収穫祭のできごと 10
初めて目にするコメは、なんだか地味な風合いだった。
黄ばんだような、黒ずんだような感じの白い何か。
つぶつぶ?
「コメはそのままだと食べられなくて、炊くって調理法が一般的らしいんだけどね。なんか説明書きがあいまいでさあ、ちゃんと炊けるようになるまで苦労したよ」
にははと笑うメイリー。
笑ってるけどさあんた、私からすれば東方の言葉を解読できるって方が驚愕だよ。
食い道楽の執念、おそるべし。
美味しいものを食べるためなら、見たことも聞いたこともない国の言葉を勉強しちゃうんだぜ。
とはいえ、そのまま食べられないのは小麦やライ麦だって同じだ。
粉にしなくてもいい分、コメの方が扱いやすいのだろうか?
「はじめちょろちょろなかぱっぱ。あかごないてもふたとるな。何言ってるか判る?」
「いいや。さっぱりだ」
呪文か?
試行錯誤の末、メイリーはこの暗号の解読に成功した。
火加減や調理時間のことだったらしい。
「で、やっとできたのがこれ。あんまり美味しそうじゃないでしょ? だから今日のご飯には出さなかったんだよね。少しは炊いたけどさ」
言いつつ、器によそって匙とともに渡してくれる。
あ、私も食べてみるよ。
メイリーの努力の結晶だもの。
まずは、そのまま一匙。
ふーむ。
あんまり味はしないのだな。
もっちもっちした食感で、ごくわずかに苦みと甘みがある。
独特な感じ。
パンよりは水分があるけど、これだけだと喉につっかえちゃいそうだね。
ブタ汁の器をもって、ずずっとすする。
「え……?」
変わった。
違う。
こうするのが正解なんだ。
コメとミソスープは、一緒に食べるために存在しているんだ。
うまい。
合う。
口の中で渾然一体となり、胃の腑へと落ちてゆく。
スープを一口。コメを一匙。
サイクルが加速する。
ええい! 面倒!!
私はコメの器を手に取り、その中身をスープに突っ込んでやろうとして、はたと気がついた。
それはマナー違反なのではないか?
コメとスープを一緒にかき込んだら、すげー美味そうではあるけどさ。
「おお。さすが白騎士さま。鋼の自制心だね」
くすくすと笑うメイリー。
これは、彼女もきっとやりたくなったに違いない。
あるいはやっちゃったかな?
「まどろっこしいよね。べつべつに食べるの」
てへと舌を出し、説明してくれる。
やはり東方では、スープにコメを入れて食べるのはマナーに反するらしい。
そもそもそれは別の料理として存在しているので、そういう食べ方がしたいならそれを食え、ということなのだそうだ。
「すげえな。東方……」
「ん。食べることにかける執念ってやつは、西方よりずっと上だね」
私とメイリーが談笑する横では、バリスとジェニファがマナーなんて言葉は知らないよ、という雰囲気でスープとコメをかき込んでいる。
それで良いのか。
魔法騎士よ。元王族よ。
「食ったぁ」
「満腹だな」
げふーと息を吐く腹心たち。
下品すぎる。
あと、緊張感もなさすぎ。
私たち武人が、腹はちきれんばかりに食ってどーすんだよ。
そんな可能性はほとんどないけど、もしいま襲撃されたらどうするんだって話だ。
「素晴らしい意見だ。ウズベル卿。座っていることすら放棄して寝そべっている御仁の言葉とは思えぬな」
半眼を向けるジェニファ。
さーせん。
私も食べ過ぎました。
だって美味しかったんだもん。
おなかいっぱい。身体もぽかぽか。横になりたくなったって仕方ないじゃないか。
にんげんだものっ。
「はいはい。じゃあ片付けちゃうね」
よっこいしょとメイリーが席を立つ。
さすが料理人。
後片づけまでが仕事である。
私も気合いを入れて身を起こした。
輜重隊だけにやらせるわけにはいかないからね。
「手伝うよ」
「かえって邪魔になるから休んでいて。ジェニファとギュンターさんも」
腰を浮かしかけた二人も牽制する。
ため息を吐き、私たちは焚き火の回りに座り直した。
家事スキルがほぼゼロの私たち三人が手伝おうとしたところで、たしかに足を引っ張るだけである。
とはいえ、下級の兵士たちは手伝っているようだが。
「白の軍はこれが強みだな」
「なにがだ? ジェニファどの」
「わたしの国では、補給部隊と戦闘部隊の仲は険悪だった。巡ってきた国々でも、さして変わらなかったな」
「そういうものなのか? 小官には良く判らないな」
「ギュンターどのにとっては普通のことだろうからな。いくら明敏な貴殿でも、その立場に立たなくては判らぬこともあろう」
戦闘部隊から見た補給部隊というのは、戦いもせずメシだけ運ぶお気楽な連中、ということになるらしい。
たかが運送屋の分際で、一人前に飯を食う、と。
逆に、補給部隊から戦闘部隊を見れば、誰がメシを運んでるからお前らが戦えると思ってんだ、ということになる。
飲まず食わずで戦ってみろよ、と。
非常に心温まる人間関係だ。
比較すると、我が白の軍は輜重隊と仲が良い。
まあ、メイリー軍団を粗略に扱うような罰当たりは、そうそう滅多に存在しないと思うけどね。
聞くともなしに二人の話を聞きながら、私は空を見あげる。
満天の星々。
すいと星が流れた。
はるか北東、アトルワの方角へと。
このときの私は、その流星がどんな意味を持つのか、考えることもなかった。
ミシロムの村、などというものは存在しない。
そう呼称する団体もなければ、地図にだって載っていない。
しかし、そこにはたしかに生活があった。
木々を伐採し、地面をならし、粗末な掘っ立て小屋が並ぶ、小さな居住区だ。
私がここに足を踏み入れたのは、初めてである。
前回の侵攻の際はジェニファがさっさと降ってくれたため、本格的な戦闘には発展しなかった。
事後処理はパリスが中心となっておこなった。
「お初にお目にかかります。白騎士さま」
屈強な男が、私の前で片膝をついている。
いちおうは彼がミシロムの代表者ということなのだろう。
「初めてではないと思うぞ。フリット。鷲獅子の団長だっただろ。たしか」
一、二度だが会ったことがあるし、言葉も交わしている。
職業柄、人の顔を憶えるのは得意なのだ。
「恐懼の極みにて」
「かしこまるなよ」
笑ってフリットを立たせてやる。
「戦いにきたわけでも、取り締まりにきたわけでもないんだからな」
そのまま肩を叩く。
たぶん、鷲獅子が自警団となったのだろう。
傭兵団ってのは正規軍ほどちゃんとした軍事教育を受けているわけではないけど、そのぶん生活密着型の知恵とかはもっていたりするからね。
「君たちの村を、見せてもらいたいんだ」
私が用件を伝え、横に立ったジェニファが頷く。
美々しい白の軍の軍装に身を包んだ彼女は凛として、本当に王者の風格があった。
むしろ私としては、もうちょっと離れて立ってほしいくらいだ。
貧弱さが際立つからね! 私の!
「久しぶりだ。皆のもの。なにか困りごとなどはないだろうか」
優しげな声。
きっとこっちが地なんだろうね。
民を慈しみ、民の幸福に最上の価値を置く王様。
運命の神子なんて呼ばれるのも判る気がするよ。
「姐御……立派になられて……」
感極まって涙ぐむフリット。
それは良いんだけど、呼称がおかしいよ。
たしかにジェニファは姐御肌だけどさ。もうちょっと呼び方ってのがあるんじゃないかなぁ。
微妙な顔をする私だったが、ジェニファは頓着せずに笑っている。
器でけえな。
見習わないと。
私も吟遊詩人騎士って呼ばれたくらいで怒っちゃいけないね。
腰を低くして案内するフリットに、白の軍がぞろぞろとついてゆく。




