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幕間 砂漠の聖女2

 少女を囲うように屹立する高い壁に設けられた窓の奥。

 観測室のモニターを3名の男達が見つめていた。

 高位を示す、金の装飾が施された白と黒の司祭服。

 男の顔はフードを被り目の下から顎先までを、

 金色の異様なマスクが覆っている。

 

 その背後にはシンプルな儀礼服を来た仮面の男が2名、

 彫像のように静かに佇んでいた。

 司祭服の男は少女の脳波計を見ながら、

 苛立たしげにコツコツと爪でモニターを叩く。

 

「もどかしい……。また自ら殻に閉じこもってしまった。

 真実は、その痛みを超えた深淵にしかないというのに……」

 

 マスク越しに反響する声とモニターを叩く、

 コツコツという音だけがうす暗い部屋に響く。


「ああ……もどかしい……。

 ”ナハシュの写本”……。

 やはり、その肉と骨から切り離して今すぐ取り出してしまえば」


「いいわけないでしょ?」

 

 ひどく場違いな、幼さの残る女性の声。

 背後のドアがスライドする音と共に現れたのは、

 十代半ばの、目も眩むほど可憐だがどこかミステリアスな少女だった。

 男と同じ司祭服を羽織ったその少女が呆れた顔で男を見ていた。

 髪はオパールのように淡く虹色を称えており、

 瞳は淡い水色とピンクを筆でなぞったような螺旋を描いている。

 男と同じ司祭服を羽織っているが、その着こなしは原型を留めていない。

 星や銀貨、宝石で装飾され丈も詰められたローブの下には、

 エナメルの黒いコルセットと短いスカートが覗いていた。

 

「殺しちゃダメだってドノヴァン様があれだけ言ってたでしょ?」


 少女――彩晶卿アルジェンタは、不満げに頬を膨らませた。

 

「またですか、彩晶卿……。ここに来るなと何度も言ったはずですが?」


 司祭服の男――琥珀卿ローレンスは、冷淡に言い放った。


「別にここは琥珀卿の私有地でもなんでもないじゃん。

 アッザリア典礼省トップである私が、

 なんでそんなコト気にしなきゃいけないの?」

 

 アルジェンタのいつもの様子に、琥珀卿は深くため息をついた。

 

「……貴方相手に道理を説いても無駄なようですね。

 殺したりはしませんよ、ドノヴァン様の命令ですからね。

 ただ私は、目の前にある真理を確かめずにはいられない性分なので。

 大丈夫。死なないように裂くのは得意ですから」


 男が手をかざすとその爪が伸び、琥珀色のするどい結晶へと変化していく。

 それをカシャっと鳴らすと指先から無数の針が浮かび上がる。


「はいはい、そういうトコだよ。

 琥珀卿はそんなだから嫌われちゃうって分からない?

 市民の中で琥珀卿が一番人気ないんだよ?自覚ないの?

 枢輝煌はアッザリアの顔、スターなんだからさあ、

 少しはアルジェンタを見習って社交性の一つも身に着けようよ」


 アルジェンタはその場でくるりと廻ってポーズをとって見せる。

 彼女のベルトに括られた沢山の銀貨がシャリンと音を鳴らした。


「本当にあなたという人は己の価値をまったく理解していない。

 その身に宿るのは世に2つとない神秘の結晶だと言うのに……。

 何故、それほどまでに俗にまみれた思考に汚れてしまうのか……。

 そうだ、いい機会かもしれない……」


 琥珀卿が爪をカシャカシャと鳴らし始める。


「ずっと思っていましたよ。

 世俗と金に狂うその器をはぎ取り、

 その奥に眠る輝く神秘をもっと正しい器に入れ替えるべきだと。

 大丈夫、貴方なら少しくらい剥いても死ぬことはないでしょうし。

 私は元外科医ですから。安心してください」

 

「キッショい!!」

 

 アルジェンタは露骨に顔を顰め、後ずさって身構えた。

 

「変態サイコパスじじい!

 あのね、それ完全に言ってること性犯罪者のそれだから!

 ちょっとそれっぽく言ってるつもりかもしれないけど!

 だいたい、私にそんなことして無事で済むと思ってるわけ?」


「ご心配には及びません。

 何度となく私の聖域に無断で立ち入った罪。

 それと私に対しての数々の侮辱……普通なら死罪です。

 同じ枢輝煌としてのむしろ温情ですよ。

 アッザリアの法において、私は潔白であると証明されるでしょう」


 琥珀卿の配下が操作パネルに手を翳すと、

 背後のドアが重い音を立ててロックされる。

 同時にもう一人の配下が、目で追えない速度で彼女の背後を奪った。


「はあ……、もうホント最悪……。

 私はただ、リリアちゃんの顔見に来ただけだってのに……。

 引き籠りの変態じじいが欲望丸出しの発言してたら無視できないじゃん?

 可愛いリリアちゃんを切り裂くとか、ホントありえないん……」


 背後の男の腕が見る間に棘のついた触手のように変容し襲いかかる。

 アルジェンタは宙を舞いながらぐるんっと首を後ろに捻った。

 男の視界に飛び込んだのは、つい先ほどまでの天真爛漫さなど微塵もない、

 獰猛な殺意を帯びてこちらを覗き込む彼女の丸い瞳だった。

 

 男がその深淵のような瞳に飲まれそうになった刹那。

 凄まじい脚力で蹴り上げられたアルジェンタのブーツの底が、

 男の顔面を直撃した。

 グシャっという水風船が割れるような鈍音。


 男の頭部は胴からあっさりと引き千切られ、ドアに激突して床へと転がる。

 もう一人の配下が慌てて操作パネルから振り向こうとした時には、

 既にアルジェンタの華奢な手が、その頭部を鷲掴みにしていた。

 彼女は躊躇なく、そのまま男の顔面を操作パネルに叩きつける。

 ミシミシと頭蓋骨の砕ける音をたてながら、

 男の後頭部が金属のパネルに深々とめり込んでいく。

  

「あの子はね、大切に大切にしなきゃ駄目なの?分かる?」


 痙攣する男の頭をさらに体重をかけて押し込みながら、

 彼女は平坦な声で続けた。

 

「君達みたいな、そこの変態が作ったまがい物とは違うんだよ?

 本物の奇跡、時空を超えた愛憎の結晶……。神代を紡ぐただ一人の証なの!

 それと……さっきも言ったけど……」


 アルジェンタは男をパネルから引き抜くと、ゴミでも捨てるように放りなげた。

 そして、血みどろになった掌をひらりと返し、琥珀卿へと向ける。

 

「私にこんなマネをして本当に無事で済むと本気で思ってる?」


 アルジェンタは手首をクイっと上に向けた。

 ローブの内側から無数の銀貨が舞い上がり、

 螺旋を描くように彼女を囲う。


「彼等には下位の調律者クラスの能力を与えていたですがね……。

 貴方のその化け物染みた力はおかしくありませんか?

 一体どんな”聖遺殻(エグズヴィア)”が埋め込まれているのか、

 益々興味が湧きますね」


 琥珀卿は配下の死を一瞥すらせず、乾いた笑みを浮かべ両手を掲げた。

 前腕から手の甲まで、琥珀色の針が毛穴から染み出すように埋め尽くしていく。


「貴方の『30枚の銀貨アルゲンティ・トリギンタ』で、

 この20万本の針をどう凌ぐつもりか……非常に楽しみですよ」

 

 アルジェンタは琥珀卿の言動とグロテスクさに全力で身震いして見せた。

 

「ホント、引く……。生理的に無理。

 ”12番目”が持つ”30枚の銀貨”がどういう物かも知らないんだ?

 もういいよ……死んでくれる?」


 彩晶卿アルジェンタの気分を表すように銀貨が激しく鋭い螺旋を描き、

 琥珀卿ローレンスの無数の針がその標的を定める。

 捕らわれの身のリリアは自分が殺し合いの火種になっていることなど、

 まるで知る由もなく、ただ淡々と数字を刻み続けていた。


 


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