動乱の幕開き 5
ロウヌ家はでかい。
なにしろ金持ちだから。
つーか成金だから。
急な客が五人や十人きたくらいでどーにかなったりしない。
ただ、今夜はさすがにどーにかなった。
だって数でなくて、質の方がとんでもないからね。
「若。ちょっとこっちにきなせえ」
アルテミシア陛下が現れた瞬間、顔を引きつらせたロバートが私を拉致した。
私悪くないよー。
私の客じゃないよー。
そのまま自室へ。
「なんでこんなところに陛下がいるんですかい!」
「私に訊くな! メイリーにくっついてきたんだ!」
声が外に漏れないよう、小声で怒鳴り合う。
器用だな。
私もロバートも。
とにかく前後の事情を説明する。
「なんてこった……ついにメイリーの能力が国に知られてしまったか……」
能力てあんた。
どんだけ特殊な技能なんだよ。
「メイリーが秘書をやると言いだしてしまってな。私としては止めたかったのだが」
「止まらんでしょう。あいつはあれで頑固ですからな。いちどこうと決めたらテコでも動きませんて」
「だよなぁ……」
私もロバートも、メイリーが赤ん坊だったときから知っているのだ。
優しくて穏やかだけど、けっこー融通が利かないのもよく知ってる。
「で、たぶん陛下は飯を食いにきたんだと思う」
「やっぱりか……」
私の言葉に、ロバートがげっそりした。
メイリーご飯に惚れ込んじゃって、そのままついてきてしまう。
じつは今までもけっこーあったんだよね。
わりと近い例だとジェニファがそれにあたるだろう。
どう考えても、あいつって私じゃなくてメイリーに降伏したっぽいし。
「今日、陛下に会うっていってやしたからね。滅多に着ないドレスなんぞ着こんで」
「ああ。で、例の焼いた鶏肉を挟んだパンを持っていったんだ」
「白黒ソースの?」
「白黒ソースの」
「ああ……それはだめだわ……」
「だろう?」
頷きあう。
せめてピンチョくらいにすれば良かったのだ。
あのソースはダメだ。メイリーの料理に慣れてない人が食べたら、一発でおちちゃう。
魔性ですよ。魔性。
と、控えめに扉がノックされる。
立っていたのは、メイリーの弟だ。
「父ちゃ……父上、女王陛下が、挨拶したいと……」
緊張で、かみっかみになりながら用件を伝えてくれた。
父上なんて言っちゃってるし。
ちなみに普段は父ちゃんだよ。私のことは兄ちゃん。
家族ぐるみの付き合いだからね。フランクなんだ。
「わかった。すぐに行く」
大きく息を吐き、ロバートが歩き出す。
覚悟を決めた戦人の顔で。
気持ちは判るけどよ。義父どの。戦いに赴くわけじゃねーからな。
大食堂のテーブルについていたのは、七人。
上座には、もちろんアルテミシア女王陛下だ。
これは仕方がない。
まさか陛下を下座につかせるわけにはいかないからね。
ロウヌ家の人々と、同居人のジェニファ。心配してついてきてくれたパリスも席に着いている。
ベローア侯爵もね。
つーか、なんであんたまでいるんすかね。
あきらかに面白がってるだけですよね。
私とロバートとメイリーが座れば、ぜんぶで十名だが大テーブルにはまだまだ余裕がある。
なにしろ二十人は座れるからね。
さすが成金である。
「初めて御意を得ます。女王陛下」
丁寧に頭を下げるロバート。
家長である彼が、代表して言葉を交わすのだ。
奥方や弟たちの紹介は、彼の口を通しておこなわれる。
まあ、王宮でのマナーほど格式張ったことをしなくても良いだろうが、なにしろ相手は至尊の冠を戴く人物である。
失礼な振る舞いをするわけにはいかない。
挨拶を受け、陛下ががたりと立ちあがった。
え?
なんで立つねん。
そのままロバートへと歩み寄り、両手で彼の右手を取った。
わけがわからないんですけど!
ロバートの視線がちらりとこちらに投げられる。
助けろ、という意味である。
無理だ。
わけがわからん。
なんとか切り抜けてくれ。
「ありがとう。ロバート」
なんでお礼?
どうして良いか判らず、とりあえずロバートは片膝をついた。
「もったいないお言葉にございます」
右手を握られたまま。
「もったいないのはこっちよ。よくぞメイリーをこの世に産み落としてくれたわ」
感極まったように語る陛下。
頭上で疑問符がラインダンスをしているロバート。
なんだこの絵図ってシーンだ。
いつのまにか席を立ったベローア侯爵が、奥方も立たせて陛下の御前へと誘う。
やめろよ。
義母どの涙目になっちゃってるじゃん。
緊張でかっちかちになりながら、奥方も膝を折る。
「陛下。ルーンの至宝が生誕したのも、このお二方あってのことなのですな」
ベローア侯爵の言葉。
「そうよ。ふたりとも立って。立ってちょうだい。膝なんか折らなくても良いのよ」
ふたりを立たせ、ロバートの右手を握りしめていた両手を離して、今度はマイアを抱きしめる。
「ありがとう。ありがとう」
「おそれおおいことにございます……」
ねえ。
本気でなにやってんすか。あんたら。
私の両側から、パリスとジェニファが肘でつつく。
そろそろ止めろよって意味だよね。
判るよ。
判るけどさ。
私にどうしろっていうんだよ。
メイリー。たすけてー。
前菜が運ばれてくる。
まさか……コース料理でもてなすのか。
運ぶのはメイリーではなく、ロウヌ家のメイドたち。
こいつらちょっとすごいんだぜ。
ルーンに点在するいくつもの名店から、メイリーの味を盗むために送り込まれた刺客なんだ。
行儀作法もばっちりで、ワインとかのテイスティングまでできちゃうような連中なの。
で、いつもメイリーの料理を手伝ったりしてるんだよね。
だからメイリーが白の軍にくっついて遠征していても、ロウヌ家の食卓は安泰らしいよ。
「ポテトとサーモンの挟み焼きでございます」
陛下の給仕を務めるのはメイド長。
彼女が料理の説明もするらしい。
静かに置かれた皿の上には、見た目にも楽しい料理がのっている。
やや驚いた顔をするアルテミシア陛下。
そりゃそうだ。ポテトってのは荒れ地の植物で、どこででも取れるんだけどちょっとだけ毒がある。
死ぬようなもんじゃないけどね。
だからあんまり食べられることはないんだ。
それが一発目に登場したら、普通は度肝を抜かれるだろう。
メイリーが作ったって知らなかったら、ふざけんなって言って席を立っちゃうような場面だよ。
ポテトとサーモンを何層にも重ね、赤と白のコントラストが禍々しくも美しい。
たぶんチーズとかも入ってるね。これ。
食欲をそそる香りも漂っている。
意を決したように陛下が口に含んだ。
続く一同。
温かい。わずかに甘い。わずかにしょっぱい。
様々な味が、渾然一体となって口の中にとろけてゆく。
むちゃくちゃ美味い。
やば。
メイリーのやつ、最初から本気モードだ。
そうとう気を引き締めてかからないと、もっていかれるぞ。
ちらりと視線を走らせれば、ベローア侯爵などはフォークを両手で握りしめて震えている。
皿はすでに舐めたみたいにきれいだ。
あ、そうか。この人って一回メイリーの渾身の一撃を食らってるんだった。
美味しさと、つぎに何がくるのかと期待。
ご愁傷様だ。
しかし、突き出しがなかったということは、完全な格式を保ったコースではなく、あくまで家庭料理的なコースを楽しんでもらおうってハラだな。
心憎いなぁ。
メイドたちが、しずしずと次の料理を運んできた。
スープである。
やや緑がかった深皿に、純白のスープが映える。
「アップルときのこのポタージュスープでございます」
りんご?
果物じゃないか。
甘くなりすぎるんじゃないのかな?
とか思いながら一口。
だよね。私程度が思うことなんて、軽々と飛び越えちゃうのがメイリーだよね。
温かく優しい味が、ゆっくりと喉を通ってゆく。
ごくわずかに感じる甘みが、きのことの相性もばっちりだ。
むしろ、この二品でより以上に空腹感が増したよ。
はやく次の料理こないかなぁ。




