やすらぎ亭にて
それから俺達は程なくして、ノブ爺さんらが切り盛りしている宿へと足を運んだ。
道中の出来事に、みな同様に表情が硬い。
宿に着くまでの間、誰一人言葉を発する事無く宿へと到着した。
「…着いたみたいですよ、先輩♬」
馬車が止まり、最初に言葉を出したのはサンドラだった。
しかし、その声には普段の様な元気さも無く、とてもか細い声に聞こえた。俺はサンドラに促されて、身体を起こして幌から出る。続いて、サンドラがローラの手を支えるように一緒に降りてきた。
「さぁさぁ、小さな宿ですが、身体を休めて下され…」
手綱を離したノブが、俺達に声をかける。
目の前に映る宿。
確かにこじんまりとした外観ではあるが、決して悪くは無い。
ただ、以前は丁寧に手入れされていたであろう、出入口の前にあるそれなりに広い庭は、今は荒れ果てている。
いや、これは荒れ果てたと言うよりも、荒らされたと言う方が正しいのかもしれない。
俺が庭に視線を移しているのを見たのだろう。
すぐ傍まで来ていたサンドラが悲しげな声で話してくれた。
「ここもね、以前はとても綺麗な庭だったんですよ♪お爺ちゃんとお婆ちゃんがいつも丁寧に手入れして、綺麗なお花が沢山植えられていて、私達は勿論、他の宿泊客の子供達も裸足で駆けまわったりして…」
俺はサンドラの方を見る事なく、ただ荒れ果てた庭を見続ける。
「…あは♪…酷いなぁ…」
ただ一言、最後にそう呟くサンドラに俺は、形容し難い感情を覚える。
…いや、それは嘘だな。
明確に湧き出る『怒り』と言う感情を今は押し殺す。
「ワシは馬を休ませてから宿に戻るので、サンドラちゃん達は先にラウンジで休んでおいで」
「さぁ、サンドラちゃんのお友達もどうぞ」
ノブが馬を休ませに向かい、ローラが入り口へと促す。
俺はサンドラとローラの少し後に続く形で、宿へと歩を進めた。
扉の入り口には大きな看板が掲げられておりそこには『やすらぎ亭』の文字があった。
ガランガランガラン…
扉を開くと内側に大きなカウベルの様な鐘鈴が取り付けられており俺達以外誰もいないラウンジに、ベルの音が鳴り響いた。
ローラは俺とサンドラにテーブルに座るよう促し、奥の厨房らしき場所へと向かう。
「本当に大した物は無いんだけど…」
程なくして、ラウンジのテーブルに腰を下ろした俺とサンドラの前に先程入って行った場所からローラが飲み物と、パンを運んできてくれた。
「お婆ちゃん!言ってくれたら私も手伝うのに!」
ローラの給仕を見て、直様立ち上がるサンドラ。
そんなサンドラを優しげな笑顔で制し、テーブルに手慣れた手つきで皿と木製のカップを配っていくローラ。そこは宿を切り盛りしてきた人だ、実に様になる姿だった。
「もうっ!」
決して本気で抗議している訳ではないのだろうけど、サンドラは少し不満そうだ。無理も無い、先程まで一番意気消沈してのはローラであり、怪我をしたのもローラなのだから。
サンドラでなくても、少し心配してしまう。
サンドラは再び、椅子に腰を下ろし、少し拗ねた様な顔で木製のカップに手をやる。俺もそれにつられてカップを口に持っていく。甘過ぎない爽やかな味が舌に広がり、果汁の風味が鼻を通り抜けた。
難しい言葉は要らないな。
要するにだ。
「はぁ…、旨いっ!!」
ついつい一口、また一口と冷やしてくれていたであろう果汁のジュースを飲み干していく。サンドラも美味しそうに飲んでいる。ローラはとても嬉しそうに俺達を見ていた。
「まだおかわりは沢山用意していますからね」
ローラの言葉に思わず反応してしまう。
「あ、すみません…。もう1杯いいですか?俺自分で入れてきますから」
そう言って、席を立とうとした時、横に座っていたサンドラがいち早く立ち上がり俺の持っていたカップを取った。
「先輩もお婆ちゃんも座っていてね♪お婆ちゃん♬いつもの場所だよね?」
ローラが頷くと、サンドラは厨房へと消えて行った。
テーブルには俺とローラだけが残る。
先程の道中に出会った連中の事をローラに聞こうかとも思ったが、サンドラやノブら当事者が揃ってからでも良いかと思い、俺は目の前の皿に盛り付けられたパンに手を伸ばした。
俺が2つ目のパンを口の中に放り込もうとした時、サンドラが厨房から飲み物を入れて戻ってくる姿が見えた。
そしてほぼ同時に、正面の扉からではなく、先程馬を休めに向かったノブもサンドラの後を追う様に、ラウンジに現れた。
厨房は外へと出入り出来る別の扉でもあるのだろう。
こうして、俺を含めた4人全員が丸型テーブルに座る。
勿論サンドラが持ってきたカップは4つ分で、老夫婦の分もきっちりと用意されていた。
ノブが乾いた喉を潤す様に、カップに口をつける。
そして、一呼吸を置いてから話始めた。




