沈み往く
「渇き這いずる大蛇群牙ぁぁ!!」
跳躍し、凄まじい殺気と共に振り下ろされる男の必殺の一撃。先程の一撃とは比べ物にならない数の無数の槍が頭上に降り注ぐ。
まるで大蛇の群れが一斉に、我先にと獲物に毒を注ぎ、その血肉を貪り尽くすかのように。その尋常ではない槍技と純粋な殺意を込めた、まさしく必殺技。
この感覚、この緊張、この鼓動。
刹那の間に、俺は震わせた。
己の魂を。
己の命の全てを。
怒れ!この戦いを!
怒れ!戦いの結末に!
怒れ!この方法でしか救えなかった自分にっ!!
「我は蒼海に降り立つ海君にて!我は大海統べる海王也!太古より続く生命の根源と共に、我が魂ここに渦巻けぇぇ!!」
高らかに唱えた魂言は身体の隅々を駆け巡る。偉大なる海君の三叉槍から生まれた蒼海が、俺の身体を激しく飲み込む。
荒れた海が穏やかさを取り戻す様に、纏っていた海練が消えた時『蒼き鎧』を纏った姿に生まれ変わり、偉大なる海君の三叉槍は蒼き鎧と呼び合う様に共鳴する。
それは鈍く輝く海練。
それは大海が呼吸をしているかの如く。
偉大なる海君の三叉槍を最大行使する際に蒼き鎧と共に呼応し顕現する『終焉の海君』である。
《フンッッッ!!》
短い唸りと共に、大地に突き刺した偉大なる海君の三叉槍を抜き取り、天空へ掲げる。
「それで防いだつもりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭上から迫る上下左右、幾つもの同時刺突攻撃。
死角等は無い。
大蛇の群れは、容赦無く俺の身体にその毒牙を突き立てる。
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
突き刺した蒼鎧から血飛沫が飛び出す。
しかし『渇き這いずる大蛇群牙』を繰り出した男からは不満の声が漏れた。
「ひひっ…。なんだぁ?今の手応えの無さはよォォォ!?」
着地し、体勢を崩す事もなく、身構える男。
自らの必殺の一撃が不発に終わったのにも関わらず、その表情はなお、狂気と喜びに満ちていた。
「血飛沫なんかじゃねぇ…。そもそも実体を突き刺した感触もねぇ!ひっっひひ!!俺はっ!?何を刺し!何を穿ったッッッ!?」
思わず男は口に出す。自分が何を突き刺したのかと。自分の状況を整理するかの様に。
《あんたは…確かにこの身体を穿ち、突き刺した…。凄い技だよ。実体であり、実体ではない、理を曲げたこの水の身体に僅かながらでも傷を付けたんだ。あんたは誇っても良い…》
男の疑問符に答えるが、お喋りもそう長くは続けられない。
この顕現状態は、自我が徐々に薄らいで来るのだ。
まるで海を統治する海神に意識を取り込まれるかの様に。
それに俺の生命を力を魔力に転換して行使する11武装開錠を使用して、更に顕現状態になる事自体がそもそも危険なのだ。
「ひっひひ…随分と過保護な姿になったもんだなぁぁ!?パーフェクトウォリァァァァァ!!」
再び両手に力を入れ、瞬時に間合いに飛び込んで来る。
男の槍の尖端を、三叉槍を持つ右腕だけで正確に捉え、弾き返す。
鋭い火花がまたも生まれる。
力の差は歴然としており、その衝撃に男は払い除けた方へと飛ばされた。
土や砂に塗れ、全身が傷だらけになろうが出血をしようが、男のその眼はなお満たされてはいなかった。
「楽しいぃねぇ~…!っひひ!命を賭ける殺し合いってのは女を犯す事なんざ比べ物にならない程の快感ダァァァァァ!!」
男の眼にはもう生への固執など最初から無い。
あるのは己の渇きを埋める事への欲。
己の存在する理由の確証。
だからこそ男は言えたのだろう。
「ヒヒヒヒヒヒッッ!オワらせルゾォォォォ!パァァァフェクトウォォリヤァァァァァァァァァ!!」
《終わらせてやル。ソの…長い悪夢…ヲ…》
「渇き這いずる大蛇群牙ァァァァァァ!!」
今度は正面から繰り出される最大にて最高の槍術。
夕日に煌めく無数の刃は、儚い茜色。
その無数の茜色は、さながら散り逝く花弁の様に。
とても綺麗で、とても残酷だった。
《終焉する大陸!!》
数回弧を描き、再び大地に深く偉大なる海君の三叉槍を突き刺す。
理を捻じ曲げるかの様に、大地は海練をあげ、揺れ動き、幾多もの裂け目が走り、裂けた大地からは激しい水流が渦となり巻き起こりまるで意思を持っているかの様に男に襲いかかる。
「ソンナァァッ!ミズゲイガガガァァァア!キクカヨォォォ!!」
足場が崩れだし、不安定な状況においても正確に突きを繰り出す。
水流の渦をその槍に纏う狂気と殺気で気泡と還していく。
「ヒヒッ!コテサキノワザデ!コノオレヲッ!コロセルノカッ!!……ョ!?」
男の声は最後まで聞こえなかった。
あらゆる者を、あらゆる物を飲み込み砕く巨大な渦を身に纏い、この戦いに終止符を打つ。
それは激しい渦の結界。
猛き、荒れ狂う水の世界。
《…悪夢はオワル!》
眼前に迫る巨大な渦と共に男の身体を瞬時に呑み込む。
凄まじい瀑布の様な衝撃は、無慈悲にその五体を砕き尽くし、投擲した偉大なる海君の三叉槍は導かれる様に男の身体に深々と突き刺さっていた。
「ガッ!?…ッッッグアっ!ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
断末魔の叫びの後、程なくして大地は鎮みだす幾つもの渦と、裂け目と共に崩れだす。偉大なる海君の三叉槍に貫かれた男と共に断崖の海へと。
先程まであった大地の果てを見つめる。
無数に崩れた岩肌が無機質に、無造作に重なり合っていた。
《コンなのが、あんタの墓標ナのかよ…》
もう誰もいない方へ見つめ呟く。
眼を閉じ、顕現状態を解除し、11武装開錠も解除する。
「11武装閉錠」
その言葉と同時に凄まじい倦怠感と、心臓に突き刺す痛みが襲ってくる。
思わず膝をつき、身体を横たわらせた。
「ハァ!…っハァ!!」
痛みで呼吸が乱れ、肩で息をするかの様に上下する。
大地に身体を預けたまま、首を傾けて夕日を見つめた。
それは何処までも紅く、今はただ、水平線の彼方へと沈み始めていた。




