朱き魔女
喧騒響く邸館の正面広場では、人相の悪そうな男達が一人の少女に翻弄されていた。
「なんだぁこれぇ?!」
「ぎゃぁ!?」
「おっ!?おぃ!もっと人を寄越せっ!この女めちゃくちゃだ!?」
怒号と悲哀とも取れる大小の声の中、サンドラ・イメス・ホォーエルは蠱惑的な嘲笑を浮かべ、絶好調だった。
「あはっ♫私ってば絶好調♪」
そう言った矢先、彼女が差し出した両手から熱く渦巻く炎が生まれる。
「炎の火球♬どっか~ん!」
無邪気な子供の様な口調から飛び出す炎の火球は、眼前の奥。
邸館に続くであろう扉を阻む男達に、遠慮なく向けられた。
「ひっ!?ひぃぃぃ!!逃げろぉぉぉ!!」
「あつっ!?あぢぢぃぃぃぃぃぃぃ!!」
阿鼻叫喚とはこの事だろうか。
落ち着いた歩調で悠々と練り歩く。
(…こっそり潜入は失敗♬てへ♡)
回想するなら半時間程前くらいだろう。
元々はこんなに堂々と押し入るつもりはなかった。
二手に分かれる前に、先輩の言葉にもあった
『少しでも自分に危険があると感じたら、その場所から必ず退避する事』
勿論私はそれを順守しようとした。
先輩と別れ、ジャックスの邸館周辺を誰にも見つからない様に、出来るだけ周りの木々に身を潜みながら潜入を試みた。だがあっさりと周辺を警備した奴に見つかった。
「おいっ!そこの怪しい恰好の奴!お前そこで何をしている!?」
「え?」
振り向くと物騒な剣を腰に帯びた男が、こちらの様子を窺っていた。男は既に腰から剣を抜く動作に移しており、私は反射的に咄嗟に呪文を使ってしまったのだ。
「わっ!?わわっ!?もっ燃えろーっ!!」
そう言って詠唱も何もない、魔法の初歩である直感的なイメージを出すように、振り向き様に男の顔めがけて右手を突き出す。
ゴオゥ…!
小さな産声をあげた、小さな炎が男の顔面に見事に当たり男はその場で悶絶した。
「ぎゃぁ!?か!顔がぁぁぁ!?あつつつつっ!?」
男が自分の顔に受けた小さな炎を取り払っている間にそそくさとその場から駈け出した。背後では熱さに身悶えている男が野太い声で叫びを上げた。
「お、女の侵入者だぁぁぁぁぁぁぁ!捕らえろぉぉぉぉぉぉ!」
「やばっ!?」
予想以上に響く男の知らせに、警備をしていたであろう男達が声の元へと集まって来るのに想像に難くない。慌てて走ってしまったが、最初から予定が狂い続けている。
なんとかしなければならないが、先程の男の発言が尾を引く。
それにしても失礼よね。
こんなに可愛い美少女の、魔法使いの正式な装いを見て『怪しい恰好』だなんて。愛用の大きな帽子を改めて深くかぶり、抗議する。しかし、今は見た目の問題ではなく、現状の問題に目を向けないといけなかった。
「う~ん…この状況どうしよっかな♬」
この出だしからピンチな状況でも口調はいつも通り。
何故なら、私は自分を信じているのだ。この状況でも、なんとかやれる事を。それに、こんな所で躓いている場合ではないんだ。
本当に危険な奴は先輩が引き受けてくれた。私では絶対に勝てない相手をだ。
あんな危ない奴を相手にする事になった先輩の身の不安もあれば、私事で巻き込んでしまった事への罪悪感もある。
それでも先輩に頼ったのにも理由がある。先輩は私と戦った時でも本気を出していない。
それは魔法使いの直感だった。
でもそれは、ヤンスターとの試合で確信に変わった。あの時、先輩はまるで人が変わったかの様に、ヤンスターを追い詰めた。何者をも凌駕する、絶対的な力に私は見えた。
それに、宿での言葉が深く心に突き刺さった。まるで何でもない様に先輩は言ったのだ。
『あの男の相手をしてくる』と。
あんな危険な奴と会って、もう一度、今度は戦ってくると言うのだ。
そんな事を平然と言えるだろうか?
自分が死ぬかも知れないのだ。
ましてや、命を賭けて戦う理由も先輩には無い。
私の知る男性は、社交界に来る様な、容姿端麗な貴族の息子に大商家の息子達や、学園の男子達。
皆それぞれ、生まれの違いや、立場の違い。価値観の差異もある。それら私の知る世界の『男達』を思い返す。そしてどんなに思い返してみても、先輩の様な人は誰一人居なかった。
そう。
ディオニュース・カルヴァドスと言う異色の限定生は特別だった。
目を閉じ、そっと先輩の顔を思い浮かべる。
大体、私と接している時は困った様な表情をしている。
「…失礼しちゃいますよね☆」
口にしてたものの、私は憮然ともせず、むしろ口元は緩んでいた。自然と小さな笑みが零れる。
そうなのだ。
何故なら、私は信じているのだ。
あの人の事を。
そしてあの人を信じた、私自身の事も。今はあの人の隣には私はいないと思う。
それでも、いつか胸を張って隣にいれるだけの人間になろうと思う。だって、先輩の隣は左と右があるんだし、私は空いてるどちらかでも充分なんですから♪
「…とは思ってみたもの…先輩の隣ってライバル多そう…」
軽く頭を振り、嫌なイメージを払拭し、両頬を軽くパンパンと叩く。
その動作は覚悟の表れだ。
「…よしっ!とりあえず☆『身体強化』で正面突破♪」
赤茶色の髪を靡かせ、更に迫り来る警備兵達と対峙する。身体強化のおかげで、警備兵達の動きは緩慢に見える。一気に迫り、警備兵の男達との距離を縮める。
「えいや☆」
持参していた愛用の魔力杖で警備兵達の頭を、腹を、次々に殴打していく。
「ぐえぇ」
「ぎゃっ!?」
「んごっ?」
野太い悲鳴が次々に上がる。
一瞬で膝から崩れ落ちる男達に、周りに集まってきた警備兵の男達も身構える。
「さて☆そろそろかな♪」
そう言った直後、身体強化の効果が切れた。
私の周りを取り囲む数十人の男達。
揃いも揃って剣だ槍だと向けて構えている。
か弱い美少女に向けるにしては大層な事だ。
だから、か弱い私に出来る精一杯の出来る事をする。私は私の中に眠る魔力を開放し、集中する。激しくも優しい炎の魔力元素が気流となって身体を包み込むっ!
「我が求む力は炎の脈流っ!我が放つ力は豪炎の奔流!大地を飲み込む焦土と化せ!(気持ち弱めに…)
豪炎の奔流!!」
呪文詠唱と共に、天空に掲げた杖から、巨大な炎の波が、取り囲む男達を呑み込む。炎は遠慮無く警備兵達を呑み込み、その身体を焼き焦がしていく。これでもかなり手加減している方だ。命までは出来るだけ奪いたくないのが本音だ。
だけど、中火傷から大火傷くらいは覚悟してね☆
今、私はどんな表情をしているのだろうか?
不安と期待の中、私は信じる結末の為に戦う。
だから迷わない。
だから負けない。
怒号と悲哀とも取れる、辺りに響く喧騒の中、私の気分は高揚する。
熱気と熱風に囲まれるこの場所で。
炎と戯れる精霊の様に。
「あはっ♫私ってば絶好調♪」
後々。
サンドラと対峙した、警備兵の男達はみな口々に語る。
炎と戯れる朱き魔女の事を。




