戦士として
頬を撫でる風はひんやりと冷気を帯び始め、日中の暑さとはまた違う印象を与える。それでもじわりと汗ばむ肌に張り付く衣服が、やけに生々しく感じとられる。空を仰げば目が眩む様な光は鳴りを潜め、今は赤紅に揺れる夕日が静かに遠くに沈みつつある。
「あぁ…、この島の夕日はこんなにも綺麗なんだな…」
誰に聞かせる訳でもなく、一人そう呟く。
「ひひっ!まるで人の生き血の様に真っ赤だろ?」
見える景色が、風景が同じであってもそれをどう捉えるかは人其々だ。夕日の沈みゆく様が儚く感じる者もいれば、その鮮やかな紅が人の血の様に見える者もいる。
そう。
それだけなのだ。
何がどう見える、感じるなんて、今はとても些細な事なのだろう。徐々に涼しげになってゆく風の音を聞きながら、一人夕日に向かって呟いた独り言はこの場に訪れた者の言葉と共に風に流れた。
「小僧、待たせたか?」
大きくも小さくも無い声。
そこに感情も無く、抑揚も無く、おおよそ本当に人であるのだろうかと疑問に思える程に餓え、渇いているかの様な声。夕日に背を向け振り返ると、昼間に出会った槍の男が不気味に顔を歪ませ立っていた。
「別に待ってなんかないさ。どうせならあんたがここに現れないでくれないかと心から願っていたくらいだ」
「おいおい、そんなつれない事を言うなよ?お前は久しぶりに俺と殺し合える程の力を持っていると俺は値踏みをしたんだ。あまりつれない事を言うとお前の後にジジイもババアもあの小娘もじわじわと嬲り殺しにするぞ?ひひっ」
嬉しそうに邪悪に歪んだ表情で、俺を見る。
その表情に俺は理解する。
そう遠くない昔、この手合いの連中を見てきた事を。
そして戦ってきた事を思い出す。
(あぁ…、こいつは死人だ。死にきれずどこまでもどこまでも藻掻き彷徨い、渇き続ける)
「おいおい小僧?俺を憐れむか?ひひっ!いや違うな!?違う!違うぞ!?小僧!!お前のその目を俺は知っているっ!お前の様な目をしていた連中を知っているっ!!」
俺の表情を読み取り、何か勘付いたのだろうか?
槍の男は左手で顔を覆い、その指の隙間からは不気味な眼光が覗き出しており、無骨な右手の人差指を俺に向けて叫び続ける。
「ひひっ!ひひっっ!ひっっっひひひひひひひひひひひひっっっっ!!嬉しいっ!嬉しいぞぉぉぉぉっっ!!俺は待っていた!ずっとずっとだっ!」
気が触れたかの様に笑い出す。
口元には涎を垂らし、それを拭う事もせずに、ただひたすら身体で喜びを感じている。長年待ちわびた恋人に出会ったかの様に。長年待ちわびた宿敵と出会ったかの様に。
「お前のその目っ!まさしく『戦う者』の目だっ!俺はお前の様な者と本気で殺しあう日をずっと待っていたっ!!」
そう叫んだ直後、夕日に反射し、赤く不気味に輝く切っ先を俺に向け、槍を構えた。それがこれから始まる戦いの合図なのだろう。出来れば穏便に終わらせたいが、この手の奴にはそうもいかない。
俺がもし手を抜けば、男はきっと忠告通り、俺を殺した後にあの優しい老夫婦やサンドラを殺すだろう。あくまでも俺が殺される様な事になった場合の話だが…。俺は一縷の望みに賭けて男に話しかける。
「…本当に戦うしかないんだな?」
「ひひっっ!ことの成り行きはどうあれ、小僧に残された選択はそれだけだっ!この!俺と!本気デッ!殺し合いをスルンダッッッ!!サアッッ!武器を出せッ!丸腰でやり合う訳でもないんだろ!?ヒヒッ…!ヒヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!」
大きく深呼吸をする。
静かに両目を閉じ、俺は覚悟を決めた。
幸いにしてこの場にいるのは俺と、男のみ。
だからこそ思った。
本当に…。
「どうした?怖気付いたかっ?がっかりさせてくれるなよっ!?」
男の狂気に飲まれる事もなく、一言。
対峙する男にさえ聞き取れるかどうかもわからない程の小さな呟き。
「あぁ…、本当に運が良かった。この場にサンドラ達がいなくて…」
『11武装開錠!』
その言葉と共に加速しだす心臓の鼓動。
全身を駆け巡る沸騰しそうな熱き血の流れ。
思い出す。
戦いの記憶を。
風が吹き、夕闇の中で集まる光が右手に収束してゆく。
「来たれ…。5の武装開錠…!!」
その言葉と共に、魂に刻み込んだ武具がその姿を現し始める。光が集まり、武具のシルエットが徐々に浮かび上がり顕現する。
「その名。偉大なる海君の三叉槍!!」
そう叫んだ俺の両手に、紺碧の三叉の大槍が握られ、その三叉に別れた刀身を対峙する男に向ける。人と妖魔との戦いじゃない。人と人との命を賭けた真剣勝負。
目を血走らせ、狂気と歓喜の入り交じる顔を向けてくる男。俺は長く使う事は無かった口上を述べた。今この場所、この瞬間だけでも一人の戦士として。
「俺はパーフェクトウォーリア!ディオニュース・カルヴァドスッ!!さぁ…、始めようかっ!!」




