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キケンなオンナたち 10


 私は復讐を肯定する。

 大切な者を理不尽に奪われ、それでもなおへらへら笑っていることなど、できるわけがない。

 だが同時に、復讐のためにすべてを犠牲にして良いか、という問いには首肯しかねる。

 結局のところ、復讐とは自己満足の産物だ。

 自分ひとりで為さなければ意味がないし、他に累を及ぼしては復讐される者と同じ次元になってしまう。

 アンゼリカには、アリア教官の復讐者たる資格はない。

 どれほど敬愛していても、どれほどお世話になっていても、彼女は家族ではないからだ。

 非常に厳しい言い方をすれば、他人事なのである。

 まして、自分の妹を魔族に差し出してチカラを得るなど、言語道断というべきだろう。

「アンゼリカ・スラン。白騎士の名にかけて、貴様を断罪する」

 すらりと剣を抜き放つ。

 月光を受け、刀身が白く輝いた。

「できますか? 騎士様」

 魔女の放つ魔力が膨らむ。

 物理的な痛みを感じるほどのプレッシャーだ。

「こんな小娘が……」

 ロバートが呻く。

「契約の力だろう。さがっていてくれ。ロバート」

 べつに彼が弱いということではなく、専門外だからだ。

 さすがに魔法使いを相手に、肉弾戦では分が悪い。

「お断りしますぜ。若」

「ていうかお前さ。私の言うことに素直に従ったことってないよなぁ」

 ひどい部下というか、ひどい傳役(もりやく)もいたもんである。

 並んで立つ私とロバート。

 アンゼリカの放つプレッシャーも、ふたりならなんとか耐えられる。

 同時に地面を蹴った。

 一気に距離を詰めて肉薄する。

 だが、

「ぐ……」

「防御結界か」

 ロバートの拳も、私の長剣も、アンゼリカの手前で止めらてしまっていた。

 戦士二人による同時攻撃を止めることができる防御結界。

 どんな強度だって話である。

 素人の攻撃ではないのだ。

「ならば三人ではどうかな!」

 影のように駈けたパリスが、私たちをブラインドにして鋭い突きを放つ。

 これで三対一。

 数の上では圧倒的に私たちが有利だが、まだ魔女の顔には余裕がある。

「甘いですわ」

 魔力が爆発し、私たちは大きく弾き飛ばされた。

 せっかく詰めた距離の分を。

 そして間合いが開けば、待っているのは魔法攻撃だ。

 魔力弾(マジックミサイル)雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。

「無詠唱で!?」

「どこまでも反則くさい相手だな」

 パリスと私が剣を振るって、直撃しそうなものだけを叩き落としてゆく。

 いちおう私たちの剣は魔法の武器(マジックアイテム)と呼ばれるものなので、魔法を斬るという芸当もできるのだ。

 とはいえ、すべてを凌ぎきるというのも難しい。

 数が多すぎる。

「四十も五十も魔力弾を同時発射できる隊長に言われたくはないと思いますけどね!」

「五十なんて出せない。せいぜい四十二発だ」

「どう違うのか問いたい。問いつめたい」

 問いつめている時間はないぞ。

 そろそろきつくなってきたし。

 ここまで手数で勝負されると、こちらは呪文詠唱する時間がない。

「ぬおおおお!!」

 ふたたびロバートが突進する。

 いくつもの傷を負いながら、それでも怯むことなく。飽くことなく。

 防御結界を殴りつける。

 お前は野獣か。

「力押ししか芸がないのですか?」

 やや呆れた口調のアンゼリカ。

 生み出した青白い魔力弾でロバートを吹き飛ばす。

 地面にバウンドしながら体勢を入れ替え、足から着地した野獣騎士がにやりと笑った。

 その瞬間、魔女の頬に血が伝う。

 弾き飛ばされながらも振り抜いた脚が、彼女の左頬をかすめていたのだ。

 ついに防御結界を突き抜けて。

「……いいこと教えてやるぜ。小娘。雨だれだってな、何年って年月をかけりゃあ石に穴をあけることができんだ」

 ゆらりと立ったロバートの言葉。

 屋根から落ちる雨だれが、いつしか軒石(のきいし)に穴を穿つように。

 どんな弱い攻撃だって、ずっと続けていれば強固な防御結界を破ることができる。

「世迷い言を……」

 アンゼリカが呻くが、私はそんなことにかまってなどいなかった。

 ロバートが必死に作ってくれた隙、見逃すわけにはいかない!

 防御を捨て最高速で接近する私とパリス。

 いまだ降り注ぐ魔力弾がいくつもの傷をつくるが、知ったこっちゃない。

 指呼の間に迫る。

 この一瞬が勝負!

「舐めるな!!」

 鬼女の形相で叫ぶアンゼリカ。

 ふたたび膨らみ、爆発した魔力は先ほどよりずっと強かった。

 ガタイの良いロバートやパリスが、数十歩の距離を飛翔して校舎の壁に激突する。

 体重のない私などは、何回も地面と接吻させられたあげく、無様に地面に転がるはめになった。

 いってえなぁ!

 口に入った土を吐き出し、私はアンゼリカを睨みつける。

「たかが人間が三人ぽっちで……」

 嘲弄しようとして、ふと言葉を切る。

 気付いたのだろう。

 私たちの数が合わないことに。

 四人いたはずなのに。

「……逃げた?」

 それは予測ではなく願望だ。魔女よ。

「いいや」

 声はアンゼリカのうしろから。

 振り向く(いとま)もあればこそ、ジェニファの右腕が魔女の肩の高さで水平に移動する。

 右から左へ。

 驚愕の表情を浮かべたまま、アンゼリカの首が宙を舞った。

 そしてそのまま砂にかわり、さらさらと風に溶けてゆく。

 人であることをやめたものの終焉だ。

 彼らは、亡骸(なきがら)すらこの世に残すことができない。

 滅びゆく一瞬で、哀れな魔女は自分の敗因に気付いただろうか。

 私たちの行動そのものが、ジェニファの隠形(おんぎょう)を助ける布石(ふせき)だったということに。

 種を明かせば単純な話だ。

 隠形したジェニファがアンゼリカの背後に忍び寄った。

 それだけでは意味がないので、防御結界を破るために他の三人が攻撃した。

 破った後も、ふたたび展開されないように玉砕覚悟の特攻を仕掛けた。

 妨害なくジェニファが攻撃できる一瞬を作るため。

 ようするに、魔力において魔導知識において、アンゼリカは私たちを圧倒していたが、対人戦闘という一点においては私たちに一日の長があった。

 ただそれだけの話である。

 ぶんと剣を振って汚れをはらい、長剣を鞘に戻すジェニファ。

 決め手となった彼女だが、その顔に喜びは浮かんでいない。

「こんな道しか選べなかったのか。貴女は」

 呟き。

 本格的な一戦を交えることなく、私に降った女性の呟きが夜風に溶けてゆく。




 港近くの倉庫の一角で火事があった。

 火の手は意外に強く、何棟かの倉庫が全焼してしまったが、もともと廃倉庫で、そのあたりを根城にしていた浮浪者(ホームレス)たちもここしばらくは近寄っていなかったため、死者は出なかった。

「ついに放火犯ですよ」

「箔がついたじゃねえか。ギュンター」

「騎士として、その箔はどうなんですかね。ロバートどの」

 放火犯二号と三号が話している。

 ちなみに一号は私で四号はジェニファだ。

 あれを人目に触れさせるわけにはいかなかったのだ。

 倉庫は、アンゼリカが研究所として使用しており、その中では人体錬成の実験がおこなわれていたのである。

 後始末する必要があった。

 生まれかけていた哀れな人造人間(ホムンクルス)ごと。

 けっして後味の良い仕事ではなかったため、パリスとロバートは冗談で紛らせている、という次第だ。

 午後のロウヌ邸。

 会話の輪に入らず、物憂げにお茶を飲むジェニファに、私はちらりと視線を投げる。

 ほんの数日の間で、私は幾人かの女性と知り合った。

 アンゼリカ、アクセル伯、そしてジェニファ。

 いずれも危険な女たち。

 このうち一人だけが、私とともに歩くという選択をしてくれたわけだ。

 幸運なのか不幸なのか判らないが。

「どしたの兄ちゃん。変な顔して」

 お茶のおかわりを持ってきてくれたメイリーが小首をかしげる。

 いつものふにゃっとした笑顔だ。

 うん。

 これがいいな。私に危険な女は荷が重い。

「いや。メイリーが一等賞だと思っただけだ」

「ごめん。私には兄ちゃんの言ってる意味が、さっぱり理解できないよ」

「そうかな?」

 私が微笑する。

「そうだよ」

 メイリーが笑みを返した。



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