第24話 “元”奴隷の逆襲
※本作にはTS要素があります。
俺はここまでに、死に物狂いで生き残ってきた。
成長したと言う自負もある。
だが、今までこいつらに自分の命を握られてきたという事実に、あの頃の恐怖が蘇ってくる。
カクカクと足が震え出す。
「おい、聞いてんのか!そこの女!」
「は、はいっ!」
咄嗟に、上擦った声で返事を返してしまった。
「あんた、ダンジョン奴隷か?」
ドキッとした。
心臓が跳ねる。
なんて答えればいいんだろう。
頭が働かない。
「へへ、どっから逃げてきたんだ?嬢ちゃん」
「折角の綺麗な髪がボロボロじゃねえか、可哀想に……俺が優しくしてやるよ」
ニヤニヤと下卑た顔で戦士の男が話しかける。
俺の首筋に、ゾワゾワと悪寒が走る。
下心が見え見えで気持ち悪い。
「いえ……あの。ほら、俺――じゃない、私、腕輪してないですよー?ダンジョン奴隷じゃないですー」
妙に明るい口調で、右腕を振りながらアピールをする。
……怪しくなかっただろうか?
「おい、どうする?」
「まあ、奴隷かどうかも分からねえし、変にトラブるのもうまくねえしな……」
クズ冒険者たちは、コソコソと話し合いをし始めた。
一体、何の話をしているのだろうか。
この間に逃げたいところだが、足がいうことを聞かないし。
しかも、扉は奴らの向こう側だ。
『――なるほど。お主は、こやつらの奴隷じゃったのか』
俺の態度で、クズ冒険者たちとの関係がバルフェリアに見透かされてしまった。
今まで積み上げてきた信頼関係が、崩れていく気がする。
『のう、アレックス。このままで良いのか?』
「……」
うるさい。
よくないなんてこと、言われなくても分かってる。
それでも、怖いんだ。
『このダンジョンを生きてここまで登ってきたお主が、恐怖するような相手ではないぞ』
そうかもしれない。
だけど……動けない。
「おい、女!」
「!な、何ですか?」
いつの間にか、話し合いが終わっていたクズ冒険者のリーダーが、威圧的な態度で俺に言葉を投げる。
「あんたのことは見逃してやるよ」
心の緊張が解けていく。
まさか見逃してもらえるなんて、思ってもいなかった。
願ってもない申し出だ。
「ほ、本当ですか?ありがとうございます!」
「ただし、その宝箱は置いていくならな!」
「……え?」
宝箱を、置いていく?
「どうせあんたみたいなのが、魔物を倒せるわけがねえ!……誰かが開け忘れたやつを、たまたま見つけたんだろ?ん?」
……この宝箱こそが、命を懸けた証明だ。
それを手放せと言うのか?
「おうコラ、どうすんだ!」
「何なら、力ずくでもいいんだぜ!?」
「ヒヒ。それとも体で払うか、おい?」
……駄目だ。
コイツらの声を聞くと体が強張る。
心が挫ける。
「わ……分かりました!どうぞご自由にー!」
『アレックス……』
仕方ないだろ。
体と心に強く染み付いた恐怖は、そう簡単に引き剥がせるもんじゃない。
だから、そんな憐れみに満ちた目で俺を見ないでくれ。
「へへへ。それでいいんだよ、それで」
「ありがとなぁ、お礼に可愛がってやろうか?」
「おい!誰でもいいからさっさと来いや!」
扉の方へと、リーダー格の剣士が声を投げかける。
扉の奥からオドオドとした様子で、三人のダンジョン奴隷が姿を見せる。
……見知った顔だ。
「誰でもいいっつっただろ!何で全員で来るんだ!馬鹿かコラ!」
「ヒッ……ごめんなさい!」
小さな女の子が体を跳ねさせて謝罪する。
死にたくないし、殺したくない。
だから選べないのは当然なんだ。
「チッ。どんくせえなぁ……お前でいいからサッサとやれ!」
奴隷のうち、青年が無造作に選ばれる。
青年の顔から血の気が引く。
手も足もガクガクと震え、今にも泣き出しそうだ。
「おい……早くしろっつってんだろが!」
リーダー格の剣士が剣を抜き、剣を振り回しながら青年に詰め寄る。
青年は人生を諦めたかのような、絶望に満ちた表情で、一歩ずつ宝箱に近づいていく。
『本当によいのか?』
「……」
良くない。
『貴様が目を背けることで、弱者がひとり犠牲になろうとしておるのだぞ』
「……」
良いはずがない。
「う、うぅ……」
青年はボロボロ泣きながら、宝箱の前にしゃがみ込む。
頭を下げ、手を突き出すその姿は、さながら神に祈りを捧げているかのようだった。
……そうだよな、生きたいよな。
俺も同じだ。
理不尽に奪われるなんてまっぴらごめんだ。
生きるも死ぬも、自分で選びたい。
だから――
「待って」
だから俺は、青年の肩を掴み、宝箱の前から引き離す。
「……え?」
「……あ?おいこら、何してんだてめえ!」
俺は、もう決めたんだ。
「……お前らに言いたいことがあってよ」
「あぁ!?」
俺の口も、気持ちも、もう止まらない。
「何で……何でスキルが無いってだけで、こんな扱いを受けなきゃいけないんだよ。同じ人間だろ?」
『そうじゃ、言ってやれ』
「てめえらに何の権利があって、人の命を軽々しく扱うんだこの野郎!てめえらはそんなに偉いのか!?死ぬのが怖いだけの腰抜けどもがよ!!」
『ハッハッハッ!良く言うた!少々、決断は遅かったが、まあ許してやろう!』
クズどもは三人とも、額に青筋を立ててプルプルと震え出す。
「……いい度胸だな、クソ女!何だか分からねえが、たった一人で何のつもりだ?……お望み通りぶっ殺してやる!」
「ハッ、掛かってこいよ、クソ野郎!」
こっちは武器なし。
スキルなし。
対して相手は、剣士、戦士、魔法使い。
三人ともスキル持ちだ。
だが、もう止まれない。
止まるわけにはいかない。
「スキルなんて無くても、やれるって証明してやる!」
『そうじゃ、自信を持て。お主はスキルなしでここまで生き残ったのじゃ。お主は強い。あんな下賤のものどもに、負けるわけが無い』
三人はそれぞれ武器を構え、陣形を組み、俺に迫る。
俺は間合いを測り、全体を見る。
先に動いたのは、クズ冒険者の魔法使いだ。
「“倍化”の火球……これでも食らえや!」
魔法使いの男が杖に魔力を練り上げ、火の力が収束する。
そこには火球が形成され――
「ファイヤーボール!」
呪文を叫ぶと同時に、巨大な火球が唸りをあげ、俺に向かって飛んでくる!
発した熱を肌で感じる。
食らえばただでは済まないだろう熱量。
だがしかし――
「遅い!」
その速度は、お世辞にも速いと言えないものだった。
俺はそれを、余裕を持って右に避ける。
だが、これも連携のひとつなのか。
戦斧を持った戦士が俺に肉薄する。
「お前の死に様、見せてくれよ!」
戦士は歪んだ笑みを顔に貼り付け、俺を真っ二つにしようと、振りかぶる。
「俺様の“膂力”で真っ二つよ!」
戦士の筋肉が一瞬膨れ上がったと思うと、戦斧を全力で横に薙いだ。
だがそれは、力まかせの一撃。
あまりに分かりやすい大振りだ。
ブォン!
俺は迷うことなく、地面を這うほどの低い体勢で横薙ぎを避ける。
俺の頭上を通った風圧が髪を躍らせる。
「何ぃ!?」
俺はその体勢から、勢いをつけて立ち上がり、体重も乗せ、無防備な戦士の顔を全力で殴りつける!
ドゴッ
「ぐあっ!」
戦士は鼻血を噴き出し、たまらず顔をのけ反らして横転する。
「女がよぉ!舐めんじゃねえぞ!」
回り込んできたリーダー格の剣士が、死角から俺に斬りかかる。
確かに死角からだが、回り込むまでの動きは見えていた。
あの足運びならおそらく、
――袈裟斬り。
俺は瞬時に判断し、剣士とは真逆の、横転している戦士の方へ駆け出した。
フォン!
「チッ!俺の“剣技”を避けるかよ」
剣は空を斬った。
と思ったが、俺のボロい衣服の背を縦に切り裂く。
これがスキルの鋭さか。
だが俺は止まることなく、横転した戦士の顔面を思い切り踏みつける。
「ぶふぅっ!!」
足元から聞こえてきた情けない声は無視して、剣士に向き合う。
戦士はピクリとも動かない、既に戦闘不能だ。
「くっそがあ……!」
剣士は、真っ赤な顔を向けて、俺に斬り掛かる。
怒りで頭がいっぱいなのだろう、動きがあまりにも単調で大きい。
いくら剣筋が鋭かろうが、ここまで予備動作が大きいと――
「遅すぎる!」
「なっ……てめえ!」
何も考えずに、剣を振り回しているようにしか見えない。
おかげで隙だらけだ。
ひとつひとつのスキルは確かに驚異だ。
しかしスキル頼りの、ゴリ押しとも言える戦い方。
スキルを過信し過ぎた結果が、これなのかもしれない。
「はっ!」
ガッ!
俺は剣士の、剣を持つ手を蹴り上げる。
奴の剣はそのまま手から離れ、カラカラと音を立て床を滑る。
「くっそおおおお!」
そこからは文字通りヤケクソだ。
剣士は武器を拾いに行くでもなく、そのまま俺に殴り掛かってくる。
……アイアンゴーレムよりも遅いその殴打に、当たってやる方が難しい。
そこに背後から、チリチリと熱を感じる。
「――ちょうどいいな」
大振りで殴りかかってくる剣士の腕を掴み、その勢いを利用して、俺の後方に思いきり放り投げた。
「なっ!?」
剣士は空中に放り出される。
そしてそこには、俺に当てるべく放たれた、魔法使いの火球が迫っていた。
ゴウッ!
剣士は空中でなすすべなく火球に飲み込まれ、火だるまとなった。
「あついいいいぃぃ!!!」
地面をのたうち回る剣士。
コイツももう戦闘不能だ。
ワタワタと動揺している魔法使いに、俺は即座に駆ける。
「ひっ!」
魔法使いは、恐怖で自分の顔を両手で庇う。
そんな格好では避けるどころか防げもしない、そもそも俺が見えてもいないだろう。
無防備になった奴の鳩尾にめがけ、俺は遠慮なく拳を振り抜いた。
ミチッ
「ぐゔ、ぉ」
魔法使いは、声にならない声を上げてうずくまり、真っ青な顔で涙を流しながら嘔吐する。
これでこいつも戦闘不能。
――勝負ありだ。
「俺はこんな連中に……ずっと怯えていたのか」
そんな自分が、少しだけ滑稽に思えた。
『ふん。浅い階層でウロウロと小銭稼ぎをしてる三流が、お主に勝てる道理もないわ』
読んでいただきありがとうございます。
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