マギア・ペトラ
「儂らは元々この島で生まれ育った住人ではありませんでなぁ。もう昔の事じゃが100年戦争にも参加した事がありまして。…まぁ儂は生来臆病な性格でして、兵隊さんや、傭兵の方とは違い雇われの料理人でしたがの」
ノブがどこか遠くを見るように、静かに瞼を閉じる。
「えっ!?お爺ちゃん100年戦争に参加していたのっ!?」
「ふふ、そうなんじゃよ、サンドラちゃん。ただし儂は臆病者じゃから直接戦ったりはせんだが、料理人として腹を空かせた連中を相手に、戦時食を出していたんじゃよ。厨房こそが儂の戦場じゃったな」
声を出して驚くサンドラにノブは、少し戯ける仕草で話す。ノブの意外な過去を知り、サンドラは子供の様な瞳でノブの話に聞き入った。
「料理人として参加している限り、少なくとも給金は出るし、空腹に怯える事も無い。元々、若い頃の手慰めで始めた料理も、いつの間にか誰かに美味いと言って貰える事に喜びを感じてのぉ。戦場が落ち着いた頃には、何処かで小さな宿でもしようかと当時は思ってたんじゃよ」
ベイオール100年戦争。
意外な所でその名前を聞いた気がする。
そりゃ100年も続いていたらそれなりの数の人間が様々な形で関わっていても不思議じゃない。
ノブが傍らに座るローラに視線を移す。
「その後、妻と出会い、子供には恵まれんだが蓄えた金を元に、妻と二人で宿でもやろうかと思いましてなぁ、その当時、観光地として今ほど栄えておらず人の往来も少ない少し辺境の島じゃったが、のんびりと余生を過ごす事も含め土地の安かったこの島の、この土地を知り『やすらぎ亭』と言う小さな宿を始めたのです」
ノブとローラがこの島で宿屋を始めたきっかけから始まり、その後もノブとローラは笑顔を時折見せながら、この宿で過ごした時間を語ってくれた。楽しかった事。嬉しかった事。悲しかった事。驚いた事。
その話にサンドラはテーブルに両手を付いて聞き入り、俺もまたこの老夫婦の話に耳を傾け続けた。
「火山島であったこの諸島には、いたる所に温泉が湧き出ていましてな。この宿の湯にもその源泉の流れをを引いておるのです。温泉は傷を癒やす効能があると言われ、戦争も下火になりかけた頃から次第に人が集まり始めましてのぉ…。傷だけではなく肌にも良いと評判になり、15年程前から保養地として栄え始めたのです」
過去の思い出話から徐々に現在に近づくにつれて、ノブの表情が次第に曇りだす。
「しかし人が集まりだすと、善人ばかりが集まる筈もなく、徐々にこの島にもきな臭い連中も湧いてきましてなぁ…」
道中、ノブとローラの身に起こった事が、その『連中』を指しているのは想像に難くない。
「ジャックス…。この男が数年前にこの島に現れてから徐々に島がおかしくなり始めた。奴はどんな手を使ったのかはわからんが、当時島一番の平地を所有していた者から土地を譲り受け、取り巻きを増やし、みるみるこの島を乗っ取り始めた…。さっき儂らを襲ったのも奴らの取り巻きじゃよ…」
「ノブさん、その平地を所有していた人は?」
俺の問いに、口を真一文字に閉ざしていたが、少しして、重い口が開いた。
「死んでしもうた…。ある日この島の漁師連中が、海で漂っている土地の所有者を見つけたんじゃよ」
「……」
当時、島一番の平地を所有してた人の死亡。
その人に変わり、土地を所有した男。
その男『ジャックス』と呼ばれる男の台頭から、この島が少しずつ変わってしまった事実。別に難しく考えるまでもなく、ジャックスが元々の土地の所有者を何らかの形で殺害した後に、土地の権利を奪ったのだろう。
もしくは、土地の権利を奪った後で殺害したのか。
どちらにしても、観光地として栄える以前に、島の平地を強引に奪った所で、ジャックスの得た物は『広大な土地』だけだ。栄えるかどうかもまだわからない時期に、非常に危険な行為だと思う。
「そのジャックスと言う男の行動ですが、ちょっと不可解ですよね?」
「…どうしてそう思われるのです?」
「今のこの島の平地なら相当な価値も付いているでしょうけど、当時のこの島に土地の所有者を始末して…、失礼。土地の所有者に何故か不幸な出来事が起こって手に入れた土地だとしてもそれほど大きな財産になるとは思えないんですよ」
俺の疑問にノブは最初こそ意外そうな顔をしていたが、すぐに話の意図を理解してくれた様で、一言こう答えた。
『魔力石』
「えっ!?それって…、私達、魔法使いや魔術師系が使用する魔力石の事だよ?」
ノブの口から出た言葉に真っ先に反応したのは、サンドラだった。
『魔力石』
魔法使いが自身の保有する魔力を増幅する為に、イヤリングや指輪、杖等に仕込まれており体内を廻る魔力の流れをより円滑に放出する為の補助として使われる。
魔術師もおおよそ使用目的は付与増幅ではあるが、魔法使いとは意味合いが少し違っていたりする。
主に魔法使いは自身の魔力を付与増幅する使い方に対し、魔術師は自身が使用する術符、道具に対して付与増幅に重きを置いている事が大きな違いである。
一般的に魔術師は魔法使いと比べて魔力の保有量がどうしても一歩見劣りしてしまう。
そのどうしても才能や努力では補えきれない部分を、自分達が使用する道具に対して使用する事で魔法使いにも引けを取らない威力の魔術を使用する事が出来る。
『いいか?薄っぺらい紙切れが飛んで来ても決して油断はするな。その紙切れは周囲を豪火で覆い尽くすかもしれない術符かもしれないし、雷鳴を誘い、命を昇天させる落雷の術符であるかもしれない。魔術師ほど見た目の判断が出来ぬ連中だ』
と、レイア・アネス事、姐さんから昔教わった、魔術師に対する言葉だ。サンドラの言葉でなんとなく昔の事をふと思い出した。
魔力石自体が結構な価値ある石の上、上質な物になれば、国が使いの者を出して手に入れようとするくらい、破格で取引される事もある。
「その魔力石がこの島から発見されたと言う話が、事の発端での。儂らの様な普通の者にとっては装飾用の宝石と変わらんのじゃが、目の色を変えた連中が集まりだしのもその頃からなんじゃよ」
ノブの言う通り、観光地として栄えた事とは別に、魔力石が起因する問題もこの島にはある様に思えた。
もし上質な魔力石が産出する事が出来たのなら?もし魔力石がこの島のどこかにまだ眠っているのなら?どちらも可能性の問題で、実際に本当にこの島から産出された証拠も無いのだが、もし本当に魔力石がこの島から取れるのなら、運が良ければ一生遊んで暮らせる程の財産を手に入れる事も可能だろう。
「本当にあるかどうかも怪しい石の為に、怪しい連中が島のあちらこちらを調べ始めよった。最初に魔力石が見つかったと言われる前所有者が所有していた土地。そこからそんなに広くも無い島を手当たり次第調べ、次々に土地の所有者達に嫌がらせや恫喝を行い、土地を奪っていきおっ…!儂らの様な年寄り連中も例外ではなくての、毎日の様に嫌がらせを受けておる…。こんな状況に耐え切れず、この島から離れた人らも大勢おるよ…」
この島に到着した時、賑やかな観光地としての一面を確かにその肌で感じた。
活気もあり、人が忙しなく行き交う話題の観光地。
賑やかなに見える光のある場所にも、必ず影もまた生まれる。
一通り話し終え、力無くため息をつくノブ。
俺の傍らでノブの話に耳を傾けながら、眉を顰め、何やらブツブツと独り言を言っているサンドラ。その様子を横で見ていると、突然両手をテーブルに叩きつけて言い放った。
「よしっ!もう今日中に全部終わらせちゃおうよ♬」
その自信に満ち溢れる力強い笑顔にノブもローラも目を大きく見開く。俺もまた横で突拍子も無く宣言するサンドラに半ば呆れるが、概ね同意見だった。
「まぁ、俺もあの物騒な連中と片を付けないといけないしな」
まだ少し痛む右手にあの槍使いの男を思い出す。
「あは♬先輩♪本当に頼りにしてますからねっ♫」
その瞳には先程までの恐怖など微塵も無く、大好きな人達を必ず守ると言う意思を背負った少女が力強く微笑んでいた。




