動乱の幕開き 6
信じられないものが出てきた。
なんだこれ。
三品目の魚料理だ。
や、でもこれ魚なの?
「コッドのミルトを揚げたものでございます」
魚精か!
すごいものを出してきたな。
しかも、ただ揚げただけじゃないよね。これ。
薄い衣みたいなのがついてる。
だから、なんかカタマリにしか見えなかったんだ。
メイドたちが皿の上の料理にソースをかけてゆく。じゅわ、という小気味の良い音が鳴る。
ソイソース?
でも、色が薄いような気がするな。
「熱いので、気を付けてお召し上がりください」
注意喚起ももどかしく、ナイフで半分に割ってさっそく口に運ぶ。
とろりととろける。
あっつい!
そしてうっまい!
なにこれ!
私の視線に気付いたのか、メイド長がぺこりと頭をさげた。
「小麦粉を用いた薄付きの衣をまとわせて揚げたものです。東方の手法にございます」
またか! また東方か!
すげーな!
食のワンダーランドかよ!
見れば、アルテミシア陛下がすっごいせつなそうな顔をしてる。
あー。
足りないんだね。
判るよ。二口くらいで食べられる量だもの。
正直、私だってぜんぜん足りないよ。
でも貴族はおかわりできない。
残すのは良いんだけど、もうちょっと欲しいんだけどっていうのは許されないんだ。
耐えましょう。陛下。
私だって耐えているんですから。
大ルーンの国王たるあなたが辛抱しないでどうしますか。
ちらりと陛下の視線が動く。
獲物を狙う猛禽みたいな眼光だ。
それは、ちびりちびりと酒を楽しんでいるロバートの皿に注がれていた。
こいつ呑んべえだから、食べるよりも呑む方が優先だ。
まあ今日は陛下を前にして緊張してるってのもあるだろう。
と思って見ていたのだが。
「ねえロバート……」
「メイドたちの視線が逸れた一瞬がチャンスですぜ」
「タイミングを合わせるわよ」
さっと、空の皿と料理の乗った皿を交換する陛下とくそオヤジ。
いやいや。
バレバレだからな。
メイドたちは見ないようにしてくれてただけだって。
悪戯小僧みたいな顔で笑い合うなよ。
なんでそんなに打ち解けてんだ?
次に運ばれてきたのは口直し。
「グースベリーと赤ワインのソルベでございます」
うん。
口直しというだけあって、口の中がすっきりする。
やや強めの酸味で、新たな気持ちで戦いに臨めるね。
つーか陛下。
またロバートからもらってるのか。
なーんか既視感あるなあ。これ。
アクセル伯爵も、こうやって食べ過ぎて倒れたんじゃなかったっけ?
さて、ついにメインとなる肉料理だ。
私は陛下のことを頭から追い出す。
何がくる?
肉こそメイリーの真骨頂。
「ポークストゥンドでございます」
おうふ。
これはすごい。
あめ色に煮込まれたブタ肉と、半熟のゆで卵。
見た目はものすごくシンプルだけど、見ただけで判るんだ。
これは絶対に美味しいと。
口に含むと、ほぐれる。ほぐれてゆく。
とろとろと。ほろほろと。
たぶんこれも東方の料理だね。味付けはソイソースがベースっぽいし。
「うう……うう……」
あ、ベローア侯爵が泣き始めた。
「神よ……この至宝をルーンに遣わされたこと、感謝いたします……」
陛下が壊れた。
まあ、判っていたことではあるけどね。
よく頑張った方だと思うよ?
お二方とも。
しめはデザート。
有終の美を飾る一品は、ラズベリーをふんだんにつかったロールケーキ。
ふわっふわの生地とやや軽めのクリームが、疲れた胃をいたってくれるようだ。
まさに至福のひととき。
いやあ、堪能した。
久しぶりに、本気のメイリーご飯をたべたなぁ。
けど、今回は肉も魚も東方アレンジ。
なんか意図があったのかな?
「ぷー 急だったから大変だったよー」
厨房からメイリーが戻ってくる。
「ごちそうさま。美味しかったよ。メイリー」
「ん。ありがと。ウズベル」
笑みを交わし合う。
ジェニファやパリスも口々に礼を述べた。
幾度もメイリーの料理を食べている私たちは正気を保つことができるのだ。
できないのは、初体験の陛下と、二回目のベローア侯爵である。
一方は泣いてるし、他方は壊れている。
「メイリーを……ルーンの至宝を独占しようとたくらむこの男を殺せば、彼女は我がものに……」
ならねーよ。
この国では同性の結婚は認められてませんから。
あと、メイリーを争って四翼の一角と女王が相打つとか、吟遊詩人ですら題材にしにくい行動をせんといてください。
「おお。良いですね陛下。協力して若を殺っちまいやすかい?」
「父ちゃんまでなにいってんの。私の恋人に手を出したら許さないよ」
腰に手を当て、ふんと鼻息を荒げるメイリー。
父親には照れもなくそういうこと言えるんだなぁ。
陛下がくすくす笑う。
どうやら漫才を見ているうちに正気に戻られたようだ。
よかったよかった。
「ベローア」
そして不意に呼びかけた。
涙顔をあげる侯爵。
「あなたが大臣の地位を投げ打ってまで美食街道の整備に乗り出したこと、いまやっと理由が判った気がするわ」
「は」
「食事って、こんなに心躍るものだったのね」
満面の笑み。
それは判る。
次になにがくるのか、どんな驚きが待っているのか。
わくわくする。
「あらためて命じ……いえ、お願いするわね。ベローア。この喜びをルーンの民たちにも分けてあげて」
「身命を賭しまして」
女王と老臣。
絵にはなるけどさ。私の部下の屋敷の食堂でやらんでほしいよ。
シチュエーションが意味不明すぎる。
やがて、王宮から近衛騎士たちが迎えにきた。
さすがにお泊まりってわけにはいかないからね。これは当然だ。
豪奢な馬車がロウヌ邸に横付けされる。
「あ、陛下。ポークストゥンド持って帰りませんか? けっこう余っちゃってるんですよね」
うぉいメイリー。
きみは近所のおばちゃんですかーっ!?
畏れおおくも、一国の元首に残り物を持って帰れとか!
下町気質もいい加減にしないと首とんじゃうって!
不敬罪とか適用されたらどうすんの!?
「ぜひ! 大盛りでちょうだい! 大盛りで!!」
あ、そんなことなかったわー
普通に受け取ってくれるらしい。
大丈夫か? 大ルーン王国。
「しかし、昨夜は笑いをこらえるのが大変だったな」
書類仕事から顔を上げ、ジェニファが思い出し笑いをする。
「だな。陛下にあのような子供っぽい一面があるとは思わなかった」
とは、パリスのセリフである。
救世の女王なんて異称を奉られちゃってるから、大人物だと思いがちだけどね。
なんといっても、陛下はまだ十七。
先日、誕生日を迎えて十八歳となったメイリーと、ひとつしか違わないのだ。
男であれば元服を済ませ、いちおうは一人前といわれる年齢ではあるが、じっさいのところは青二才とすら呼ばれないだろう。
陛下は、剛毅にして苛烈、謀略の糸と裁定の剣を操る女王という仮面をかぶっているにすぎない。
と、思う。
ごく普通の、多感な少女としての一面だってあるのだ。
「メイリーと友達になってくれたらいいな、と思うよ。おそれおおいことだけどね」
「友達というより、貴殿の恋敵ではないか?」
ジェニファが混ぜ返した。
これだ。
ちょっと格好いいこと言おうとすると、すぐ茶化すんだから。
「ご自分がメイリー嬢と結婚するためだけに、新しい法律を作ってしまうかもしれんなぁ」
ちょっと。
やめてよパリス。
陛下にはそれをできるだけの権力があるんだからさ。
ちょとしゃれならんでしょう。
「ウーズベールっ!!」
軍務省にとどろき渡る声。
同時に開かれる扉。
リリエンクローン侯爵だ。
「昨日、陛下を招いて晩餐会を催したそうではないか! なぜ儂を呼ばぬっ!!」
まためんどくさい人がやってきた。
つーか、軍務省って関係者以外立ち入り禁止にできないのかな。
あ、もうなってた。
とっくの昔に。
こいつらがまったく気にしないだけだった。
「呼ばないでしょう。普通に考えて。ラズリットどの」
「呼んでよ!」
地団駄ダンスを踊る大貴族様だった。
うざー。




