Labyrinth
「あはっ♫私ってば絶好調♪」
込み上がる高揚感を隠すように、右手で後ろ髪をすくう。
髪がふわっと舞い上がり、首筋に風を感じる。
周囲には私が蹴散らした男達の呻き声がそこかしこで聞こえ、未だ地面には炎が燻っている箇所も瞳に映る。
すっと息を吸い込み、正面を見据える。
一歩、また一歩と歩を進めて行く。
「あの扉の先に、ジャックスがいるっ!」
邸館の扉までは目と鼻の先だ。
高鳴り続ける鼓動は、はやる気持ちを抑えきれない。
「身体強化…」
そう唱えた瞬間から、身体の底から力が湧き出し、身体が軽くなる感覚が生まれる。今度は深く息を吸い込み、呼吸を整える。
「正面突破っ…!開始!」
正面の扉まであと少し。
その距離を一気に駆け出し距離を縮める。魔力杖を左手で水平に構え、走りながら呪文の詠唱を行う。遠慮なんていらない。扉にありったけの魔法を叩き込んでやる。
右手の掌を大きく空に向ける。
空に向けられた右手の掌から揺らぎと共に炎が現れる。それは収束し徐々に剣を模したかの様に形成されていく。
「我が望む力は炎の鳴動!解き放つは炎の剣!貫けぇぇぇぇ!豪炎の剣鬼!!」
対象物を確実に捉え、全力で右手を振り下ろす。
その瞬間、揺らぎ多き炎の剣が更に収束し、完全なる炎剣となった。
空気を切り裂く炎の剣が、直線的な軌道で扉へ放たれる。
迷いなく扉に炎剣が突き刺さった瞬間、辺りに轟音が鳴り響き破壊された扉や外壁の欠片が、爆風と共に身を包み込んだ。
扉があった場所は黒煙で塞がれており、未だその内側を覗い知る事は出来ない。魔法を放った時、扉の内側に警備兵の誰かいたのなら、大怪我では済まないだろう。直線的な軌道でしか放てず効果範囲も狭い為、使い所が限定されるが威力で言えば私の使える魔法の中でも最上位だ。
直接受けてしまえば命を落とす事は想像に難くない。
爆発の二次被害でどこかぶつけて大怪我で済むなら運が良い。
真っ直ぐに正面を見据え、視界がやや広がった所で扉があった方へと歩き出した。不測の事態も憂慮し、四方への気配を探りつつ歩を進める。視認出来る範囲内では、今の魔法で倒された人はいない様に見えた。
少し安堵はするけど、お爺ちゃんとお婆ちゃんを苦しめた連中だ。
手心は加える必要など、最初から無い。だけど、誰も怪我をしていなくて安心したのも事実だった。
(迷うなっ!私!迷っていられる程、選択肢はないっ!)
額に流れる汗は不安の表れなのだろうか。
一拭いし、邸館内に足を踏み入れ、本当に倒すべき者の名前を呼ぶ。
「ジャックスッ!出てきなさいっ!!どこっ!」
館内に響く私の声。
しばらく様子を窺ってもそれに答える者はいなかった。
背後から聞こえるガラガラと、なお崩れる壁の音だけが聞こえた。
「っ!?誰もいないのっ!?」
これだけ外で大事にしたのだ。本人どころか警備兵の1人も出て来ないのはおかしい。
(逃げられた?いや、最初からここにはいなかった…?そんな筈はないのに!)
ここまで来て、目的を果たせないかもしれない焦燥感に苛立ちを覚える。
キョロキョロと首を振り、辺りを窺うも誰一人として現れなかった。こんな場所で立ち止まる訳にもいかず、手当たり次第に各フロアの扉を虱潰しに探そうと動き出した時、鈍く低い声が響き渡った。
「ようこそ。お嬢さん」
中央のエントランスから続く、螺旋階段からゆっくりとした足取りでその男は現れた。
「…。あんたがジャックスね…!!」
杖を構え、階段から下りてくる男に警戒する。
黒白のモノトーンの儀礼服を小奇麗に着こなし深く帽子をかぶり煙草を口に咥えている。
表情こそ見えはしないが、パッと見だけならば紳士然たる姿だ。
「いやぁ、嬉しいねぇ。こんなに見目麗しいお嬢様が俺に会いに来て下さるとはね」
名前を否定しないと言う事は、ジャックス本人で間違いないのだろう。
軽妙な口調で話すとは裏腹に、この館内に響く鈍い声が不気味さを際立たせる。
「冗談はやめてもらっていいかしら?単刀直入に言うわ、この島から出て行って」
カツン、カツンと階段を降りる音がエントランスに響き、そして静寂が生まれた。
階段を下りきって、私と対峙する。
何も答えず、ただこちらを向いているだけ。
深くかぶっている帽子のせいで、表情も覗い知れない。
そんなジャックスの振る舞いに苛立ちを覚え、感情が高ぶる。
「聞いているのっ!この島から出て行って!もうお爺ちゃんとお婆ちゃんに関わらないでっ!!」
キッと両目で睨みつけ、声を荒げた。
「やれやれ…」
暫くの沈黙を破って、最初に出た言葉がそれだった。
そして、ジャックスはゆっくりと右手を頭部へと運び、帽子に手をかけ、初めてその顔を見る事になった。
「改めてまして、お嬢さん。俺の名は『ガルアラ・E・ジャックス』だ。ご存知の様に、この島を好きにさせてもらっている者だ」
そう名乗る男の表情は、険しい。
その両目を言葉にするならば『濁り』
今、形容するのならば、この言葉になるだろう。
浅黒い肌にはいくつかの深いシワが現れており、中年と呼ぶのに不遜はない。だけど、その眼が、その口調が、その振る舞い全てが不気味なのだ。この場にいるだけで、妙に鼻腔に違和感を覚えると言うか、形容し難い不安が全身を包み込もうとする。
ゴクリと自分の喉が鳴る音すらはっきりと聞こえる。
ジャックスから目を逸らす事はしなかった。
本能的に目を離す事が出来ないと言った方が正しいかもしれない。
(なんなの、こいつ…。心の底から湧き上がるこの不快感…)
まるで、身体が蝋人形の様に重く感じる。
「お嬢さん、先ほどの問いに答えさせてもらおう」
ジャックスの言葉に集中する。
「答えは、NOだ」
すんなりと事が進むとは思っていなかった。大好きな人達を長く苦しめた張本人があっさりと引き下がる筈もない。予想通りとは言え、欠片ほどの期待はあった。
「…そんな事は許さない。あんたが大人しく島から出て行かないなら私があんたを倒して、以前の様な平和な島に戻してやる!」
「お嬢さんは何か勘違いをしていないか?この島が荒くれ者達が我が物顔で跋扈している様に見えたか?ならば、この島に下りた時の港の活気は作られた物だと?」
「…何がいいたいの」
杖を握る力が一層に増す。
「本当に暴力や恐怖で支配しているなら、港の連中の活気も偽物だよなぁ。必死で笑顔を作って商売に勤しんでいる姿も、何もかもが偽物だ。お前さんは、あれらが恐怖や力で支配された人間の姿だと本気で思うか?」
「だからっ!何が言いたいっ!!」
ジャックスは一呼吸おいて、話を続けた。
「ふぅ…やれやれ。いいか?俺がやっている事はビジネスだ。この島の観光産業の利権を片っ端から集め、観光産業を発展させているんだ。勿論多少手荒な地上げ作業もするさ、いくら待っても自分の土地の価値を活用しない連中にはな」
「…だからって!だからってお爺ちゃん達を何年も苦しめる理由にならないわっ!」
「だからそれもお嬢さんの勘違いじゃないのか?俺は何度も交渉し、譲歩もしたぜ?それでも頑なに首を縦に振らなかったのは、あのご老体達だ。お嬢さん、あんたは聞いてないんじゃないか?あの土地を手放してくれるなら終の棲家もこちらで用意していた事を」
「なっ…」
思わず次の言葉が出て来ない。
一体何の話をしているの?
頭がクラクラする。
ビジネス?港の人達の活気や笑顔?確かに恐怖や力で支配されているなら、あんな笑顔をするだろうか?
この島に下りた時の様子を思い返す。その答えの一つを導き出してしまう。苛立ちにも似た焦燥感。
不安にも似た不快感。
(迷うなっ!迷うなっ!!こんな奴とお爺ちゃん達どちらを信じられる!答えは明確でしょ!)
当然の答えだと自分に言い聞かせる。
しかし考えれば考える程、思考は乱れ、頭がクラクラし、両足が宙に浮いているかの様に不安定に感じ、気持ちが悪い。無意識に両手で杖を持ち、力無く身体を支えている。いや、支えていると言うよりは、何かにしがみついていたかったのかもしれない。
「そんな言葉…、誰が…信じるものですか…」
何もしていない筈なのに、肩で息し、額からは汗が吹き出ている。
「何年もかけてここまで、この島を発展させてきたんだ。温泉しか売りが無い島を大人の社交場としても売出し、客を集めて来た。お嬢さん、わかるか?どれほどの事をして、今があるのかを?俺を倒す?やってもらって結構。お前さんとこのご老体は喜ぶだろうな。だけどしっかりと『考え』てくれ。お前さんの行動で、喜ぶ者の数と、悲しむ者の数と…」
考えろ…。
ジャックスはそう言った。
対峙する男の言葉は説得力があり、私が今日見た光景は嘘ではない。それじゃあ何年も苦しんだお爺ちゃん達はどうなの?あれはお爺ちゃん達が頑固だったから?
周りが賛同したのに、お爺ちゃん達だけが最後まで反対していたから話がここまで拗れたの?
だったら、私の行動は…?
先輩まで巻き込んでしまった…?
私が…私が…?
「わ、わた…し…は…?」
もう身体を支える事も出来ずに、その場で座り込んでしまう。
自分では座り込んでいる自覚もない。
ただ、視界に靄がかかったかの様に定まらなかったが、視認出来た範囲を見れば、自分は今、座り込んでいるのだと理解出来た。
「聞こえているか?オジョウサン…?オレノコエガ…?」
ジャックスの声が遠くの方から聞こえてくる。
近くにいるのに、遠くから聞こえてくる感覚。
(もう…よく…わからない…何が…ただし…か…)
カツン。
カツン。
エントランスに響く靴の音。
一歩、また一歩と近づいてくる。
この音は私に向かっているのだろう。
誰だろうか?
あぁ、ジャックスだ…。
靄のかかった様な視界に映るのは、黒い影。
その黒い影が目の前で、止まり、勢い良く何かを振り下ろした。




