震える鼓動
「せっかくのご指名だ。俺はあの槍の男の相手をしてくる。サンドラ、君は?」
「勿論私も協力しますよっ!と言いたいですけど、あんな奴相手に私じゃあ居てるだけで邪魔になりそうですよね…。あは♪私は直接館へ行きますっ♫」
そう意気込むサンドラにノブとローラが心配そうな視線を向ける。孫の様に想っている子だ。これから自分達の為に危ない目に合わせてしまうのが、やりきれないのだろう。
「…もうっ!そんな心配そう顔をしないでってば!お爺ちゃんもお婆ちゃんも!大丈夫だから♪ぜ~んぶ私と先輩で終わらせちゃうんだから♬」
白い歯を見せ笑うサンドラに俺自身の緊張もなんだか解れていく気がする。首を左右に軽く振り、更に身体に鬱積していた何かを緩和させていく。
「サンドラ、約束してくれ。少しでも自分に危険があると感じたら、その場所から必ず退避する事。そして『いける』と思った時にも必ず一呼吸を置いてから次の行動に移ってくれ」
俺は真剣な表情でサンドラにお願いする。
いや、これは相手に何かを頼む言葉ではないな。
命令に近いものだ。
「あは♫先輩ぃ~そんなに私が心配ですかぁ~♪わかってますよ♬先輩の言葉を決して疎かにしません♫」
「…本当にわかってくれているんだろうな?」
いつもの悪戯そうな笑顔で微笑むサンドラに、幾許の不安を感じつつ俺達は宿を後にしたのだった。
そして。
今現在。
槍と槍と閃撃が、薄暗くなる景色に交じり、一閃。
また一閃と激しい槍撃の音と共に火花を散らす。
「そんなもんかよぉぉぉっ!パーフェクトウォーリアァァァァァァ!!」
無骨な大槍を振り回し、男が不満気に叫ぶ。
言葉は不満気ではあるが、瞳は紅く狂気が交じり喜びに震えている様にも見える。
「…嬉しそうに叫んでまぁ」
幸いにも指定された場所は、割りと開けた場所で、踏み込み易く砂場の様に足を取られる心配も今の所はない。ただ、すぐ隣には断崖絶壁の海岸がある。
俺は最初そこで夕日を眺めていた。
立ち上がり、自然と声の主の方へ向かう。
決して広いとは言えないが、鬱蒼と木々が生えているこの島の中でも確かに更地と言えば更地に見えなくもない。俺達はそんな場所で今、殺し合いをしている。俺は今回の戦いで敢えて、男と同じ武器を選択した。
『偉大なる海君の三叉槍』
「偉大なる海君」の名を冠する紺碧の大槍。妖魔領の海域を支配していた六妖騎が一人。海妖騎『メガロアケーロン』を倒した際に刻んだ、妖魔領で伝わる伝説級武具の一つ。
三叉に別れた矛が特徴的で、いつの時代の何処の誰がどうやって作成したのかも不明の大槍である。大海の奥底に眠るとされる鉱石と何かの鱗や牙を素材に構成され柄に施されている彫刻には水の魔術形式が刻まれており常に水の加護を受け続ける事が出来る。
六妖騎とも一悶着あった事を少し懐かしく感じた。
槍と言っても結構複雑で、特徴を理解し、使いこなすにも一苦労だった。
一つ。相手の有効範囲の外から確実に刺突せよ。
一つ。振り回し、撲殺せよ。
一つ。投擲は己を投げ出す事と心得よ。
確かこんな事を姐さん達にも言われた様な覚えがある。
まぁ、なんだかんだと手に、身体に慣れているが、本来のスタイルではない。
それでも、俺が槍を選んだ理由は、たった一つだった。
『同じ武器で全力で殺してあげる事』
出来れば話合いで済ませたかった。
出来れば穏便に終わらせたかった。
でもそれは叶わなかった。
男の目を見た時に悟った。
生に固執している訳じゃない。勝利に固執している訳でもない。
ただ、己の感じる渇きを満たす事。
あの男にとっては命懸けの真剣勝負がそれに当て嵌るのだろう。だからこそ、男と初めて会った時からはそれなり覚悟はしていた。
そして、刃を交える前に一筋の願いに賭けてもみた。
「はあぁぁっ!!」
正確に心臓を狙う切っ先を偉大なる海君の三叉槍の矛先でいなし、軌道を逸らす。
「今のを躱すかよっ!俺は貴様と違って何も考えてはおらんぞっ!俺が望むは貴様との最高の殺し合いだけだぁぁぁぁぁ!!」
「そうかい、そうかい…。なんでそんなに殺し合いが好きなのかねぇぇぇ!」
そう叫び、下肢に力を溜め込み、一気に間合いを詰め、男の喉元に向かって偉大なる海君の三叉槍を突き出す。紺碧の槍は確実に男の喉へと伸びていく。
「ヒヒヒヒッッッ!!」
耳障りな奇声と共に男の喉の薄皮一枚切り裂き、今度は男が間合いを詰めてくる。
男の持ち手は左手!
片手であの槍を持つのかよっ!?
上から来るのか?下から来るのか?
踏み込み間合いを詰めた分と、男が間合いを詰めた分の、出来れば差分を後退しようとした。
ゾクッ…
(違う!前だっ!出来るだけ前に進めっ!)
「ひひっ!穿て…渇き這いずる牙!!」
その渇いた声が聞こえたのと同時に、男の槍が物凄い速さで上半身と下半身への『同時刺突』と言う攻撃になる。男とすれ違い、再び距離を取り、半身正眼の型で対峙する。
(…驚いたなぁ。なんて技だよ)
ズキリと痛む右肩と右腿に冷や汗が滲み出る。
幸い致命傷でもなく、こちらも薄皮程度切れたくらいだろう。しかし、軌道が読みにくい嫌な技だ。
振り下ろしでの刺突が二連撃かと思えば、振り下ろしと、振り上げでの攻撃。軌道が直線的じゃない上に、ほぼ同時に上下のどちらから身体を貫きに来る。距離を一気に詰めて、さながら獲物を捕食する毒蛇の様に。後方に退避する方を選んでいたら、今頃下手したら身体の二箇所に穴が空いてるな、こりゃ。
「ひひひっ!避けたか?いや、避けてくれないとなっ!流石パーフェクトウォーリアだっ!流石は殺しのプロだっ!」
「槍だか自分にだか魔力をのせて放つ必殺技か?」
「ひひっ!ご明察。俺も驚いたぜぇ…。アレをあの状態から躱したのは妖魔も人もお前が初めてだぁっ!ひひひっ」
自身の首から流れる流血も気にせず、嬉しそうにそう話す。
男の饒舌が止まらない。
「ひひっ、ベイオール100年戦争。その中で数多くの騎士団、戦士団、勇者、賢者が生まれ、殺され、また生まれた。その中でもぉぉぉぉぉっ!貴様が本当に『あの』パーフェクトウォーリアの生き残りなっ!小僧っ!!見せてみろぉぉっ!人からも!妖魔からも!敵も味方も!全てに恐れられ忌避された力をぉぉぉぉぉぉぉ!」
男は気が狂ったかのように薄暗い天を仰ぎ、咆哮する。
何かを懇願する様に。
何かに期待する様に。
少しの静寂の後、男は再び槍を構え、また間合いを測り躙り寄る。
俺は、偉大なる海君の三叉槍を両手で数回旋風させてから一呼吸つき、偉大なる海君の三叉槍の柄を大地に突き立て仁王立ちになった。
覚悟は最初から出来ている。
ただ、ほんの少しでも良いから救いが欲しかった。
戦場で死にきれず、日常で生き続ける事が出来ない男に。
戦争に使い捨てにされた、幾多の人生と命の一つに。
同情なんかじゃない。
少しだけ考えただけだ。
この男に別の答えが用意されていても良かったんじゃないかなって…。
「穿つ刃はぁぁぁっ!二つだけじゃないっっっっ!!」
男は跳躍し、大槍を構え眼前に迫って来る。
男にとっての切り札。或いは最高の技を出すのだろう。
魔力が、気力が、そして抑えきれない殺気と狂気が男を包み込む。
そして俺は。
魂を、命を震わせた。




