終焉と始まり
部屋に漂う硝煙の匂いがやけに鮮明に鼻につく。遠くではサンドラにやられた手下達の悲鳴も聞こえてくる。
「どうしたぁ?構えろよ英雄」
余裕ありげな表情でジャックスが話す。
人間の様な機微のあるそれではなく、異質な何かとして。昔に感じた時の様に、嫌な汗が顔を伝う。
「英雄ヒーロー?冗談じゃない。俺は戦士だ」
口元を緩め構えるジャックス。
『11武装開錠』
「来たれっ!2の武装開錠!鋳造されし守護の銀剣!!」
紡いだ言葉と共に現れた、その銀剣を右手に構える。刀身は平均的なロングソード程。派手な装飾も浮き彫りも無い、ただ美しいミスリルの銀刃と長めの樋フラー部を併せ持った異彩の細剣。
「随分と変わった獲物を出す」
「それはお互い様って…なっ!」
言い終わるよりも先に、ジャックスに斬りかかるが、ジャックスはそれを難なく躱し、体を捻り力任せに返し刃で横薙ぎで斬りつけて来る。
キンッ!
ミスリルと魔力がぶつかり合い、まるで悲鳴を上げる様な甲高い音が辺りに木霊する。同時にお互いに一歩後退し、距離を伺う。
「ほう…不自然な程に柄へと延びる樋はそう使うのか」
「こいつは剣であり盾でもある。こいつを使う時の俺はしぶといぜ?ましてや今、俺の後ろには守らなくちゃいけない奴がいる。易々と通せるかよ」
「ふんっ!」
ジャックスは短い呼吸と共に曲刀を上段から遠慮無しに振りかざしてくる。更に体を半歩引いて切っ先を躱し、瞬時に逆手に持ち替えてジャックスに向けて突きを繰り出す。肉を切り裂く感触はあったが、浅い。左腕を少し掠った程度だった。
「ははっ、いいな!これならどうだ?」
腰を落とし、右手に持つ曲刀を背負い構え直す。曲刀がジャックス自身の体に遮られてその様子を見る事は出来ない。
『三日月影の魔曲刀!!』
言葉と同時に振り下ろされた曲刀からは、十分に可視化出来る程の魔力を帯びた刃の様なものが幾重にも重なり襲い掛かる。
「ちっ!飛んでくるのかよ!」
舌打ちしながらも正確に向かって来た魔力刃を守護の銀剣で斬り付け相殺し、樋で受けて霧散させる。魔力とミスリルのぶつかる独特の耳障りな音も今は気にしてはいられない。
「ほらほら。こっちはまだまだ余裕があるんだ…ぜっ!三日月影の魔曲刀!!』
叫び声と共に、霧散させた魔力刃を再度放ってくる。正確に俺を狙いつつ、眼前には不規則な軌道とタイミングで切迫する魔力刃と、同時に斬り込んで来るジャックス。咄嗟に体を前に出し曲刀の刃を銀剣で受ける。対処出来る魔力刃は相殺したが、幾つかはわざと無視して上下肢ともに斬られ、その個所から熱を帯び始めているのがわかった。
「はっはー!よく凌ぐ!思い切りも良い!さすが英雄様だ」
「職業違いだが、そりゃどうもっ!」
守護の銀剣に体重を乗せて、ジャックスを押しのける。取れた間合いを活かし突きを繰り出す。上手く弾き返し、躱してはいるが徐々に捌ききれなかった部分から血が滲み始めていた。
「ちっ…嫌な攻撃の仕方だ。派手さもねぇ。致命的でもねぇ。かと言ってこっちも無傷でもねぇ…」
「地味で結構。最初に言っただろ?こいつを持った時はしぶといって」
と言ってみるものの、こちも無傷ではない。傷は深くはないが浅くもない。あまり長引くと分が悪くなるのは俺のほうだろう。蒼き鎧を顕現した直後と言う事もあり、生命力を消費する様な戦い方は今は出来ない。それをするのは少なくともサンドラを安全を確実にした時だ。
「サンドラ、大丈夫か?」
視線はジャックスを見据えたままサンドラに問いかける。
「は、はい!私は大丈夫です!でも、でも先輩の方が…」
「今は俺の怪我よりも自分の事を1番に考えろ。こいつを抑えておくから、火の手の周り始めているここから出るんだ」
思った以上に火の回りが強くなっている。熱風と共に焦げた臭いが通り抜ける。
「で、でもっ!」
「いいから…早く行くんだ!」
「っ…」
後ろから足音が遠ざかっていくのがわかる。なんだ、素直な子じゃないか。短く息をつく。
「おー、お優しい事で。とても安堵しているのがわかるぜぇ?守りながら戦うってのは大変だものなぁ?邪魔な奴がいなくなれば、いつだって事はスマートに進む」
魔力を帯びた巨大な曲刀を構え、舌なめずりをしながらそう話す。
「邪魔?それは違うなジャックス。あれは俺の我が侭だ」
「…?何を言ってるんだ」
「我が儘なんだよ、ジャックス。俺の我が儘だ。出来ればこれから先を見せたくない。見られたくないんだ。ましてや本気を出して戦う俺の姿なんて、親しくしてくれた連中には」
「はっ!ははは!!まるで英雄譚の主人公の様な台詞だ!まるであのいけ好かない勇者達の様だ!!」
さも可笑しいと言わんばかり乾いた笑いを繰り返す。そしてすっと目を見据えて短く呟いた。
「死ね」
両手で曲刀を構え、大きく振りかぶりながら距離を一瞬で縮める。
完全な間合いの中、曲刀が振り下ろされる直前、守護の銀剣を逆手に持ち、拳を力の限り叫び突き出す。
「ディフェンダァァァァァ!!」
キィィィィィン!…バァァァン!!
魔力とミスリルが最大にぶつかり合い、ミスリルの高度とジャックスの魔力を帯びた曲刀の限界点が超え、行き場を失った力が小爆発を起こして光が視界を遮る。
「ぐっ!?」
衝撃でバランスを崩し仰け反るジャックスが再び構えるよりも先に守護の銀剣シルバリオディフェンダを構え直し、吠える。
『斬煌の神突!!』
咄嗟に曲刀を側面にして防ぐジャックス。
しかし、放たれた渾身の斬煌の神突を防ぎきる事は叶わず、曲刀は砕け散り、守護の銀剣はジャックスの体を貫いていた。
「ぐ…ぐばぁっ!」
ジャックスの口からのとしゃ吐しゃ物が右腕を真っ赤に染め上げる。
貫いた守護の銀剣を体から抜き取る。
「はっ…ははは…思った…以上にやるじゃねぇか…ええ?英雄さんよ…」
「もう喋るな、お前の負けだジャックス。致命的だが致命傷じゃない。急げば今ならまだ助かる。手下の中に回復魔法でも使える奴が一人くらいはいるんだろ?」
膝を落とし、息も絶え絶えのジャックスがニヤと笑う。
「はは!この期に及んでまだ情けをかけるか!甘い!甘すぎる!その甘さに反吐が出るぜぇ…!」
既に柄と僅かばかりの刀身を残した曲刀を投げつける。
「ジャックス!何を…っ!?」
「こ、この体と血に未練はねぇ。これで俺達は更なる高みへと昇る事が出来る…!!」
そう言って懐から真紅の宝石を取り出す。
「はぁ…はぁ…。お、覚えておけ、お前のその甘さが世界を殺す!来たれ!混沌!俺はまだ滅ばんっ!アニマインベェート…マギア…!ペトラッ!!」
鮮血を吐きながら、その言葉と共に真紅の宝石に残りの魔力を通す。ほどなくして宝石は漆黒に染まり、それと同時に、貫いたジャックスの傷口へと吸い込まれる様に消えた。
言い様の無い不が体を包む。
ビクンと一度体を震わした直後、耳を覆いたくなる様な咆哮を上げる。ジャックスの体が黒い炎に包まれ、全身が焼かれる様は決して助かるものでは無いと感じていた。しかし、同時にこれで終わるはずも無いと言う確信もあった。黒い炎が収束し、一つの高密度のうねりとなり、一瞬で霧散した。
そこに居たのはジャックスではなく、人の形をした別の何かだった。
警戒を緩める事なく、守護の銀剣を構える。
『初めまして戦士、俺の名はオディウム。かつてジャックスであり、ジャックスの半身だった者。では始めよう混沌を。俺達を捨てた世界に祝福を』
褐色だった肌は妖魔族特有の灰褐色に変化し、その両目は黄金の様に不気味に輝いていた。
久しぶりの投稿になりました。初めての方も、一度読んで下さった方もまた楽しめる様な話を綴りたいと思います。次話は24時過ぎに投稿予定です。




