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予兆 2


 村は、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

「う、うめぇ!! なんだこれ!!」

「おかわりだ! 大盛りでくれ!!」

 白の軍の兵士ばかりでなく、村の人々も、気が狂ったかのように食い漁っている。

 メイリーが披露した、涼皮なる料理。

 それは、付き合いの長い私ですら見たことも聞いたこともないようなシロモノであった。

 こんなもの、王都コーヴにだってない。

 半透明の、薄皮のような、もちもちくにゅくにゅとしたなにか。

 それにかけられた黒い汁。

 辛く、香り高く、なんだか力が湧いてくるような味。

 そして上に散らされた細切りの叉焼。

 こんなの食べたことないぞ。

 東方(オリエント)の料理なのか。これも。

「あんまり上手にできなかったけど、みんなに気に入ってもらえてよかったよ」

 にぱー、とメイリーが笑う。

 これで不完全品だと?

 正直に言って、王侯貴族だってこんなもの食べたことないと思う。

「ん。やっぱりライ麦粉より小麦粉で作った方が美味しいだろうし、果実酢でもいいから、酸味があった方が味が引き締まるかも」

 なんてこった。

 これほどの美味でも彼女は満足しないのか。

 ちなみに、作り方としてはそう難しそうではなかった。

 ライ麦粉を水の中でこねくり回し、とろっとろにしてしまう。

 それを平べったい入れ物に入れて蒸す。

 そうすると半透明のもちもちした何かができる。

 メン、というらしい。

 適当な大きさに切って器に入れ、そこに汁をかける。

 この汁は、みじん切りにしたニンニクと辛い草をソイソースにいれて炒めるように煮たものだ。

 で、最後に細切りにした叉焼をばらばらっと散らす。

 メンを作るのだけは手間はかかりそうだが、それ以外は私でもできそうだ。

「や、メイリー。いつもながらきみには驚かされるな」

 とは、三回もおかわりしたジェニファの言葉である。

 食べ過ぎだ。

「食べにくくなかった? ジェニファ」

「うむ。匙では食べられないな。くにゅくにゅと小癪(こしゃく)に逃げるのだ。こいつらは」

 フォークで突き刺すか、器を持ってかき込むか。

 上品とは言い難い食べ方をすることになる。

 そしてそれがまた楽しい。

「半熟にした目玉焼き(フライドエッグ)をのせても美味しかったかもね」

「そんなアイデアがあるなら先に言ってくれ。やってみたかった」

 メイリーの言葉に、腹をさすりながらジェニファが笑う。

 まだ食えるか、腹と相談しているようだ。

 さすがに五杯目は無理じゃないかなぁ。

 私より大柄だけど、きみは女性なのだよ。ジェニファさんや。

 微笑ましく見守る私に、メイリーが視線を向けた。

「どうかな? ウズベル」

「すごく美味かったよ。さすが私のメイリーだ」

 にかっと笑う私に、恋人が頬を染める。

 そして大きくため息を吐いた。

(あん)ちゃん。私の言いたいことをちゃんと理解してる?」

「へ?」

「産業、探してたんでしょ? この村の」

 涼皮じゃ名物にならないかな、と問う。

 なんと。

 私のメイリーは、そのためにこの料理を作ってくれたのだ。

 手間はかかるが技術的には難しくなく、絶品の料理を。

「メイリー……きみは……」

「言ったでしょ。全力でバックアップするって。これが私の精一杯。なるべくこの村にあるもので作ったよ」

 すごい。

 そこまで考えて。

 ソイソースを除けば、すべてこの村で生産できる。

 まさか、料理を村の産業にしてしまうなんて、考えもつかなかった。

「いける、かも」

「かもではなく、これはいけるぞ。メイリー」

 私の言葉にかぶせるように、ジェニファが大きく頷いた。

「見たことも聞いたこともない極上の美味。これを食いたくて人が押し寄せる」

 歌うように語る女戦士。

 私は、その光景を容易に想像することができた。

 王都にもない料理。

 たった四日の距離にそんなものがあれば、庶民の足だって動く。

 人が動くということは、金が動くということ。

 私もまた大いに頷いた。

 くすりと笑うメイリー。

 フリットに話しかける。

「そんなわけで、この料理はあなたたちにあげます。うまく売り出してくださいね」

 一瞬だけきょとんとした傭兵の頭目が、がばっと地面に平伏した。

「師よ!」

 ああー。

 この光景、見たことあるわー。

 メイリーが料理を売ったレストランとかのシェフが、だいたいこういうことするんだよなー。

「おおげさだなぁ。私はただの料理好きの女だよ」

「あと、私のだ。やらんぞ」

 メイリーの前に出て両手を広げる私。

 なんか、村に残って欲しいとか言いそうな雰囲気だったからさ。

 ついね。

「こっ恥ずかしいことを言わない」

 恋人の膝蹴りが私の臀部に直撃した。




 ミシロム村での滞在は長期には及ばなかった。

 三泊。

 それでも予定より長い。

 メイリーが村の人々に料理の手ほどきをする時間が必要だったからだ。

 その場には王都コーヴの料理人たちもいたが、彼らは涼皮を作らないことを暗黙の了解としたらしい。

 さすがの忠誠心である。

 まあ、メイリーがミシロム村のために作ったメニューを盗んだら、もう二度と料理を教えてもらえなくなっちゃうだろうからね。

 むしろ彼らは、涼皮から着想を得て、そこに自らのポリシーを加味して、まったく新しいメニューを生み出すだろう。

 王都の外食産業は、ますます賑わうに違いない。

「なるほどな。それが卿の貧民救済プランというわけか」

 報告書を一読し、軍務監が頷く。

 帰還した私は、ミシロム村建設の報告をおこなった。

 黙っていて良い類のことではないし、王国からのお墨付きをもらわなくては意味がないからだ。

 順序としては、まずは軍務監に。

「大いに良いことだと思うぞ。ウズベル卿」

「恐縮です」

 まあ、軍務監は白推し(・・・)なので、ここはたいして問題じゃない。

 問題は大臣たちである。

「日ごとに増え続ける貧民の問題は、政府としても頭が痛いところだからな。王都にきたからといって仕事があるわけでもないのに」

 ふうと息を吐く軍務監。

 この人は無能というわけじゃないんだけど、たとえばジェニファとかと比較したら視野はぜんぜん狭い。

 田舎で食えなくなるって事態が、そもそも問題なのだということに気付かないのだから。

 世界に冠たる大都会に憧れてコーヴにやってくる人が後を絶たない。

 という状態なら、べつに問題はないのだ。

 そういう人たちは都会に疲れちゃったら、故郷に帰るしね。

 問題は、故郷に帰ることができない状態ってことなんだよ。

 地方で食い詰めて都会に流れ、そこでもやっぱり食い詰める。

 これが、いまの我が国の現実だ。

 富める者はますます富み、貧しい人々はいつまでも貧しいまま。

 これじゃ国の(もとい)が立たない。

「彼らに仕事を与えようと考えました」

「それが食糧増産に繋がるのなら、歓迎すべきことだろう」

 食べ物が増えれば、経済が回るからな、と、軍務監が笑う。

 この程度のことは判るお人なのである。

 安価なものばかりが市場に溢れては、経済が回らなくなってしまう。

 というのも、価格を抑えるためには人件費や材料費を犠牲にするしかないからだ。

 結果として、商家は奴隷などの安い(・・)労働力に頼ることになる。

 そうなれば平民たちには仕事が充分に供給されず、貧困にあえぐ。

 貧しいから、安いものしか買えない。

 絵に描いたような悪循環だ。

 だからこそ、国が発注する仕事は多少のイロを付けなくてはならない。

 街に流れる貨幣を増やすために。

 というのが、軍務監の持論らしい。

 適正価格と質の良い仕事を求める青騎士どのなどとは、よくやり合っていると聞いたことがある。

「卿のプランは、本職が責任を持って御前(ごぜん)会議に提出しよう。出席してもらうことになるかもしれんので、そのつもりでいてくれ」

「承知いたしました」

 うやうやしく、私は頭をさげた。



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