予兆 1
結論からいえば、我が軍からの物資供出は拒否された。
自分たちは自分たちで生活している。
国からのほどこしは受けない。
というわけだ。
どんだけ嫌われてんだよ我が国って話である。
ただまあ、この回答にはいくつかの意味が隠されている。
いくらルーン王国が大っ嫌いだといっても、本当に困窮しているなら慈悲にでもなんにでもすがる。
プライドでメシは食えないから。
壮年期の健康な男性なら、それなりにやせ我慢もきくだろうが、老人や子供、病人などはそんなわけにいかない。
つまり、ミシロム村は、この冬を乗り切る算段がすでについている、という意味である。
もちろん物資や食料は多いほど良いだろうが、国からの支援を受けるというのは借りを作るのと同義だ。
人道支援だよーんと看板を掲げたところで、ずっと借りっぱなしってこともできない。
ミシロム村としては、物資が増えるメリットと借りができるというデメリットを秤にのせたことになる。
それは、秤にのせるだけの余裕がある証拠だ。
「ふむ。上手く運営されているようで幸いだが、この取引は乗っておくのが吉だと思うぞ。フリットよ」
「取引ですかい? 姐御」
不調に終わりかけた会合に口を挟んだのはジェニファである。
彼女は政治的なものの見方ができる。
たぶん私よりもずっと。
「上手くいっているということは、これからも人は増えるということだ。王都コーヴには、まだまだ食い詰め者がいるからな」
言い置いて、ジェニファが説明を始めた。
貧民たちのネットワークというのは案外広い。
社会的な弱者にとって、情報は唯一の武器だからだ。
力もなく、金もない彼らは、情報を共有することで生きる糧を得る。
どこそこの建築現場で廃材がもらえるらしいとか、どこそこの屋敷から出るゴミにはまだまだ食えるものが混じっているとか。
そういうネットワークに、ミシロム村のことは簡単に引っかかる。
王都から四日の距離にあるここは、死ぬ気で旅を続ければ、なにも食べなくてもなんとか辿り着けるだろう。
さすがに水くらいは飲まないと死ぬだろうけど。
厳冬期が近づけば近づくほど、一か八かの可能性に賭けてミシロムを目指す貧民が増える可能性がある。
そして貧民たちがそんな動きをしたら、王国政府だって気付く。
今度こそ本当に討伐隊が派遣されるかもしれない。
いやまあ、私たちだって本当の討伐隊だったのだけれどね。
「そうなってから膝を折ったところで手遅れだ。勝手に村を作った罪、勝手に武装した罪、税を納めなかった罪。刎ねられる首は、一つ二つでは済まぬだろうよ」
肩をすくめてみせる。
ごくりと唾を飲み込むフリット。
いくらジェニファに政治を叩き込まれたといっても、傭兵団の団長ていどにそこまでの先読みはできないだろう。
もちろんジェニファは解法も明かすつもりだった。
「だから、村はこれからできることにする」
シナリオとしてはそう複雑ではない。
盗賊団が根城にしていたミシロムの森。討伐された盗賊どもが散り散りになって逃げた後には、いちおうは住める程度のスペースや小屋が残された。
ここに、新しい村を作る。
実験的に。
中心となるのは傭兵団の鷲獅子。
白の軍の監督のもと、移民を募り、畑を耕し、家畜を飼い、近隣の村々やコーヴと交易を試みる。
目的としては、食い詰めた貧民たちに職を与えるためだ。
「な、なんという……」
愕然とした表情をフリットが浮かべた。
じつは私も、表面を取り繕ってはいたが驚いている。
なんという深慮遠謀。
たぶんこのプランは、ジェニファが村を作ったときから温めていたものだろう。
作り上げた村が成長し、発展する過程において、必ず王国政府の目に止まることを予測し、どのような結末を迎えるのか筋道を立てる。
最後の一人まで戦うぞ! などという馬鹿げた夢想ではない。
俺たちは自由の民だ! などという現実を見ない夢物語でもない。
ルーン王国という巨大な機構に組み込まれるために、下地としての村づくり。
もとよりジェニファを侮ったことなど一度もないが、広い視野と深い識見は、私程度の及ぶところではない。
よくこんな人が部下になってくれたなぁ。
「なんというか……一介の武辺が思いつくことではありませんな」
パリスもまた不分明な表情で首を振っている。
どういう顔をしたらいいか判らない、というやつだろう。
気持ちはよく判るよ。
ふうと息を吐く。
「そういうことであれば話は難しくない。村おこし事業の一環として、白の軍は物資を供出する。これを元手にしてフリットは移民を集めるということだな」
むろん口実だ。
すでにミシロム村には四百人からの住民がいるのだから。
「そんなに上手くいくでしょうか。白騎士さま」
絵に描いただけの御馳走に、フリットが不安を滲ませた。
しかしその表情には期待の成分も含まれている。
なんと美味そうな料理なのか、と。
傭兵団や冒険者など、はっきりいって最底辺の職業だ。
金で命のやりとりをする無頼漢。
多くの人々が持つこのイメージで、だいたい間違っていない。
泥濘のなかに生き、いずれはどぶ川に屍を晒す。
じつのところ貧民たちと、そう異なる未来をもっていないのである。
そんな彼らが村を運営し、国に認められる存在となる。
「いくさ。国でも組織でもいいが、でかくなればなるほど末端までは目が届かない。書類がちゃんと整っていて、しかも白の軍が監視しているとなると、疑ってかかるような人間はいないだろうよ」
両手を広げてみせる私に、今度はジェニファが微笑した。
「貴殿の読みも、一介の武辺のそれではないな。ウズベル卿」
すでに村があるとはいえ、明るい展望があるわけではない。
ミシロム村に産業などないからだ。
ごくわずかな面積の畑と、ごくわずかな数の家畜。
千人も二千人も養えるかっていったら、正直、首をかしげざるをえない。
「しかも育ててるのがライ麦じゃなぁ」
価値としては小麦よりずっと下。
自分らで食べる分には良いだろうが、商品としては弱すぎる。
「んー」
てこてことメイリーが唸りながらやってきた。
コック軍団を率いて、村の中を見て歩いているのだが、村人の話を聞きながらしきりに頷いたり首を振ったりしてる。
何をしているのか、さっぱり判らない。
「んーにゅ」
「なんで変な声をだしてるんだ? メイリー」
「この村、すごく水利が良いね。用水路を張り巡らせて、どの家でも水が簡単に使える」
「家っていうか、小屋だけどな」
基礎部分を作り上げたジェニファの功績だろう。
彼女は、まず水の確保に意を用いた。
村全体に用水路網が張り巡らせられ、どの小屋からでもそれが利用できるようになっている。
炊事や洗濯のたびに、えっちらおっちら井戸から水を汲んでくる必要はない。
「豊富な水、ライ麦の粉、自生してたニンニク。あとなんかよくわかんないけど辛い草。もってきた叉焼とソイソース。あれ作っちゃおうかな」
ぶつぶつ言ってるし。
あと、なんか怖い単語も混じってるし。よくわかんない草ってなんだよ。
胡乱げな目を向ける私に、メイリー軍団がなんかよく判らない草を差し出す。
真っ赤な実が付いた草だ。
それこそ鷲獅子の爪みたいなカタチをしている。
「なんだこれは?」
「わかんない。実は食べれるっぽいけど、すごい辛かった」
「食べたのか……」
私の恋人はチャレンジャーです。
「ちょっと他に類を見ないね。香辛料として売り出したら、案外いけるかも」
香辛料というのはけっこう高値で取引される。
産業のないミシロム村にとっては、有力な武器になるかもしれない。
「まあー 料理に使えるかどうかは、やってみないとわかんないけどね」
肩をすくめるメイリーだったが、私には判る。
これは自信のある顔だ。
「何を作るつもりなんだ? メイリー」
「涼皮だよ」




