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動乱の幕開き 8


 軍務省の前には、すでに私の愛馬が準備されていた。

 白葦毛(あしげ)の、ちょっぴり恥ずかしいやつである。

「ユキか。準備がいいな」

「方角が悪いんで、すぐに用意しました。ですが食料と水は一日分だけです。すいません」

 この短時間で十全の用意などできるわけがない。

「かまわない。きみに百万の感謝を」

 ひらりと馬にまたがる。

 と、ふと気がついたことを言っておくことにした。

「たぶん、メイリーも行きたがると思う。美食街道の方だしね」

 彼女の弟子たちも建設に携わっている一大プロジェクトだ。

 座視するなど、彼女の性格でできるわけがない。

「ユキ。きみに命じる。ミヤやスイン、タカと協力して、絶対に彼女を守れ」

 王都に押し止めろ、ではない。

 無理にそんなことしたら、勝手に動いちゃうかもしれないし。

 そっちの方がずっと危険だ。

 であれば、きっちりと護衛体勢をつくった上で、好きなようにさせる。

「命に代えましても!」

 言葉とともに、びしっと敬礼するユキ隊員。

「頼んだぞ」

 拍車(はくしゃ)をくれ、私は愛馬を駆って走り出した。




 当たり前の話だけど、人間の目ってのはそんなすごく遠くまで見えるわけじゃない。

 狼煙だって、事件現場であがっているとは限らなくて、街道に設置された烽火台(ほうかだい)を経由して伝わっている可能性がある。

 そして視界に二本目の狼煙が映ったとき、可能性は現実になった。

 軽く頷き、私は愛馬の足を速める。

 といっても、馬を潰してしまってはなんにもならない。

 途中で調達するとしても、私の愛馬ほどの駿馬(しゅんめ)は、そうそう手に入らないのだ。

 焦りは禁物。

 コーヴからミシロムまで、徒歩なら四日だが単騎駆けならば二日とかからない。

 ただし、時刻はすでに夕暮れ。

 すぐに日が落ちてしまう。

 真っ暗闇の街道を全速で飛ばす、なんてわけにはいかないのだ。

 たぶん最初の宿場で夜を明かすことになるんじゃないかな。

 そう思っていたのだが、私の予想は覆された。

 徐々に明度を落としてゆく街道に明かりが灯ったのである。

 松明(たいまつ)の。

 道の両側に、等間隔で。

 何十、何百、何千のも松明だ。

「これは……?」

 もちろん松明は自立しているわけではない。それぞれを屈強そうな男どもが掲げ持っているのだ。

「そのまま駈けてくれい。ウズベル卿」

 カカッと音を立てて、馬を併走させた初老の男が言った。

「ベローア侯爵!?」

 なかなかに達者な馬術だが、それに驚いたわけではもちろんない。

「きてくれると信じておった。だから準備をして待っていたのだ」

 夜も走れるように。

 私が、一刻も早く現場に駆けつけられるように。

「百万の感謝を!」

 姿勢を低くした私が叫ぶ。

 ぐんと加速する愛馬。

 いける。

 この明るさならば、速度を落とすことなく駈け続けることができる。

「二つめの宿場に水とメシを用意してある! 替え馬もな!」

 後方に置き去りにされたベローア侯爵が叫んでいた。

 夜を徹して走れ、ということだな。

 いいだろう。

 望むところだ。

()くぞ! 閃光号(ライトニング)!!」

 私が乗馬鞭を振り上げ、愛馬が応えていなないた。




 王都からミシロムまでは四日ほどの距離(約120キロメートル)

 これを私は三刻(約6時間)で駆け抜ける。

 しかも夜に。

 無茶というか無謀というか。

 そんな速度で走り続けたら、馬の方が参ってしまう。

 無理を押し通すために、ベローア侯爵が用意してくれたのが替え馬だ。

 侯爵家が所有する駿馬が、宿場ごとに準備されていた。

 あと人足たち。

 等間隔で街道の両側に立たせ、松明で道を照らさせる。

 昼夜を問わない突貫工事で宿場の建築をおこなっているからこそできた動員だろう。

 ほんと、無茶をする御仁だよ。

 でも人足たちの顔には暗さがなかった。

 自ら望んでやっているような、喜んでやっているような、そんな表情だったんだ。

「白騎士さま!」

吟遊詩人騎士(トルバドゥールナイト)さま!」

「たのんます!!」

「俺たちの仕事場を!!」

「守ってくだせえ!!」

 野太い声を張り上げ、足を踏みならし、声援を送ってくれる。

 なかには嬉しくない通称も混じってたけど、これで気合いが入らなかったら嘘でしょう。

 ベローア侯爵がそうであるように、彼らにとっても美食街道は夢の結晶なんだろうね。

 私だってそうだ。

 正直、アトルワの動乱なんて私にはどうでもいいが、このプロジェクトを壊させるわけにはいかない。

 人々に仕事を与え、食という喜びを提供する街道。

 ジェニファが始め、私が共感し、メイリーが手を貸してくれた一大計画だ。

 絶対に消させたりしないぞ。




 防御戦の中心となるのは元鷲獅子(グリフォン)のメンバーたち。

 まがりなりにも傭兵あがりの彼らには実戦の経験がある。

 構成員は二百名程度、そのうち戦闘員は百名ほどだった。

 そしてその数字が、ミシロム村を守る自警団とイコールである。

 たんに数だけ考えればそこそこの規模だし、実戦経験のあるメンバーで構成されているというのも強みだ。

 たとえば同数の小鬼(ゴブリン)犬頭鬼(コボルド)が相手ならば、余裕を持って撃退できるだろう。

 しかし今夜の襲撃は違った。

 人食い鬼(オーガー)豚鬼(オーク)を中心として、一つ目巨鬼(サイクロプス)まで混じっている。

 その総数はなんと五百以上と推測された。

 突如として北東方向から押し寄せてきたのである。

 まさに災厄。

 百名の自警団で勝ち目などない。

 村の代表者で自警団のリーダーでもあるフリットは、そうそうに撃退を諦めた。

 勝つのではなく、負けない戦いを。

 さすがはジェニファの教えを受けた男。

 手堅く、冒険をしない戦術で、ひたすらに守りを固める。

 もちろん守っているだけでは勝てないし、いずれは堅守にも綻びが生まれてしまう。

 村に侵入されたら終わり。

 女は犯され、子供は食われ、地獄となるだろう。

 崖の上に爪先で立つようなぎりぎりの防戦指揮を執りながら、フリットは叫ぶ。

「耐えろ! 朝までだ!! 朝まで持ちこたえれば援軍がくる!! 白騎士や姉御が駆けつけてくれる!!」

 自分でも信じていないようなことを。

 ミシロムとコーヴまでは四日。

 馬を飛ばしたって二日はかかる。単騎ならともかく軍団を移動させるのだから。

 しかし指揮官というのは、ときとして自分が信じないようなことを、部下に信じさせなくてはいけない。

 かがり火に照らされた戦場に立つ元傭兵。

 左腕は関節を砕かれもはやぴくりとも動かない。

 爪に切り裂かれた腹からは腸が顔を覗かせ、これ以上はみ出さないようにきつく布を巻いている。

 満身創痍だ。

 おそらく自分はここで死ぬ。

 かまわない。

 人を騙し、人を傷つけ、くそみたいな人生だったが最後に意味のある仕事ができた。

 食い詰めたあぶれもの(・・・・・)たちに仕事を与え、生活の場を与える。

 美食街道。

 馬鹿げた夢だ。

 食い物で人を動かそうなんて。

 けれどその夢は、なんて美味そうなんだろう。

 いつか、いつの日か、食い詰めた貧民たちが作る料理を食べるために、貴族や大商人がミシロムを訪れる。

 そのとき愛想笑いを振りまきながら、内心で言ってやるのだ。

 ざまぁみろと。

 お前らがいらねえっていった俺たちが作るメシ、こんなに美味いだろうって。

 王都には売ってねえんだよ。食いたいならここまで食いにきなって。

 そんな馬鹿げた夢。

「ふふ……最後に良い夢がみれたぜ……」

「夢でなど終わらせるものか!」

 私が戦場に躍り込んだのは、満身創痍のフリットが、いままさに人食い鬼に引き裂かれようとする、その瞬間だった。

 鞍の上に立って踏み切り、一気に跳躍する。

「疾っ!」

 両腕と頭が胴体から切り離された鬼が、どうと転がった。

 哀れな鬼に目もくれず、フリットに回復魔法を使う。

「よく耐えたな。もう大丈夫だ」

「白騎士さま……」

 潤んだ目で見つめるなよ。私にそんな趣味はないぞ。

 ぽんと元傭兵団長の肩を叩き、モンスターどもに向き直る。

「よくも私の友たちを傷つけてくれたな。楽に死ねると思うなよ」

 切っ先を突き付けながらの言葉。

「友……」

 ちらりと視線を動かせば、うう、と目頭を押さえてるフリットや自警団の男どもがいた。

 んだよ?

 友人扱いがそんなに嫌だったのかよ。

 たしかに偉そうな騎士が友達とか嫌かもしんないけどさ。

 泣くほど?

 へこむわぁ。


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