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渇き彷徨う者

「なっ!?なんじゃぁ!?お前さんらは!?」


手綱を握っているノブから怒号が飛び出す。


決して穏やかとは言えない口調に、気が張り詰める。


その直後、幌から顔だけをだしていたサンドラからも怒気を含む、明らかな敵意の篭った言葉が投げかけられていた。


「あっ!あんた達はっ!!」


こちらからはサンドラがどんな表情をしているかは窺い知れないが、幌を握る手が強く強張っている。その様子に俺は何か起こった場合、いつでも動けるように身構えた。


外からは粘着質の篭った声で、ノブを嘲笑する様な下卑た笑い声が聞こえてくる。


「おぉ~っと、これはこれは偶然ですね~、ノブ爺さん。これから客をオンボロ馬車で宿へと案内するのかい?」


やけに耳障りな話し方でノブに話しかける。


声の感じからして中年の男だろうか。


そして、その周りからも地を擦る様な足音が幾つか聞こえる。


(1…2、3、4…。いや5人程か…)


耳を澄まし、その気配を辿ってゆく。


「いやぁ~俺達もたま~たま、爺さんとこに用があってよ、ちょっと部下共を連れて挨拶に行こうとしてたところなんだわ」


声の主がそう話す。


「っ!お、お前さんらに話す様な事は何もないわっ!そこを退けてくれっ!」


ノブの焦りにも似た声が幌の中まで響く。


目の前に座っているローラの顔色は先程から優れず、両腕を抱えて小刻みに震えている様だった。


「お~~っと、そうはいかねぇよ?俺達も暇人じゃないのはわかってんだろ?今までも何回も何回も挨拶に行ってやってるのに、つれない事ばかり言ってよぉ。そろそろ良い返事が欲しいんだけどよっと!!」


「!?ヒヒィィィーン!?」


そう話した直後、馬が暴れだし、馬車自体が大きく揺れ始める。


男達が何かした様だ。


「何をするっ!やめんかぁ!!ドー!ドー!!落ち着け、落ち着いてくれぇ!」


「きゃあっ!?」


馬をなんとか落ち着かえようとするノブと、顔だけ出してバランス悪く立ち上がっているサンドラの小さな悲鳴が聞こえる。そして眼前では、揺れる馬車内で支えの無かったローラが、大きく転倒してしまった。


俺は直様手を伸ばし、ローラの身体を支える。


「ローラさん、大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうね…」


力無くそう話すローラ。


自分で身体を起こそうとした時にローラは小さな声を漏らした。


「痛っ…、あ、あぁ…。今ので手首を痛めてしまったみたいだわ…」


「お、お婆ちゃんっ!?」


サンドラの声が聞こえる。


振り返ったサンドラの目に映っているのは、力無く座り込むローラ。


ローラは左手首を痛々しく抑えている。


俺は徐々に静まる馬車の中、持ってきた布で簡易的なものだが、ローラの手首に巻き付け、固定した。充分な措置では無いが、何もしないよりは幾分かはましだろう。


手早く処置を施した後、サンドラの方へ目をやる。


その両目には怒りが。


その身体に纏うものは炎の様な激情だった。


俺は無意識に彼女の手を取ろうとしたが、それよりも先にサンドラは馬車から飛び出し、叫んでいた。


「おっ…!お前らぁぁぁぁぁぁ!!よくもぉぉぉぉぉ!!ブっ殺してやるっ!!」


彼女の中で何かが切れたかの様に、サンドラが豹変した。


そう、あの時の様にだ。


馬車の周りを取り囲む大気が少しづつ圧縮されていく様な感覚を覚える。


「ローラさん、少し離れても大丈夫ですか?」


俺は震えるローラに話しかけた。ローラは力無く首を縦に振り、俺は幌の後ろからサンドラの後を追った。


直様、馬車の先頭へと向かい、状況を把握する。


対峙しているゴロツキの様な風貌の男達が4人、そのリーダー格の様な少し身なりの整っている男が1人。ノブの方へ視線をやると、馬を落ち着かせる事に必死だったのか、両肩で息をする様に、苦しそうに息切れをしている。


そして、馬よりも5歩程前で怒りに任せて両手を広げ、呪文の詠唱を今まさに終わらんとするサンドラの姿があった。


「『我が求む力は炎の脈流!我が放つ力は豪炎の奔流!大地を飲み込む焦土と化せ!!』お前らなんかぁぁぁっ!1人残らず消し炭になってくたばっちまえよぉぉぉぉ」


広げられた両手に集まる紅き魔法の気流。


身体に纏い、それが収束され左右の手に収まってゆく。


後は彼女の両手に集められた魔力を開放し、放つだけ。


そう、あの武棟祭で見せた彼女の必殺の魔法だ。


豪炎の奔流(イグニス・トレント)


大きく広げた両手は、勢い良く彼女の胸の前に突き出されるのだろう。


そこから繰り出されるのは慈悲無き炎の氾濫。


しかも武棟祭の時の様な制限付きでは無い。


正真正銘、相手を豪炎に包み込み、命を消し去るであろう魔法の一撃だった。


それが放たれていたのなら。



「伏せろぉ!!サンドラァァァァ!!」


「えっ…?」


ヒュン


それはまるで一陣の風の音。


迷い無く、慈悲無く、躊躇い無く、強い日差しの元、不気味に輝く抜身の刃がサンドラの喉元を正確に貫こうとしていた。


「ハァァァァアアッ!!」


無意識に頬を(つた)う冷たい汗が、俺の意識を鋭敏にさせていく。


摩擦によって生じたであろう熱さと、ぬるっとした血の感触。


そして右手から徐々に伝わってくる痛み。


俺は右手に握るそれを決して離さない様に、力を緩めはしなかった。


「サンドラッ!怪我はないか!?サンドラ!」


「…は?………な、なに…これ……?」


振り返らずにサンドラに大声で呼びかける。


背中越しには、サンドラが集めていた魔力が霧散していくのが感じられる。短く、力無く放心した様な声を出すサンドラ。目の前の状況に、否が応なしに鼓動が激しさを増してくる。


「おいあんた…。随分と躊躇(ためら)いも無く殺しにかかってきたな」


眼前で『槍』を突き出している男にそう話した。


少し白髪が混じった髪は、手入れ等されている様には見えず、男の肩程までだらしなく伸びており、生気が欠如している様な表情に無精髭。一言で言うならば『不気味』そのものだ。


「……」


男は無言で俺を睨みつけている。


いや、睨みつけると言う表現は間違っているのかもしれない。


そう…、まるで『値踏み』でもしているかの様な目。


この手合いの人間は、おおよそ偏った奴らが多い。


そして、その偏りは良い方向へ偏っている方が少数である。


「ひひっ」


嬉しそうに口元を歪め、短く歓喜する。

当然と言えば当然だが、悪い方向へ偏っている奴らの部類に捕まった様だ。

そしてこの男の値踏みの結果、どうやら俺は御眼鏡に適った様だった。


「へっ、へへ…!旦那ぁ!遅いじゃないですかぁ!もっと早く殺って下さいよぉ~。全く、いつも人が悪いお人だ」


ゴロツキのリーダ格が明らかに下手したてで話しかける。


そんなゴロツキの言葉に耳を傾ける事も無く、その男は抑揚なく話かけてきた。


「小僧。どこで気付いた?」


その言葉の意味する『どこ』とは、この男の、サンドラへ仕掛けた事を指しているのだろう。


俺は右手に握る柄に力を込めながら答える。


「…さぁね。まぁ少なくとも嫌な汗が出るくらいには、気付いたけどね…」


俺の言葉に何か納得したのか、再び口を歪ませ声を漏らす。


「ひひっ…、今回は『アタリ』か」


その言葉と同時に、男の持つ槍から力が抜けていくのがわかった。


「小僧、手を離せ。安心しろ。今は何もしない」


男の言葉にいち早く反応したのはゴロツキのリーダー格だった。


「ちょっ!?だ、旦那ぁ~。待って下さいよぉ!?さっさと殺って終わらせて下さいよ!こっちは旦那に結構な金を積んでるんだぜ!?」


男に近づきながら文句を言うゴロツキ。


槍の柄をずっと握り締めていた為、痺れ始めた右手の一瞬の隙を狙われ掴んでいた槍を奪われてしまった。手から離れた槍は今度は、男の後方にいたゴロツキの鼻先へと正確に向けられる。


「ひっ!?」


切っ先を目の前に突き付けられ、突然の事に腰を抜かすゴロツキに男は端的に言い放つ。


「お前が先に死ぬか?」


腰を抜かし、額にだらだらと汗を流しながら、ゴロツキは土下座でもするかの勢いで懇願した。


「ゆ、許してくれ!旦那っ!おっ、お願いだっ!あんたの好きな様にしてくれて良いからっ!!」


槍の切っ先をゴロツキから外し、男は柄を自分の肩に預け、槍を収めた。


再び向き直り、俺に話しかける。


「小僧。夕刻に島の西側のこいつらの親玉が管理する更地がある。そこへ来い。そして俺と戦え」


冗談を言ってる訳でもなく、本気で話している事がわかる。それだけを言い残し、背を向け俺達の向かう宿とは別の方へと男は消えて行った。


残されたゴロツキのリーダー格を、部下らしき奴らが駆け寄り、地面に張り付いていた腰を持ち上げている。そしてリーダー格の男はこちらに振り向き、威勢よく言い放つ。


「おいっ!ジジイィ!!ババァ!!さっさと諦めてればよかったのによ!お前らが何をどうこうしようが、今日で終わらせてやるからなっ!!いくぞお前らっ!」


ゴロツキの怒声が辺りに響き、取り巻き達もまた、男と同じ方向へと足を向けしばらくの後、視界から完全に消えた。


俺は槍の男が現れてから初めて、サンドラの様子を窺った。


微かに身体が震え、その表情には恐怖が色が浮かび上がっていた。


場所の方へ視線を移すと、呆然自失としているノブ。


怪我をしたローラもまた幌の中で怖い思いをしただろう。


周りの木々や青々として生え渡る雑草が風が吹き通る度に重なり、掠れる音がやけに耳に残った。

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