Memories of grandparents
港から出てすぐ。
宿屋関係者や、送迎関係者が馬車を待機させる一画。
俺達は老夫婦が用意してくれたであろう小型の馬車に乗り込んだ。
馬車には幌は付いており、この島のジリジリと肌を焦がしていく様な日差しをかなり防いでくれている。
ただ欲を言えば、幌の天井部分の所々に修繕されぬままの、大小の穴がありかなり日差しを防いではくれているものの、零れ出す日差しの幾つかが俺の左耳と右腕を、乗り込んだ直後からジリジリと、焦がし始めたので破れ広がったであろう穴くらいは直して欲しいと思った。
視線を俺の対面に座るサンドラと、ローラにやると、天井から零れ出す光は彼女達に降り注いでいなかった。どうやら俺の座った場所が悪かった様だ。
「では行きますぞ」
馬車の手綱を握るノブの声と共に、ゆっくりと馬車は動き始めた。
周りは相変わらずの喧騒模様を呈しており、馬車への誘導を促す声に、乗り込む客の楽しげな声、そして馬車の主役である馬の声に石畳を蹴る軽快な蹄の音。
大小様々な音が交差する中、ゆっくりと動き始めた馬車の中で、俺はサンドラに今回の経緯を改めて聞く事にした。
「サンドラ。君が俺をここまで連れてきた理由は一体何なんだ?ただの観光地巡りに付き合わせる訳でもないだろう?それにこの方達は君の知り合いの方なのか?」
俺は率直に尋ねた。
俺の問に少し困った様な表情を一瞬見せたが、すぐいつもの様子で、蠱惑的な表情で話始めた。
「先輩♪いきなりがっつき過ぎですよ☆女の子にストレートに物事を言うなんて…。ちょっとデリカシーに欠けるかもですよ♫」
「俺の質問の何処に配慮に欠ける部分があったのかはこの際置いておこう…。しかし、わざわざここまで来たんだ、真剣に今回の件に付いてだけは話てくれないか?」
サンドラのおどけた回答に、別に業を煮やした訳ではない。
ただ、今回は色々と彼女が強引に俺をここまで連れてきたその理由を知りたかったのだ。
どうでも良い様な呆れる理由なのか、それとも深刻な理由なのか。サンドラの横で俯きがちに視線を落とすローラの姿を見れば、答えは後者なのだろう。しかし、俺はサンドラの口からは詳細を聞いていない為
まだ全体を把握しきれていなかった。俺の真剣な問いかけに、一度は真一文字に噤んだが、意を決したのか少しづつ話始めた。
「先輩は私の事をどれくらいご存知ですか?」
「…ん?どのくらいって…。君とは『春嵐武棟祭』で初めて出会った後、学園で偶然出会って色々あって…。そう言われると、俺は君の事を何も知らないな…」
「ふふ♪正直ですね♫それにお人好しですね♬」
「いや、俺の場合状況に流されやすいだけだ」
肩をすくめてサンドラに返す。
そんな俺の姿を見て、サンドラも口元を先程よりも緩めて、優しく微笑む。
幌の隙間から零れる光のせいなのか、幌内に漂う小さな埃が光に反射しているせいなのか赤茶色の髪を持つ彼女を先程までとは別人の様に見える。
「私の家はマリーベル様と同じく西側諸国に連なる小国に属する貴族の出です。まぁ…あの方は本物のお姫様で、私は下級貴族の娘ですけどね♪」
舌をペロっと出して、イタズラっぽい笑顔では話すものの、いつもとは違う口調雰囲気に俺は、何故か黙ってサンドラの言葉を聞く事しか出来ないでいた。
「私の家はあまり裕福な貴族じゃないんですよ。それでも世間の感覚で言えば充分過ぎる生活を送らせて貰っているんですけどね?そんな我がホォーエル家に私と妹が生まれてからは年に1度はこのアルメダ諸島に遊びに行く事がなかば恒例化する事になったんですよ。ね?ローラお婆ちゃん♪」
サンドラの話を傍らで聞いていたローラは、サンドラに視線を移し、まるで自分の孫を見るかの様に優しく瞳を細め、笑顔で頷いた。
「サンドラちゃんのお父上様は戦時下の元、西側諸国連合の一員として家を空けておりましたが、帰省時には奥様やお供の方を伴って、ご一家で私共の様な小さな宿を気に入って下さり、懇意にして頂いたんですよ」
そう話すローラの手を握り、嬉しそうにサンドラが続ける。
「元々お爺ちゃんとお婆ちゃんの宿はリゾート地として大々的に売り出す前から病気や傷に効くと言われる隠れた温泉の療養地だったんだよね♪だからお爺ちゃんの宿を知っている人達はゆっくりと休めて、更にお婆ちゃんの作る美味しいお料理で心もお腹も幸せになって過ごすの!私達姉妹には生まれた時から祖父も祖母もいなかったけど、毎年夏にはホォーエル家に招待状を送ってくれて、私達はそれが楽しみだった。子供の頃からいつもにこにこ笑っていて、優しくて、この島に来た時にいっぱい遊んでくれるノブお爺ちゃんとローラお婆ちゃんが私達の本当の祖父母みたいに思えて、私達姉妹はお爺ちゃんとお婆ちゃんが大好きなの♬」
(意外だな…)
言葉に出そうな思いを飲み込み、彼女らの会話に耳を傾ける。
貴族の保養地に選ばれた小さな宿の主人とその妻が、貴族の娘達に実の祖父母の様に気に入られるとは不思議なものだと思う。
それはサンドラの言葉がこの老夫婦と過ごして来た時間が信頼に値する所まで昇華されたからこその言葉なんだろう。
ただ貴族にとりいって機嫌を伺うだけの人間ならば、子供であるサンドラを手懐けてもホォーエル家の全ての人間に信用される事なんて、まず絶対にあり得ない。
それに気づいた時点で翌年からは訪れたりしないだろう。
そうなると、単純にこの老夫婦の人柄がそうさせたんだろう。
(祖父母か…)
「?何か言いましたか?」
「あぁ、いや、何も。続きを」
うっかり声に出ていたのかと思ったが、サンドラの聞き間違いだろう。
ガタゴトと揺れる馬車の音に勘違いでもしたのだろう。
(…まさか声が漏れてたりしてないよな?)
そんな事を考えながら、なおもサンドラに話を続けてもらう。
「……」
「サンドラ…?」
急に曇りだしたサンドラの表情に、ローラも再び俯き、表情を強ばらせる。
二人の変化が今回の件の根幹であるのだと朧げながらも確信する。
「だけど、戦争が本当に終わってからの数年間は、お爺ちゃん達からの手紙が来なくなったの…」
サンドラが悲しげな表情でローラを見る。
そのローラも皺を更に歪ませ、また悲しげにサンドラを見返す。
「ごめんねぇ…サンドラちゃん…」
物悲しげにたった一言、ローラが言う。
直様、ローラの手を両手で握り、サンドラが力強い口調で話す。
「っ!お婆ちゃん!どうして謝るのよ!?お婆ちゃん達は何も悪く無い!悪いのはっ!悪いのは全部あっ!?」
「おっっと!?」
サンドラが全てを言い終える前に、俺達の馬車が大きく揺れた。
ただ、悪路によって揺れたと言うよりは、手綱を握っていたノブが馬を急停止させた様に思えた。
大きく左に傾いてしまった身体を引き起こし、元の位置に戻る。
目の前ではサンドラが自分に倒れ込んで来たローラを、優しく起こしてあげている。
「お爺ちゃん?何かあったの?」
そう言って、サンドラがノブの方へ幌から顔を出す。
小さく、年季の入った幌の中だ。俺の眼前には、サンドラの胸から腰のラインがはっきりと飛び込んで来る。少しばつが悪い様にも感じ、そんな思いを悟られぬ様、そっと目を閉じようとした時だった。




