不穏
キィン!!
と短くも激しくぶつかる金属音。
耳をつんざく音にハッと我に返る。
直様、音の方へと視線を移す。
視線の先、私の頭上では、ジャックスが振り下ろしたであろう小型の曲刀と、それを剣で受け止める先輩の姿があった。
「ふぅ…。間一髪ってこう言う事だな」
この声は先輩?
「ほらっ!サンドラ!しっかりするんだ!俺がわかるか!?」
この声を忘れる筈がない。
力任せに振り下ろされたであろう曲刀を両手で構える剣で受け止める姿。
館内の洋灯と相まって、先輩の顔は影になり見えないけれど、きっといつもの様に困った顔をしているのだろう。
「いい加減離れろっよっ!!」
先輩が自分の身体をジャックスに向けて、押し込み気味に身体を入れる。
ジャックスがその力に一瞬引いたのを見逃さず、右足で真一文字に蹴りあげた。しかし、その蹴脚は空を切り、ジャックス本人には当たらなかった。
「くくっ。躾がなってない足のようだな」
ジャックスが愉快そうに笑う。
「…ふん。回りくどい手で、女を殺しにかかる奴に躾云々と言われたくないね」
先輩の言葉が重く深く刺さる。
私は『また』殺されていたのだ。
何も出来ず、何も成さずに。
ただ、殺されていただけ…。
油断せずに来た筈だった。
迷わないように心を強くもってきた筈だった。
覚悟を決めていた筈だった。
でもそれは、そんなものは見せかけのまがい物だった。
私の自己満足そのものだった。
私は無力だ。
そして、本当に愚かな女だ…。
それらを理解してしまった時、子供が声を圧し殺して泣く様に泣いた。
ただただ、ひたすら俯き、泣いた。
「顔を上げろ。サンドラ」
先輩の声が、とても力強く聞こえる。
「自分を恥じるな」
涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、涙でぼやけた目で先輩の顔を見る。相変わらず先輩の顔は逆光で影になっていて窺い知れない。
だけど私には確かに見えた。
優しく、力強く微笑みかけてくれている先輩の笑顔を…。
「あんたがジャックスだな?」
片手に持ち替えた剣の切っ先を男に向ける。
「今日はやけに客人の多い日だ。そうだ、俺がジャックスだ」
肌にチリチリと感じる嫌な感覚。ジャックスの声、その立ち振舞い。
遠い昔に感じたものに近い気がした。
足元に座り込んでいるサンドラの姿を見て、先程の光景を思い出す。
為す術もなく、ただ振り下ろされた刃で命を奪われかけた光景を。
「喪心香…。特殊な香木の塵を魔力によって混同燃焼させる事でその効果の範囲内にいる者の心を惑わし、喪失させる術法の一つ…だったかな。」
淡々と話す俺の言葉にジャックスの表情に僅かだが変化があった。
「ほう…、小僧。どこでそれを知った?」
声を押し殺し、話すジャックス。
その言葉に込められている殺気が、ひしひしと身体に感じる。
「どこも何も、俺は『その手』の術や魔法に当時から苦労してきたんだ。 忘れるもんか」
その当時の事を思い出し、苦虫を噛み潰した様に顔をしかめる。
そして、つい最近も同じ様な手に、引っ掛かってしまった自分の不甲斐なさを嘆く。
気を取り直し、剣の切っ先をジャックスに向けて言い放った。
「あんた…。妖魔族だろ?」
俺の言葉に一瞬目を見開き、驚いた様な顔を見せたが、それも僅かな時間だった。
「小僧…。お前は何者だ?俺が妖魔族?何を根拠に」
「根拠も何も、その『喪心香』が答えだろう?その術は妖魔族の中でもある種族が最も得意とする香術の一つだ。そして、俺はその妖魔達と戦い、苦い経験をした事がある。理由なんて、それで十分だ」
そう話す俺の言葉にじっと耳を傾けるジャックス。
じっとその濁りのある、両の目を向けて来る。
最初に思った理由はそれだが、もう一つ気になる事があった。
妖魔族を認知する方法としての、最も簡単な方法で『肌の色』がある。最も多く存在すると言われている人型の妖魔族の肌の色は『薄い灰褐色』だ。それに続き『眼の色』『耳の形』『髪の色』等の差異が、俺達人間との間にある。
そして俺の知る香術を得意とした妖魔族の一つ『香魔族』の肌の色は薄い灰褐色。目の前のジャックスの肌の色はどう見ても、やや日に焼けた人間の肌の色だ。眼の色も人の色に近い、黒色。なら、いくつか考えられる結論の一つを言葉にしてみる。
「その姿も、声も、偽物か?」
俺が放った、その一言を聴き終わったと同時に、目の前の男が豹変した。
「クックック…。あ~はっはっはっはっは!!」
ジャックスが、こんなにも可笑しい事は無いと言わんばかりに頭を抱えて笑い上げる。いや、笑い上げると言うよりも、もしろ絶叫かもしれない。背を仰け反らせ、また少しすると前傾姿勢で笑いを堪える。一頻り笑い続けた後、平静を取り戻したジャックスは、先程までの雰囲気と一線を画していた。
「あ~…これは愉快だ。小僧、どこまで俺を知っているかは、わからねぇ…。けど、一つわかった事があるぜぇ」
「…へぇ。それはなんだい?」
眼光鋭く、ジャックスが俺を見続ける。
「お前はとても目障りで、危険だっ!」
口元がにやぁと、邪悪に歪む。
その喉から出る言葉に偽りはないのだろう。
「槍の男も居ない所を見ると、貴様が殺ったんだろう?アレは俺が知る限りでも人の中では相当な使い手だった。奴がこの場におらず、貴様がこの場に居てる事が全てを物語っている」
「…」
俺は肯定も否定もせずに、耳を傾ける。
「それに俺が妖魔族?クッククッ!!こいつぁ愉快だ!まぁ当たらずといえども遠からずと言う所だ。まぁ…、貴様に話す義理等ないが」
そう言って、持っていた短い曲刀に魔力を込める。
直様、曲刀に魔力を帯びた刃が形成され始めた。
魔力で出来た刃は、元の刃より一回り、二回りと大きくなる。
ブゥゥゥゥン…。
ブゥゥゥゥン…。
魔力を重ねる音を出し続け、出来上がった魔力の刃は、元の短い曲刀とは比べ物にならない程に巨大な曲刀と化していた。
「この魔曲刀で切り刻んでやる…」
そう言ってジャックスは三日月型に輝く巨大な曲刀を構えた。




