キケンなオンナたち 9
深夜の王立魔法学校。
本来なら静まりかえっているはずの内院に、戦場が現出していた。
読み通り、学校内で本格的な調査を始めると、ほどなくして反応があった。
直接的な攻勢というかたちで。
弱々しい月光が照らす庭で、私たちは合成獣と対峙している。
私とパリスにとっては二度目の邂逅だが、べつに嬉しくもなんともない。
細密に観察すれば、頭部は猫というより獅子に近い。
異常に長い前脚には、剣のように鋭い爪があり、やや屈めた後脚は強靱なバネがありそうだ。
胴体部はびっしりと鱗で覆われ、背からは翼が生えている。
そして顔立ちは、どことなく人間のような風貌があった。
まあ、ありていにいってグロテスクな外見である。
「……斬ったはずの右腕が、また生えていますね」
「まあ、常識の外側にいる存在だろうからな。腕や足くらいなら斬っても生えるんだろうよ」
パリスと私が肩をすくめた。
勝負を決めなくてはならない。
ここまで追いつめて取り逃がしたら、犯人が事態を打開するために無差別殺人とかに走るかもしれないから。
「魔法は効きが悪いっていってやしたね。若」
「悪いというか無効化されたな」
「けっこう。そっちの方が好みってもんですぜ」
のっしのっしと前に出る変異ドワーフ。
あ、こら。
なんで先行するんだよ。
一番強い私が最前線に出ないとダメだろうが。
「まてってロバート。お前はうしろにいろ」
「は。若に心配されるたぁ、俺も焼きが回りましたな」
無警戒にキメラへと近づいてゆく。
距離が詰まってゆく。
そして、両者が同時に駈けた。
ゆったりと流れる川が、突如として激流に変わるように。
互いの距離が一瞬でゼロになる。
繰り出される爪を易々とかいくぐり、抜き打ちのようなショートアッパーを放つロバート。
腹部に痛打を叩き込まれた怪物の躯が宙に浮く。
見事な一撃だが、くそオヤジの攻撃はまだ終わらない。
のけぞったキメラの後背に回り込み、むんずと左腕を掴む。
そしてそのまま投げた。
宙を舞うキメラ。
ごきりという鈍い音は、投げる瞬間に関節を逆に極めた腕を折った音だ。
ありえない方向に腕を曲げ、絶叫する怪物。
真っ逆さまに落ちるその頭に、さらに蹴りを叩き込む。
二度三度とバウンドしながら、キメラが転がってゆく。
ごぶりと口から鮮血が溢れた。
相変わらず、えげつないなあ。
「なんだあの技は……」
目を丸くしたジェニファが呟いた。
彼女としては初めて目にするロバートの戦い方だ。
「バリツというらしい。東方の格闘術だそうだ」
「東方の……」
「投げ技、極め技、打撃技、すべてを含んだ技術らしいけど、詳しくは私にも判らないな」
そもそも、騎士が拳を鍛えてどーすんだって話だ。
我々の本領は槍と剣。
肉弾戦は専門外だ。
「なるほどな。最後の最後まで守り抜くために学ばれたか、ロバートどの。見事なお覚悟」
ジェニファが過大評価している。
つーか武器を失ったときのことまで考えてどうすんだよ。
そんなざまにならないように、戦術ってのは組み立てるものでしょうが。
「ロバートはちょっと頭がおかしいだけさ」
「……獅子と鷹では見えているものが違うということだ。ウズベル卿」
「ん? どういうこと?」
「判らぬならばそれで良い。貴殿らしくもある」
なんで残念な人を見る目で見るの?
私がおかしいのか?
「馬鹿話をしているうちに決着がつきそうですな」
苦笑するパリス。
なんとあのくそオヤジ、単身でキメラに勝ってしまったよ。
本気で頭おかしいな。
生身の人間がどこまで強くなれるのか、それを体現したような戦いぶりだ。
ステップを刻む足は力強く、繰り出される拳は重く、身のこなしには一切の無駄がない。
歪んだ意志の元に生み出された歪んだ命では、純粋な武を突き詰めるロバートには対抗しえなかったのだろう。
幾度目になるか判らない強烈な殴打を受け、どうと倒れる怪物。
「いま、楽にしてやる」
ゆったりとした足取りでロバートが近づいてゆく。
キメラはすでに虫の息だ。
勝負あった。
あとは、これ以上の苦しみを与えることなく葬ってやるだけ。
「わざわざ手を汚してくれようというのはありがたいけれど、ペットの処分は飼い主の責任でしょうね」
闇の彼方から響く声。
年若い女性の。
滑稽なほど軽い音を立て爆発四散するキメラの肉体。
勝手に造られ、都合良く使役されてきた怪物の最後だった。
三十歩ほどの距離を置いて佇む女性。
年の頃ならメイリーと同じか少し下くらいだが、彼女の弾むような健康美とは似ても似つかない。
病的なまでに白い肌と白い顔。
唇だけが異様に赤い。
対する私たちは、前衛にロバート、左翼にパリス、右翼にジェニファ。私が中心部に位置した三角陣形だ。
この配置おかしいよな?
なんで一番戦闘力の高い私が、守られるみたいなポジションにいるんだよ。
すぐにロバートと位置を代わらないと。
魔法使いを相手に、彼ではさすがに分が悪い。
「やっと出てきましたね。アンゼリカ嬢」
歩を前に進めながら、私が微笑みかける。
ぴくりと女性の表情が動いた。
名を呼ばれたことが意外だったのだろう。
「よく私がくると判りましたね」
「貴女がキメラ製造の犯人なのは、調べはじめたらすぐに判りましたので」
「ほう?」
アンゼリカ嬢の目が細まる。
どうして判ったのか、と、視線で訊いている。
「行方不明になった八人。貴女だけが十七歳で、他がすべて十六歳だった」
たったそれだけのことというなかれ。
学校という社会において、一歳の年齢差は非常に大きい。
同学年のコミュニティと考えた場合、アンゼリカ嬢だけがそこに所属していないことになるからだ。
そして一人だけ年長の彼女が除外されれば、他の七人に共通点があったのではないかと推理を進めるのは容易い。
「共通点など、何もなかったと思いますが」
「あるのですよ。二年前、彼らは同じ学級だった」
「…………」
「そして貴女は、キメラに命じて彼らを殺させた」
行方不明などではない。
普通に殺人事件だ。
「なんとも薄弱極まる共通点ですね。そもそも動機がないでしょう」
「それも出てくるのですよ。間にひとり挟むことによってね」
「…………」
「アリア。貴女が三年前、お世話になった女性教官です。そして彼女は二年前に飛び降り自殺をはかっている。一命は取り留めたものの昏睡状態のまま未だに目を醒ましていませんね」
どうして自殺しようとしたのかは判らない。
二年も前の出来事だ。
ジェニファやパリスが集めてくれた噂も、酔漢のタワゴト並にあやふやなものだった。
しかし、なにやら非道な振る舞いをされたというのは事実だろう。
なにも理由がなければ自殺しようなどと思わないし、女性がそこまで思い詰める理由というのもだいたいは想像がつく。
「…………」
「復讐と読みました」
私の言葉に、アンゼリカ嬢は大きく息を吐く。
「そう。それもありました」
返ってきた言葉は否定ではなかった。
覚悟を決めたというより、最初から隠す気などなかったかのように。
「ですが、私の目的はそれだけではありません。お判りですか? 騎士様」
「私はこの予想が外れていて欲しいと思っています。貴女は、人間を造るつもりなのですか」
「ご名答ですよ。騎士様。今の医学では先生を元に戻すことはできません。だから私は、キメラに部品を集めさせていたのです」
「馬鹿な……」
パリスがうめいた。
少女の目的が人間を錬成することと知って。
医術に不可能なことを、魔術によって可能にしようとしている。
とんでもない禁忌である。
キメラ作成などとは比べものにならない。
しかし、大魔法使いどころか、魔法学校の学生でしかない彼女にそんなことが可能なのか。
私の無言の問いかけに、アンゼリカ嬢が微笑する。
「私にはチカラが必要でした。なので契約を結びました」
シャツのボタンを外して前をはだける。
露わになる乳房と、その間にあるもの。
血で描いたような真っ赤な模様。
魔印。
ひとはそう呼び慣わしてきた。
魔族との契約により印されるものである。
これにより、もう一つの事象も明らかになった。
たかが学生が、どうして合成獣創造などという魔導知識を持っていたのか、という。
彼女は魔族との契約によって、膨大な知識を手に入れたのだろう。
「何を差し出しました? アンゼリカ嬢」
問いかけ。
魔族が、なんの見返りもなしの奉仕活動などしないことを、私は知っている。
「私には妹がいました」
過去形を使うアンゼリカ。
強さを増した夜風が、ざわざわと啼きはじめる。




