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マリー  作者: 沢村茜
13/21

砕け散ったガラスの破片

 駅を出ると車のエンジン音と、人のざわめきが知美を迎えてくれた。


 見渡す限り空が拝める将の家とは違い、空間を埋め尽くすようにビルや建物、駐車場が敷き詰められている。以前は汚いと思っていた道に転がるゴミにも不思議な郷愁が湧く。


 知美の日常は大きく変わらない。だが、あの日以来、知美はマリーを見なくなっていた。今まで気づかなかったものに気付くのを怖れていたのだ。

 そして、マリーが夢に出てくることも一度もなかった。


 真美は駅を出ると、目を輝かせ、辺りを見渡していた。


「すごい」


 明るく弾んだ声に、思わず顔を綻ばせた。


「真美はあまり来たことないの?」


 真美はうなずく。


「一か月に一回くらい。親と一緒だからなかなかゆっくり見て回れないの。今日はいろいろ見てみていいかな」


「分かるところは案内できると思うよ」


 十二歳といえども長い間住んでいると、辺りにどのような店が立ち並んでいるかは大まかに把握している。


 真美がまず行きたがっていたのはぬいぐるみや雑貨などを売っている店だった。真美の誕生日が近く、親から好きなものを買ってきていいと言われたらしい。

 知美は入りこんだ場所にあるお店に行くことに決めた。そのお店は一面ショーウインドウで中身を見ることができるだけではなく、店の前にも花壇などが備え付けられている。お店の前にはある椅子にはその季節の花が植えられた植木鉢が置かれており、手入れされた季節の花を楽しめる名所の一つとなっていた。



 店の中も整然としており、程良く飾られた小物が外国にある一軒家に迷い込んだような気分を味あわせてくれる。知美の友達の間でもかわいいと評判の店で、買い物をする予定もないのに、何度も足を運んだことがある。

 真美にその事を教えると、彼女の目がキラキラと輝く。二人の行先はすぐに決まる。


 信号を待っていると、鮮やかな青の信号があかりがともる。

 知美たちは細い路地に入った。そこでは歩道と車道の明確な区別はなく、白い線で線引きされているだけだ。細い路地といってもその先には店が立ち並ぶ通りがあることから、二十歩程歩けば人一人とすれ違う程の人通りはある。


 知美が足を止めると、店の前には中心に行くにつれて赤味が強くなっていく花が植えられていた。


「可愛い花」


 真美は声を弾ませながら、花を覗き込む。

 二人は顔を見合わせると店の中に入ることにした。

 真美の声は店内に入るとより元気になる。

 彼女は店の奥にある熊のぬいぐるみの前まで行くと、手を伸ばしていた。知美の体を数周り小さくした程の大きさがイスに座らせてあったのだ。

 知美が追いつくと、彼女は舌をぺろりと出して「これじゃ大きすぎるね」と笑みをこぼす。

 二人はその手前にある両手で抱きかかえられるサイズの熊のぬいぐるみの前に行く。


「これはどう?」

「可愛いね」


 真美は気に入ったのか何度もうなずく。

 二人は二階建ての店内を一通り見てみることにした。真美はいくつか気に入った品があったようだが、最終的な決断をするには至らず、再び店内に入ったときに見た大型のクマのぬいぐるみの前に戻ってきた。


「やっぱりこれにしようかな。一番可愛いもの」


 真美は一番手前のぬいぐるみを手にすると、知美に声をかけた。

 二人がレジに行くと、将と同世代か年上と思われる女性が優しい笑顔を浮かべてぬいぐるみを両手で受け取った。


「宅配も受け付けていますので、良かったら言ってくださいね」


 二人は顔を見合わせ相談するが、真美は「早くほしい」と言い持って帰ることになった。

 真美の荷物を知美が預かる事になり、二人はお店を出た。

 そして来た道を戻っていく。


「良いお店を教えてくれてありがとう。大事にするね」


 知美は真美の笑顔を見ていると嬉しくなった。

 だが、ぬいぐるみを抱きかかえていた真美の表情が突如として固まる。


「これじゃ他のところ寄れないね。どうしよう」


 真美は考えていなかったのか、困った顔を浮かべる。


「さっきのお店でやっぱり送ってもらおうかな。大丈夫かな」

「今日は早めに帰って、夏休みになってから、また今度来ようよ」


 知美の提案に真美は二つ返事で頷いた。


「でも、わたしの買い物だけしちゃってごめんね。本当はもっといろいろ行きたかったのに」

「気にしないで。わたしも楽しかったもの」


 その時、真美が何か声をあげる。

 隣を歩いていた彼女が二件前の店の前まで戻り、店内を指差す。


「これ、可愛い」


 無邪気な真美の声と同時に、「危ない」と叫ぶ低い男性の声が知美の耳に届いた。

 同時に知美の視界を茶色の線が横切る。それが髪だと理解した時、岡江や優子の言っていた言葉が脳裏によみがえった。


 視界から真美が消え、その代わりに黒い車体が知美の視界の大半を占めていた。

 光沢のある車体を彩るように、光を帯びる無数の粒子が空中に散らばる。

 車がショーウィンドウに突っ込んだのだ。

 知美の足もとに真美が握っていた熊のぬいぐるみの破片が落ちていた。


 人がスローモーションのように寄ってくる。知美の肩を誰かがつかむのが分かった。だが、そのつかんだ人を確認することも忘れ、先ほどまで真美の立っていた場所をただ眺めていた。



 知美の目の前を幾人もの人がかけていく。聞きなれた知美の名前を呼ぶ声がし、顔をあげると将が立っていたのだ。彼の傍には見た事のない男女の姿があった。男性は白髪混じりの大柄の男性だ。女性は程良い肉付きがあり、口元にはほくろがある。

 知美は青ざめた二人の顔を見て、真美の両親なのだと気付いた。


「話は聞いたよ」


 将は知美の頭を撫でる。

 知美の目から大粒の涙があふれ出し、すがるものを求め将の洋服の裾をつかむ。

 はっきりとした言葉を紡げない知美の耳を冷たい言葉が貫いた。


「あなた、あの女の娘ですってね」


 そう言ったのは真美の母親の吉井和子だ。

 憎しみのこもった目に、知美は身じろぎする。


「あなたのせいで真美がこんな目にあったのよ。だから、あの女の娘と仲良くするなっていったのに」


 和子が手を振り上げた時、将が知美の前に立つ。同時に吉井が自分の妻の手を抑えていた。彼女は夫を睨み、体を動かす。


「何をするの?」

「これは事故なんだ。この子には関係ない」

「ないわけないじゃない。あの時、どれだけの人が死んだと思っているの? こんな子供、あの女と一緒に死ねばよかったのよ」


 その時、手術着を来た男性が四人の前で足を止めた。

 吉井は妻の肩を抱き、二人に声をかけると奥に消えた。


「すこしよろしいですか?」


 丁寧な言葉に顔を上げると、三十台半ばと思われるスーツを着た男性二人が立っていた。彼らは真美の事故の件について事情を聞きたいと言い、知美は時折泣きそうになるのを堪えながら、その時見た現状を出来るだけ詳細に答えた。

 全てを話し終えると、彼らはお礼を言い、去っていく。


「ここにいないほうがいい。今日は帰ろう」


 将は知美と目線を合わせて、肩を叩いた。その時、将の視線が知美の傍らに置いてあるバッグを捉える。


「それは真美ちゃんの?」


 知美が頷くと、彼はそれを両親に渡してくると言い、知美に出口までの大まかな道筋を教えると、出口まで行くように伝えた。知美はうなずいて立ち上がると、彼に言われたとおりにに歩き、前面ガラス張りを施された出口に到着する。今日は休日のためか、警備の人が病院の出入り口にいるだけで閑散としている。


 将を待つと、三分ほどで彼がやってきた。


 彼は知美の肩を叩き、外に出ようと促す。そして、外に出ると、眩い光が辺りに降り注ぐ。まだ昼だったことを今更ながらに思い出す。


「真美、大丈夫だよね」


「意識が戻ったら教えてくれると言っていたよ」


 将の言葉に知美は力なく頷いた。

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