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予兆 3


 で、呼び出されたわけだ。

 御前会議に。

 気が重いよぅ。

 ちなみに御前会議とは、国王陛下の前で行われる方針決定会議のこと。細々(こまごま)としたことを決めるのではなく、大略(たいりゃく)に対して、陛下が承諾を与えるかどうか、という話し合いだ。

 私は王国の四翼のひとりだから、じつは会議に出席する資格を最初から持っている。

 けど、出たことなんかないよ。

 武人が政治の場に顔を出すのもあれだし、そもそも今の御前会議なんか、ただの型式だしね。

 ルーン王国第十五代国王アルテミシア陛下は、政治に興味を示されない。

 御前会議の場においても、大臣たちの話にただ頷いているだけだという。

 つまり、方針的なものは開催前に策定されていて、それを発表するのが御前会議ということ。

 私が呼び出されたのは、軍務監の根回しが充分ではなく、大臣連中が詳細な話を求めたに他ならない。

 吊し上げられるのかな。

 ああ、いやだいやだ。

「白の百騎長、白騎士ウズベルどの。入来」

 式部官が美声を披露し、私は会議室に入る。

 さっと見渡せば、大臣や有力貴族などが顔を揃えていた。

 そうそうたる顔ぶれである。

 ていうか私の席ってあるのかな?

 立ったままの報告でもかまわないけどさ。

 その方が早く逃げられそうだし。

 そんなことを考える私の視界に、手招きする人物が映った。

 ラズリット・リリエンクローン公爵。

 我が国で最も強い力を持つ貴族の一人である。

 先日の馬上槍試合(トーナメント)で、ちょっとだけ交流があった人物だ。

 並んで軍務官に苦笑されるという奇縁だけどね。

 軽く頷き、私はリリエンクローン公の隣席に移動した。

一別(いちべつ)以来だ。ウズベル卿。息災であったか?」

女王陛下(マイクイーン)の恩寵をもちまして」

 社交辞令的な会話。

 まあ、久闊(きゅうかつ)(じょ)すような場面でもない。

「じつは卿から詳しい話を聞きたいと申し出たのは私なのだよ」

 口火を切る公爵。

 あんただったのか。

 大臣たちは、たいして興味もなさそうだ。

 これは、大貴族であるリリエンクローン公の意見を粗略には扱えないから私を呼んだだけだな。

 判りやすい連中だよ。

 とはいえ、そういうことなら話は難しくない。

 走らせているストーリーをそのまま伝えれば良いだけだ。

「ウズベル卿のプランはじつに興味深かったのでな」

「恐縮です」

「さっそくだが、この涼皮(りゃんぴぁる)なる食べ物は、如何なるものだろうか」

 いきなりメニューを問いますか。公爵閣下。

 レシピ的なものは報告書に書いてあると思いますけどね。

「現地で調達できる食材を用いて作った食べ物です。これを名産として人を呼び込もうというプランですね」

「それよ。それが判らなかった。食べ物ごときで人が集まるのか?」

 公爵の問いに、大臣たちも頷く。

 彼らにとって食事というのは、いつだってそこにあるものなんだ。

 限られた予算でなるべく美味しいものを食べよう、という発想は存在しない。

 食卓には山海の珍味が並ぶのが当たり前だし、たぶん、今日は何が食べたいな、という考えもないだろう。

 美味しいものが食べられる村。

 だからどうした?

 となるのはむしろ当然だ。

 判っていて、私は報告書を提出した。

 もちろん必要以上に興味を持たせないために。また白騎士が変なこと始めたぞ。うまくいったらめっけもんだな。くらいに思わせるために。

 しかしリリエンクローン公は踏み込んでくる。

「我が軍の料理人を務める者が言いました。いかなる生物でも食べることと寝ることが基本、と。食べない寝ないで治る病などひとつもない、と」

 メイリーの言葉だ。

 至言だと私も思う。

 この二つを疎かにしては、人は長寿を保ちえない。

 ほんの一瞬、無表情を保っていた女王陛下の表情が動いた気がする。

 気のせいかな。

 確かめるすべを私は持っていないが。

「それは真理だと私も思うがな。ウズベル卿。私が問題にしているのは、王都から四日も離れた場所に、わざわざ飯を食いに行く酔狂者がいるかどうか、という部分だ」

 粘り強く説明を要求する。

 この人って、真剣なんだな。

 真剣に民のことを考え、国のことを憂いている。

 だから、上手くいくかも判らない計画に、軽々にベットできない。

 けど、失敗すると決めてかかっているわけでもない。

「事の正否については、現段階で決めることはできません」

 まだなんの結果も出てないからね。

 どれだけ仮説を並べたところで、可能性論でしかないんだ。

「しかし卿は勝算があると踏んだ。当代の名剣士である卿が睨んだ成算は奈辺(なへん)にあるか、それを聞きたい」

「私が考えたのは、王都との距離でした」

 四日。

 飲まず食わずで歩くわけではない。

 最低四回の宿泊が必要となるだろう。

 となれば、宿場が生まれる。

 金が動くということだ。

 そして何十日もの旅となれば、平民たちの資金力では不可能とはいわないまでも、至難だろう。

 往復で八日。滞在を二日として、十日くらいが現実的なラインなのではないか。

「ふむ……。人を動かすための距離か」

 音を立てずに公爵の指が机をタップする。

 検算しているのだろう。

 王都の内部で金を回すだけでは経済は滞ってしまう。

 もちろん諸外国との交易は重要だが、それ以外にも国内で活発な経済活動がおこなわれるのは、けっしてマイナスにはならない。

「理にかなっている。が、それもこれも涼皮なるものにそれだけの魅力があればの話だ」

 おお。

 たどり着いたよ。この御仁。

 魅力さえあれば人は動くんだってことに。

 人は命じて動かすものである、という貴族的な発想から、動きをコントロールするという考え方へのシフトチェンジ。

 さすがは明敏をもって知られるリリエンクローン公。

 私より二十以上も年上なのに、衰えないなぁ。鋭いなぁ。

 大臣たちはきょとーんとしている。

 大丈夫か?

 この国。

「もちろんその通りです」

「そこでようやく話は技術論に移るわけだな。涼皮なる料理、用意できるか? ウズベル卿」

「……できます」

「どうして先に沈黙をはさむのだ?」

「私の昼食だからですよ。ミシロムで供されるものとまったく同じというわけにはいきませんが、今日の昼は幕僚(ばくりょう)たちとメンパ(・・・)をやるつもりでしたから」

「メンパ?」

 メンパーティーの略。

 どうでも良いことに突っ込まなくて良い。

 あー。

 この流れは、私たちの昼食が御前会議に奪われるんだべなー。

 くそう。

 こうなったらせめて、大臣どもの昼飯を奪ってやるぜ。




 一度オフィスに戻った私は、部下たちを説得し、大臣たちに供される昼食とひきかえに、今日のメニューである涼皮を提供すること決定した。

 ちなみに説得は大変だったよ。

 あぁん? 大臣の弁当?

 んなもんメイリーさまのご飯に比べたら生ゴミじゃねーかよ。

 みたいなことをほざく隊士たちをなだめて、すかして、なんとか協力をとりつけたのだ。

 いやいやきみたち。

 貴族の昼食だからさ。

 きっとすげー御馳走が出るはずだからさ。

 がまんしてよ。

 パリスもジェニファも助けてくれなかった。

 ただ冷たい目で私を見ていただけだ。

 やめて。

 そんな虫を見るような目で見ないで。

 私だってつらいんだよ。けど、上役には逆らえないんだよ。

 きみたちだって勤め人なんだからわかるだろう?

 わかってよ。

「……仕方あるまいな。ウズベル卿の立場を悪くすることもできん」

「……まったくだな。ジェニファどの。出来の悪い隊長を持つと苦労する」

 私が悪いみたいにいうの、やめてもらえませんかねぇ。

 ともあれ、昼近くになって軍務省に運び込まれた五十人前の涼皮は、そのまま王宮へと移動することとなった。

 作りたてが一番美味しいから、メイリーが時間を合わせて作ってくれたのだ。

 気遣いの一品である。

 大臣どもに食わせるの、もったいないなぁ。



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