほら、腕輪もねえだろ?」
「……そうですねぇ」
「でよ。なんつーか、そろそろ奴隷頼みは卒業しようかと思ってよ?こいつらに愛着が湧いたっつーか」
「それなら、ダンジョンではなく雑用でもさせればいいのでは?」
暗い空気がどんどん広がっていく。
この男はヤバい。
俺の勘が、心の中で危険信号を発している。
「いや……そう、あれだ!こいつらも自由が欲しいだろうと思ってよ。解放してやりてえんだよ」
「それはそれは。急に人としての善意に目覚めたんですねぇ」
「ま、まあな。俺たちも変わろうと思ってよ?」
「ははは、なるほどなるほど」
瞬間、奴隷商の顔から笑顔が消えた。
奴は捲り上げたテントを手離し、
今この空間に、殺意が満ちていく。
「おい、逃げ――」
キュイン
目にも止まらぬ速さで、奴隷商は何かを振り抜いた。
「――レギュラス教に唾するような輩には、冒険者としての価値もないですね」
「え?」
奴隷商の右手には――ひと振りの長剣。
神々しさと禍々しさ、両方を持ち合わせたその剣は、三人の冒険者の胴体を、一刀のもとに真っ二つに切り裂いた。
三人の冒険者“だった”ものは、その場に力なく崩れ落ちる。
「「「うわああああああああああ!!!」」」
俺の隣の三人の絶叫が響く。
檻の中の奴隷たちも状況を感じ取ったのか、その絶叫がテントの中に響く。
今この場所は、圧倒的な恐怖に支配されていた。
「お前……!」
あいつらは嫌な奴らだったし、奴らのせいで死んだ奴隷も多くいただろう。
それでも、先の言葉に真実が混じっていたのなら、人としてやり直せる機会があった筈だ!
「奴隷制は、かのレギュラス様が興した制度です!
国教であるレギュラス教も、それを推奨しています。
にも関わらず……よりによって、奴隷を開放しようとはあまりにも愚かしく、醜い!
このような奴らは、死ぬしかない」
そう言いながら、奴隷商は俺へと視線を向ける。
そして、ゆっくりと歩き、近づいてくる。
――剣を抜いたままで。
「そう思いますよねぇ?あなたも」
『アレックス!指輪じゃ!』
バルフェリアの声に焦りを感じた。
『奴が抜いた剣からはレギュラスの魔力を感じる……時間がない、あの指輪を右手に着けるのじゃ』
「え?」
『早くせよ!』
バルフェリアに言われるがままに、俺はバッグから指輪を取り出し、急いで装着する。
「これでいいのか!?」
「ははは、こんな時におしゃれの心配ですか?それならまず、その服装を変えることをお勧めしますよ」
奴隷商に笑顔が戻るが、目は全く笑っていない。
……殺る気だ。
『お主の身体を借りるぞ!』
「は?それってどういうーー」
指輪が一瞬、まばゆい光を放ち、
――俺の意識は、右手に移動した。
『は?え?』
何が起こったか分からない。
俺は混乱の最中にある。
そして、俺の口が勝手に動き、喋り出した。
「貴様、レギュラスの手のものじゃな?」
口調はバルフェリアそのものだ。
つまり、俺とバルフェリアが入れ替わった?
「おや、雰囲気が変わりましたねぇ?」
「答えぬか!レギュラスの手のものか!」
バルフェリアの二度目の質問。
その言葉に奴隷商の笑顔は完全に失われ、目を見開き顔を歪めて叫ぶように訴える。
「レギュラス“様”だろうが小娘!!!不敬が過ぎるぞ!!!」
――瞬間。
奴隷商が飛ぶようにバルフェリアの懐へ滑り込む。
「甘いわ!」
冒険者たちと同じように、俺の体、バルフェリアを撫で斬りにかかる。
が、バルフェリアは剣の刃を狙い澄ましたかのように殴りつけた。
ガイイイィン!!!
激しい衝突音のあと、その衝撃を中心に衝撃波が強風となり、テントと木々を大きく揺らす。
何となくわかる。
これは、魔力同士のぶつかり合いの影響だと。
「小娘がぁ……!」
バルフェリアの強烈な一撃。
アイアンゴーレムや巨大狼を楽に叩き潰せる強大な魔力は、奴の長剣を粉々に――
――することなく、奴隷商の手に収まっていた。
『嘘だろ!?』
バルフェリアの圧倒的な力でも、砕けないだと!?
「っくう……」
逆にバルフェリアがふらついている!?
「よくも……レギュラス様より賜った我が剣を……殴りつけてくれましたねぇ!」
激昂した奴隷商は、再び攻撃に剣を構え、
――動きを止めた。
「……ですが!」
奴隷商は誰かと話をしているかのように、こちらではない何かと会話をし始める。
「……は。承知しました。……そのように」
奴隷商はそう呟くと、おもむろに長剣を鞘へと収めた。
そして、今度はこちらに向けて語りかける。
「……あなたにレギュラス様より伝言です。……一ヶ月後、王都で逢おう、と」
……レギュラスからの伝言?
こいつは一体、何者なのか。
「さあ、私の気が変わらないうちに、そこの奴隷たちを連れて、消えてもらえますかぁ?」
貼り付け直した笑顔とは裏腹に、奴隷商は苦々しげに告げる。
そして“これ以上話すことはない”といった様子で踵を返し、テントの中へと戻っていった。
「すまんかったな。アレックス……この指輪では、あれが限界じゃったわ」
バルフェリアの言葉と共に指輪が砕け散り、俺の意識は、右手から体へと戻る。
――その直後、
「ぐうぅっ!」
これが魔力の余韻なのか、強烈な痛みと疲労感が全身に襲いかかった。
思わず地面に膝をつきそうになる。
だが、布一枚を隔てた向こうに奴がいるんだ。
俺は意地で踏み留まり、決して見えない奴の姿を、痛みが引くまで睨みつけていた。
読んでいただきありがとうございます。
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