動乱の幕開き 7
うざ公爵は、手ぶらで私のオフィスを訪れたわけではなかった。
わりとどうでも良い情報を持ってきてくれたのである。
具体的には、アトルワの動向だ。
もちろんルーン王国としては、非常に重要な案件であるが、私というか白の軍にとっては、あんまり関係がない。
手を離れてしまっているからね。
現状、軍を派遣するという可能性はほとんどない。
陛下はアトルワのありようを認めたわけではもちろんないが、具体的な討伐を口に出してはいないからだ。
どちらかといえば、外交によって追いつめ、膝を折らせる。
こういう方針だろう。
同じ国内なのに外交ってのも、変な話だけどね。
「盟主アリーシア・アトルワのもとに集う勇士は、ルーンの聖騎士の後継者、獣神キリの末裔、深緑の風使いだそうじゃ」
「いやいや。建国伝説じゃないんですから」
リリエンクローン公爵の言葉に、おもわず私は苦笑を浮かべる。
笑うしかないとはこのことだね。
もともとルーン王国ってのは、旅の冒険者だったオリフィック・フウザーって人物が建てた国なんだ。
冒険者として名を馳せ、各地を旅するうちに民の窮状を知り、彼らを救うために、群雄割拠だった大陸南西部を統一して、一大王国を築き上げた。
どこまで本当かは判らないよ?
なにしろ三百年も昔のできごとだからね。
で、最初から彼の仲間だったのが、ガドミール・カイトス、キリ、セラフィンの三人。
うしろ二人は、獣人とエルフだ。
数多の冒険を繰り広げ、多くの部下を集め、国を造り上げてゆくさまは、建国記に詳しく記されてる。
で、アトルワの場合は、アリーシア・アトルワが、建国王という役どころだ。
なんつーか、判りやすい構図である。
「権威づけが必要だった、ということですかね」
「じゃろうな。結局、アトルワには掲げる理想はあっても、血統による保証はないからの」
肩をすくめる公爵。
もちろん血統が正しいからといって、それだけで王位につけるかっていうと、そういう問題ではない。
けど、少なくとも民衆なんかには一定の支持が得られる。
変な話なんだけど、大儀が立つんだよね。
「その深緑の風使いだけは、後継者とか末裔がつかぬのだな」
小首をかしげるのはジェニファだ。
ルーン人じゃない彼女は、我が国の建国伝説なんか知ったこっちゃない。
「本人らしいぞ。ジェニファや」
「三百年前の人物が?」
「エルフじゃからの」
ちなみにエルフってのは、森の妖精とも呼ばれてる亜人。人間よりもずっとずっと長命で、五百年とか千年とか生きるらしい。
「ふむ」
納得したような、していないような、微妙な顔をするジェニファ。
「なにか気にかかることがあるのかい?」
「そのエルフは建国王と行動をともにしていたのだよな。ウズベル卿」
「そういうことになるね」
「つまり建国王の為人なども熟知している。そういう人物が、後継者だの末裔だのという呼称を認め、自らも共闘する。これはどういうことかと思案していたのだ。単なる政治宣伝とも思えぬのでな」
さすがの識見。
深いところまで読むなぁ。
「深緑の風使いは、彼らに器をみたのかもしれんのう」
あごひげをさすりつつ、リリエンクローン公爵が呟いた。
アトルワに集う者たちの器、か。
建国王と同じくらいの大きさなら、一国を興すくらいのものなのかな?
興味は尽きないけど。
「でも結局は、私たちには縁がないだろうね」
アトルワが力を付け、王都コーヴまで攻め上ってくる。
なんて未来は想像しづらい。
そもそもそうならないよう、私たち四翼がいるのだ。
「実際問題として、出動命令があるのは青さんでしょうしねえ」
パリスが両手を広げてみせた。
白推しだった軍務監が失脚し、陛下が兵権を取り戻した今となっては、あんまり私たちに出番はない。
陛下は青推しだしね。
ぶっちゃけると、一番強いのも青だしなぁ。
こういう仮定ってあんまり意味がないんだけど、青と白が全軍でぶつかったら、たぶん私たちは一撃で粉砕されちゃう。
もうね。
個人的な武勇でどうこうできるって連中じゃないんだわ。
「そんなに強いのか? たしかに団体戦では圧倒していたが」
あれは遊びのようなものだし、と付け加えるジェニファ。
その遊びで一回戦敗退したのが白の軍で、二回戦敗退がリリエンクローン軍だ。
白より上って程度ならたいしたことないんじゃね? と思われても仕方ない。
しょんぼりである。
「たとえばさ、ジェニファ。白の軍で一番使えるのは誰だと思う?」
「全員と手合わせしたわけではないが……やはりロバートどのとギュンターどのが群を抜いているだろうな。戦術眼や魔法などを総合的に考えれば、ギュンターどのの方が一段上だろうか」
生真面目そうな顔で分析する女戦士。
うん。
私もだいたい同じ評価だよ。
で、問題なのはこっから。
「青の士官級の連中ってさ、ほとんどギュンターと同じくらいできるんだよね」
「……それは、豪気な話だな」
「事実だよ。ジェニファどの。だから小官は配属希望に白と書いたんだ。青じゃ出世できないだろうと思ったからね」
パリスが肩をすくめてみせる。
彼は優秀な男だが、その優秀さはありふれている。
少なくとも青の軍にとっては。
部下を動かすこともできて、自分で動くこともできて、補佐役だってこなせる。そんな俊秀たちが、ごろっごろしてやがるのだ。
寄せ集めの私たちとはえらい違いだよ!
「志望動機はともかくとして、ギュンターどのは良い選択をしたというわけだな。その若さで一軍のナンバーツーだ」
「ああ。ただ、こんな上司にあたってしまった」
「そこはご同情もうしあげる」
「同情するなら、またメイリー嬢の弁当を分けてくれ」
「だが断る」
おまえらなぁ……。
私のいる前で、私の悪口はやめろよ……。
「良い雰囲気じゃよ。ここまでゆるい軍司令官オフィスは、白だけじゃて」
美髭を揺らしながらリリエンクローン公爵が笑った。
それは褒めていらっしゃるのでしょうか。
さて、いつものように王宮までメイリーを迎えに行ったジェニファが戻り、私たちは帰り支度を始めた。
王宮と軍務省は隣接しているのだが、いくら短距離とはいえ護衛をしないという選択肢はないのだ。
備えていて何もなかったときは笑い話ですむが、備えを怠って何かあったら笑えないのである。
「とはいえ、平和なことではあるね」
腰の剣帯に愛剣を提げ、私は呟いた。
緊張が高まるかにみえたアトルワとの関係も、なんとか収束する方向にむかいそうだ。
税の軽減によって、民の生活にも少しずつゆとりが生まれ始めている。
私は武人だが、戦わないに越したことはないという程度の常識はわきまえているつもりだ。
戦で生まれるのは、たくさんの孤児や未亡人だからね。
「ウズベル卿。知っているか? どこの軍令所でも、平和だと口にした瞬間、警報が鳴り響くものだぞ」
笑いながらジェニファが言う。
やな符合だよ。
だれだ。そんなジンクスを作ったヤツは。
「勘弁してくれ」
苦笑で応える。
「いえ。本当になりそうですね。隊長の不用意な発言のせいで。隊長のせいで」
なんで二回も言うんだよ。
パリスが手をかざして窓の外を見はるかしている。
遠くにのぼっている赤い狼煙。
敵襲を表すものだ。
「え? 私のせいなの?」
「兄ちゃん……」
すこしだけ怯えた顔を見せるメイリー。
彼女は武人でもなんでもないからね。赤い狼煙なんて気持ち悪いのも無理はない。
「あれ……美食街道の方だよね……」
そうだ。
それは気になっていた。
「よし。私が偵察に出る。ギュンターとジェニファは、ロバートと協力して白の軍の出撃準備を」
「了解です」
「承知した」
隊長みずから偵察、という件に関して彼らは異を唱えなかった。
白の軍で一番強く、一番足が速いのが私だと知っているから。
「委細は任せる」
「気を付けて。ウズベル」
心配そうな恋人の額に口づけし、私はオフィスから駈けだした。




