第25話 開けるのは、お前だ
※本作にはTS要素があります。
「クソアマが……覚えとけよ」
苦虫を噛み潰した様な顔で、リーダー格の剣士が吐き捨てた。
俺はクソ冒険者どもを縄で後ろ手縛り上げ、宝箱の前に並ばせる。
縄は、クソ野郎どもの荷物から拝借させてもらった。
「こんな事をしてどうなるか、分かってるのか?」
魔法使いは縛られながらもまだ自分たちが上のつもりらしい。
口周りにゲロをつけながら、勇ましいものだ。
どんなに悪態をつこうとも、奴らの武器も取り上げ済み。
反撃を試みるなら、戦士のあの膂力でなら縄も切れそうだが……戦士は心が折れてしまったのか、俯き加減でひと言も発さない。
「武器と魔法を使っても私に勝てなかったくせに、生意気な口きくわね?」
『プ……クク……』
俺の辿々しい女言葉に、バルフェリアが笑いを堪える。
俺だって違和感しかねえよ。
いいよ、笑いたきゃ笑えよ!
「は?何だとてめえ!」
魔法使いが懲りずに噛み付いてくる。
「やめろ」
「……」
意外だ。
一番横柄だと思っていた剣士が魔法使いを嗜めた。
「……で?何が目的なんだよ、てめえ」
が、態度は変わらない。
「……何が目的だと思う?」
俺はニッコリと笑いながら問いかける。
「……知るわけねえだろ」
嘘だ。
戦士はともかく、剣士も魔法使いも平静を装ってはいるが、瞬きも多くどこか落ち着かない様子だ。
というか、よっぽどの馬鹿でなければ誰でも分かるだろう。
特に、自分たちがやってきたことを振り返れば、尚のことだ。
これから、大きなしっぺ返しを受ける予感が去来している事だろう。
「ちょっとね。宝箱を開けてもらおうと思って」
「か……勘弁してくれ!」
筋肉質で男らしい外見とは裏腹に、戦士は情けない声で乞う。
だが、同情するつもりはサラサラない。
俺や他の奴隷の命乞いを、こいつらは一切聞き入れなかった。
「お前たちは、命乞いをした奴隷たちを、何人見捨ててきた?」
「……お前、やっぱり元奴隷――」
「答えろ!」
剣士の指摘に、つい言葉が強くなる。
部屋中に響き渡った恨みと怒りが、とめどなく体の内側から溢れてきてしまう。
『アレックス、落ち着け』
……分かってるよ。
そうバルフェリアに伝えたいが、今返事をする訳にはいかない。
直接響く声は、他人にはもちろん聞こえないのだ。
つまり、おかしな奴だと舐められかねない。
「あのな、何にそんなに怒りを覚えてるのかは知らねえが、奴隷相手なら当然だろ?」
剣士のひと言が俺の神経を逆撫でする。
この国に蔓延る奴隷制の思想は、根深い。
――なら、問答は無用だ。
「そう?当然なら、あなた達もお願いね」
冷たく言い放つ俺の態度に、三人の態度も急変する。
「てめえふざけんな!やるわけねえだろ!」
「奴隷は奴隷だ!俺たちは冒険者、奴隷じゃねえ!」
「嫌だ!勘弁してくれよ!」
どこまでも自己中心的な三人の物言い。
その醜悪さに俺の精神は限界を迎え、ついに――
「お前たちが俺にしたこと!俺は忘れてねぇからな!」
――思いの丈をぶちまける。
喉の奥に溜め込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出した。
「は?……お前なんか見た事ねえぞ!」
「そ、そうだ。あんたみたいな綺麗な女、買ってたら忘れるわけがねえ」
お褒め頂き光栄だ。
おかげで吐き気を覚えたよ。
「だろうな。あんたらに宝箱を開けさせられたおかげで、最奥まで跳んで、結果こんな姿になっちまったよ!」
三人はきょとんとしている。
未だ腑に落ちない、という顔だ。
「……お前たちにとっては、単なる使い捨ての駒でしかなかったんだよな?
だがな、生きて戻ってきてやったよ、馬鹿野郎」
三人は必死に記憶を探っている。
しかし、答えに辿り着けそうにはなかった。
そこで俺は、誇張したかつての自分の真似をして、おどけて見せる。
「まだ分からないんですか?
“冗談キツいっすよ、ご主人〜”」
「……!!おま、ええと、アレ、アレ……何だ?」
ピンときたようだが、名前が出ない。
……そうだよな、奴隷の名前なんて、覚えてないよな?
じゃあ、教えてやろう。
「アレックスだよ。カスども」
俺は自分の名前を告げた。
しかし、三人の表情は、恐怖よりも戸惑いの色が濃くなる。
「アレックスかよ!……って、ええと」
「思い出した!あの妙に腰の低かったべんちゃら野郎だ!」
「え?でもテレポーターで跳んで……男だったよな?」
戸惑いが強すぎて、これから何をするのか忘れているのか?
場にそぐわない間抜けなやり取りが続く。
どんな形であれ、ようやく思い出してもらえたようだ。
じゃあ――
「誰が開けるか選べ。ピッキングツールは、貸してやる」
俺は笑顔を顔に貼り付けてバッグからピッキングツールを取り出した。
そしてそれを、三人の前にゆっくりと置く。
「え……」
現実に戻された三人の表情に、恐怖の色が戻ってくる。
「で……でも、誰がやれば」
剣士は、宝箱とピッキングツールを交互に見較べ、俺に問う。
目の前に迫りつつある死。
それを実感した三人は狼狽え出した。
「“誰でもいいっつっただろ?”」
あの時の言葉を冷たくお返ししてやると、三人の顔からいっせいに血の気が引いた。
顔は土気色で、ブルブルと体が震え始めている。
「「「…………」」」
誰も口を開かず、時間だけが過ぎる。
これじゃあ埒が開かない。
「決められないなら、俺が決めてやるよ」
俺は無機質な音でそう告げる、バッグに手を入れる。
そして、コインほどの大きさの破片を取り出した。
「「「……?」」」
三人はそれをどうするのか、理解できない様子で首を傾げる。
「これはな、こうするんだよ」
ピッ
俺は破片を指で強く弾いた。
宙に弾かれた破片は、クルクルと空中で回り、ゆっくりと落下する。
三人はそれを目で追い続けた。
カツッ
乾いた音を立てて、破片は地面に到着した。
落ちた破片は一度、二度と跳ね……その動きを止める。
「……お前だ」
顔面蒼白の、剣士の前で。
「ちょ、ちょっと……待てって――」
俺は、剣士の言葉を待たずに縄を解いた。
背中を軽く押して、耳元で囁く。
「さ、頼むぞ」
膝から崩れ落ち、愕然とする剣士。
戦士と魔法使いは露骨に安堵の息を吐き、宝箱から離れようとする。
――が、
「待て。俺は行っていいなんて一言も言ってないぞ?」
「……へ?」
何を言っているのか理解できません、とでも言いたげな間抜けな音が戦士から漏れる。
「開けるのはあんたらのリーダー。だけど、連帯責任だ。お前たち二人もそこで見守るんだ」
「なっ……もう勘弁してくれよ!もう充分だろ!?」
「そう思ってるのは、あんたたちだけだよ」
俺は顎をしゃくりあげ、“あっちを見ろ”と指し示す。
二人がそちらに視線を向ける。
そこには奴隷たちが三人まとまって、クズ冒険者たちを見ていた。
怒りと嘲笑が、入り混じった表情で。
クズどもに逃げ場はない。
「……リーダー、頼むぜ」
魔法使いは絞り出すような声でリーダーに頼む。
というより、単なる責任の押し付けだが。
「絶対、絶対解除してくれよ!死にたくねえ!」
戦士は強く懇願する。
こいつは本当に自分のことしか考えていない。
剣士はそんな二人の顔を見て、疎ましそうに歯噛みをする。
そして、目だけでチラリと俺を見た。
――許さない。
そんな意図を感じ取ったのか、剣士は震える手でピッキングツールを手に取る。
そしてゆっくりと宝箱に手を伸ばし、ガチャガチャと鍵穴を弄り出した。
――本当に愚かだ。
俺がピッキングツールを渡しただけで、鍵が掛かってると思い込んでいる。
鍵はもう解除済み。
あとは罠だけなのに。
そうとも知らずにガチャガチャと、慎重さのかけらもない、けたたましい音が鳴り響く。
このまま罠が暴発するんじゃないかとさえ感じる粗野な手付き。
「……これでどうだ?」
手応えなんてひとつもなかったはずだ。
それでも剣士は、
「……こんなもんか?」
と呟き、ピッキングツールを置いた。
その姿を見て、俺は奴隷達に視線を移す。
「「「……」」」
三人は無言ながらも、しっかりと頷き返す。
これは、俺だけではない。
俺たち全員の選択だ。
「……じゃあ、開けろ」
俺の指示に黙って従い、覚悟を決めた剣士は、ゆっくりと宝箱を開いた。
そして――
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